第26話 IDR緊急会議

 国際ダンジョン研究機構(IDR)において、主任研究員たちによる緊急会議が行われていた。

 参加していたのはアメリカの物理学者ジェームス・ブライト。エジプトの考古学者アフマド・ターヒル。中国の生物学者李皓然リ・ハオラン

 そしてイーサン・ノーブルと他六名の学者、計十一名。

 大きな円卓を囲む形で席に着く。

 それぞれが独立してダンジョン研究を進めているため、月一回行われる定例会議以外で全員が顔を合わせるのは極めて稀だ。

 会議を取り仕切る議長イスラエルの上席研究員、マヤ・ベルガーが口を開く。


「みなさん、急に集まってもらって申し訳ありません。もうご存じだと思いますが、前例の無い事態が発生しました」


 マヤは品の良い高齢の女性で、その言葉遣いや立ち居振る舞いは淑女と呼ぶに相応しい。その彼女が言った言葉の意味を誰もが理解していた。それはここ数日、ずっと話題になっていた出来事だからだ。

 イーサンは配られた資料に目を落とす。

 そこには『オルフェウスの石板』にで起きた異変について書かれていた。


「四体の君主ロードが立て続けに倒されるなど、信じられないことです」


 マヤは額に手を当て、困惑した表情を浮かべる。


「それよりも!」


 大きな声を上げたのはアメリカの学者ジェームスだ。がっしりとした体格の男で、研究者の中でも気性が荒く、ずけずけと物を言う。


いまだに情報が上がってきてないことが問題だ! どこかの国が大規模な探索を行ってるんじゃないのか!?」


 ジェームスは中国の学者李皓然リ・ハオランを睨みつける。

 その視線に気づいた皓然ハオランは、不愉快そうに眼鏡を押し上げジェームスを睨み返す。


「変な勘繰りはやめてもらおう。我が国は全ての情報をIDRに上げている。国際協調路線を取っているんだ。情報を秘匿したりはしない!」


 それを聞いたジェームスは、フンッと鼻を鳴らす。

 腕を組み睨み合う両者によって、険悪な空気が辺りに漂う。そんな二人の間に入ったのはエジプトの考古学者アフマドだ。


「まあまあ、そうカッカしないで。それより不思議ですな。赤・青・黄・緑の鉱石が一日おきに割れたということは、四つのダンジョンをほぼ同時に攻略したということでしょう? どうしてそんなことをしたんですかね?」


 ジェームスは軽く笑ってアフマドを見る。


「理由は分からんが、そんなことが出来るほどの探索者シーカーがいるのはアメリカと中国ぐらいだ。アメリカでない以上、中国しかありえんと思うがな」


 その言葉に、さすがに皓然ハオランもピクリと眉を動かす。


「アメリカが関与していないと言い切れるんですか? 情報の隠ぺいはお手のものでしょう!」

「なんだと!!」


 激高するジェームスを周りにいる学者たちが必死にいさめる。

 会議場が騒然とする中――


「よろしいですか?」


 手を上げたイーサン・ノーブルに学者たちの視線が集まる。会議に出席した研究者の中で最も若手のイーサンだが、その頭脳と功績で一目置かれる存在だった。


「確かにジェームス氏の言う通り、四つのダンジョンに同時に入り、深層まで行って攻略するとなれば、かなりの数の探索者シーカーがいるでしょう。しかし、そんなことが本当に可能でしょうか?」

「どういう意味だ!?」


 ジェームスは眉間に皺を寄せ、イーサンを睨みつける。


「以前、アメリカで発見された君主ロードは、十五人の探索者シーカーによって倒されました。そのメンバーの中には最強の探索者シーカー『炎帝アルベルト』もいた。にも関わらず、七人の犠牲者を出す結果となった。君主ロードに出会った場所も二百階層付近。そんなことを同時に四つのダンジョンで行うなど、アメリカや中国でも到底無理です」

「だとしたら、なぜ石板の鉱石は割れたんだ! 説明がつかんだろうが!!」


 苛立ちを募らせるジェームズに、イーサンは冷静に答える。


「そもそもが間違っているのではないでしょうか?」

「前提?」


 議長のマヤも反応する。


「オルフェウスの石板には、規則的に色の付いた鉱石が並んでいます。我々はと思い込んでいました。実際、過去に討伐された君主ロード公爵デュークは割れた鉱石と同じ色のダンジョンにいました」

「だったらダンジョンの色を表しているんだろう!」

「いいえ」


 怒鳴り声を上げるジェームスの意見を、イーサンは真っ向から否定する。


「今回討伐された君主ロードは同じダンジョンにいたのではないでしょうか? 二週間前に黒の鉱石が割れ公爵デュークが倒されました。そのことを考慮すれば、攻略されているのは黒のダンジョンの可能性があります。なんと言っても研究の進んでいない未知のダンジョンですからね」

「ふん! 黒のダンジョンについては徹底的に調べている。特にが見つかって以来、黒のダンジョンの管理は厳しくなっているからな。どこの国も許可を得た者以外入れんだろうが!」


 イーサンは小さくかぶりを振る。


「それはの話です」

「なっ!?」


 場の空気が明らかに変わった。

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