第345話 出航

 カリフォルニア州にあるサンディエゴ海軍基地。

 太平洋艦隊の本拠地であり、巡洋艦、駆逐艦、揚陸艦、戦闘艦など、計五十隻以上の艦艇が母港としている。

 想像を超える大きな軍港を、明人とミア、そして車椅子を押すルイが歩いていた。

 車椅子には悠真が乗っており、酸素マスクをつけている。あれから徐々に回復し、意思疎通ができるまでになった。

 脳にも深刻なダメージを受けていたため、医者からは「奇跡的な回復だ」と告げられていた。


「悠真、大丈夫? もうすぐ着くからね」

「……ああ……あり……がとう……」


 ボソボソとした声だったが、ルイは悠真の回復に頬を緩める。そんなルイと悠真を他所よそに、明人は子供のようにはしゃいでいた。


「あれ見てみい。めっちゃでっかいで!」


 明人が指差した先に、せり出した係船岸壁けいせんがんぺきがいくつもあり、その横に大型の艦艇が並んでいた。

 見たことのない壮観な光景に、悠真とルイも目を見開く。

 三人ともテンションを上げていたが、前を歩くミアは一つ息を吐き、冷めた声で「こっちよ」と先をうながす。

 ルイは正面を歩くミアに視線を向けた。


「今日、アルベルトさんは来ないんですか?」


 問われたミアは、歩きながらわずかに振り向く。


「アルベルトは別件で来れないわ。だから私が代わりに来たの」

「そうですか……そうですよね。アルベルトさんも忙しいでしょうし」


 少しがっかりした様子でルイは肩を落とす。


「なんや、あのおっさんに別れの挨拶でもしたかったんか?」

「そんなんじゃないけど……そもそも別れの挨拶なんて必要ないよ。また戻って来るんだから」


 ルイはムスッとした顔で明人を見る。だが明人は気にする様子もなく、「ワイらが乗る潜水艦はどこや?」と手でひさしを作っていた。

 しばらく歩くと係船岸壁けいせんがんぺきに接岸された潜水艦が見えてくる。


「これが原子力潜水艦『ルイジアナ』よ。あなたたちを乗せるためにキトサップ海軍基地から移動させたの」

「へ~、思ってたよりでかいんやな」


 明人が感心したように言う。ルイも同じように思った。

 見えている部分だけでも全長100メートル以上はあるだろうか。ルイは車椅子を押しながら、潜水艦の接岸部に向かう。

 堤防には軍の関係者が何人かおり、自分たちが来るのを待っていた。


「お待ちしておりました。太平洋艦隊所属、艦長のブレイス・カバーノ中佐であります。オーストラリアまでの護送任務を拝命しました」


 三十代ほどの若い白人男性が、ミアに向かって敬礼する。

 ミアは小さく頷き、ブレイスと視線を合わせた。


「ブレイス中佐、大変な任務になると思いますが、合衆国の命運がかかっています。どうか、よろしくお願いします」

「はっ!」


 ブレイスは敬礼を解き、悠真たちに視線を向ける。


「目的地に皆さんを送り届けます。すぐに乗り込んで下さい」

「分かりました」


 ルイが首肯し、明人と共に悠真の体を持ち上げる。潜水艦は通路が狭いため、車椅子は持ち込めない。担いでいくしかない。

 潜水艦に渡された細いブリッジを進み、上部の丸いハッチから中に入る。

 梯子はしごを下らなければならないため、悠真を運ぶのが大変だった。軍人の手も借りてなんとか乗船する。


「それにしても狭いな~」

「しょうがないよ。乗せてもらえるだけ感謝しないと」


 ルイに叱責され、ぶつぶつ文句を言う明人。それでも、明人が一番積極的に悠真を運んでくれた。艦内を進み、自分たちにあてがわれた船室に入る。

 そこは二階建てベッドが二つ並ぶ、狭い部屋だった。

 悠真を下のベッドに寝かせ、ルイと明人が一息ついていると、艦長のブレイスが顔を出す。その後ろには、白い制服を着た女性もいた。


「申し訳ない。かなり窮屈に感じると思うが、しばらくは我慢してほしい」

「確かに狭いな。もうちょっと広い部屋ってないんか?」


 明人が尋ねると、ブレイスは目を閉じて首を振る。


「この部屋でも広い方なんだ。一般の乗務員の船室はもっと酷くてね。まあ、二週間の辛抱だよ」

「二週間!?」


 ブレイスの言葉に、明人は目を丸くした。


「オーストラリアまで、二週間もかかるんか!?」

「ああ、順調にいけばね。元々潜水艦はそれほど速度が出せないから……二週間は耐えてもらうしかない」


 絶句する明人を横目に、ブレイスは後ろの女性を紹介する。


「彼女は一緒に乗船するプロメテウスの救世主メサイア、アリーシアだ。三鷹悠真の治療は彼女に一任する。それが上からの命令でね」


 ブレイスは頬を崩し、アリーシアに「頼んだよ」と声をかけ、その場を立ち去った。残された明人は放心状態だ。

 アリーシアはブレイスと入れ替わりに部屋に入ってきた。

 髪は黒く、二つのおさげをした小柄な女性。アジア系の顔立ちで、どこかインド人の面影があるな、とルイは思った。

 アリーシアは伏し目がちに会釈をし、ルイと明人を交互に見る。


「プロメテウスから派遣されました。アリーシアと言います。三鷹さんの治療は全力で行いますので、よ、よろしくお願いします」


 大きく頭を下げるアリーシアに、ルイが微笑んで答える。


「こちらこそ、よろしくお願いします。アリーシアさんとは、マッコーネル空軍基地の治療室で会ってますよね」

「お、覚えていてくれたんですね。あの時はみんなと精一杯、回復魔法をかけたんですけど、三鷹さんを完治させることができなくて……」


 ルイは「いえいえ」と手を振って否定する。


「アリーシアさんたちのおかげで悠真は一命を取り留めたんです。本当に感謝してもしきれません。今回も危険な旅に同行させてしまい、申し訳ないと思っています」


 今度はアリーシアが「とんでもない!」と頭を振る。


「三鷹さんたちと同行できるのはとても光栄です。ミアさんからも重要な任務と聞いていますし、私にできることは全力でやりたいです!」


 意気込むアリーシアに、ルイは自然と笑顔になった。その後、アリーシアは悠真に対し、回復魔法による治療を行う。

 一時間以上連続で魔法を使っていたため、ルイは疲労してないか心配するが「全然大丈夫です」と気丈に振る舞っていた。

 そして全ての準備を終えた潜水艦が動き出す。

 艦内放送でブレイスがこの艦の目的地、航行期間、そして日常生活に関する指示を伝えていた。

 その間中あいだじゅう、ベッドに横たわる明人は「二週間……二週間もかかるんか……」と、ずっとぼやき続けていた。

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