金属スライムを倒しまくった俺が【黒鋼の王】と呼ばれるまで

温泉カピバラ

第一章 世界最小のダンジョン編

第1話 ダンジョンのある日常

 ――どうしてこうなった?


 目の前にいるのはメタリックなボディをプルプルと震わせる、世にも珍しい‶金属スライム″。

 対するのは、三鷹悠真。どこにでもいる高校二年生だ。左手には懐中電灯を持ち、右手にはホームセンターで買ったごく普通の金槌かなづちを握っている。

 今いるのは庭に空いた穴の中。

 深さは1メートルぐらいしかなく、畳一畳分の広さもない。カメのように屈んで金属スライムと睨み合うという、およそ日常ではあり得ない状況に陥っていた。

 今にも飛び掛かって来そうに、スライムは体をうねらせる。

 なんでこんなことに……悠真は、困惑した表情で金槌を握った手に力を込める。


 さかのぼること数十分前――



『晴海埠頭の近くに出現した陥没箇所について、政府は調査団を派遣したとのことです。恐らく小規模のダンジョンではないかとのことですが……』


『ええ、そうですね。日本には五つのダンジョンがありますが、これがダンジョンと認定されれば二年ぶり、六例目ということになります』


『これは喜ばしいと考えていいのでしょうか?』


『まあ、以前は怖いイメージもありましたが、今では大事な資源採取の場という認識が一般的でしょう』


『これからも増えていく可能性はありますか?』


『充分ありえますね。民間の‶探索者″も日々増え続けていますから、今後は階層の攻略も進んでいくでしょう。我々もそのことに慣れていかないと』


『そうですね、ありがとうございます。ダンジョンの専門家、橋田先生にお話を伺いました。それでは次はお天気です。まなちゃーーーん!』


 つけっぱなしのテレビから流れる取り留めもないニュース。

 以前であれば多くの人が興味を示したダンジョンに関する話題だが、今となっては珍しくもない。

 夏休みの昼下がり、クーラーの効いた自宅のリビングで、三鷹悠真はだらけていた。スマホを片手にソファーに寝転がり、なんの気なしにテレビを見ている。

 特にすることもなく、ただダラダラとしているだけだ。

 時間を持て余していた悠真は、スマホで動画サイトを検索する。

 トップ画面に出てきたのは、ダンジョンに関する動画だ。


『いえ~い! 見てくれ、ここは札幌にある‶白のダンジョン″だ。今、18階層を攻略中。妖精みたいな魔物が大量にいるんだぜ!』


 ドレッドヘアの若い男が、崖の上に立ち自撮りをしている。洞窟の中だというのに辺りは昼間のように明るい。

 ダンジョンには最初から光源があり、外と変らない光景が広がる。自撮りしていたカメラの向きを変えると、空飛ぶ何かの群れを映し出した。

 一瞬鳥かと思ったが、どうやら違うようだ。向かってくるのは体が半透明なクリオネのような生物。男のすぐ横を通り抜け、上空へと舞い上がる。弧を描きながら再び下降して来た。


『うひょ~、見た目はかわいいのに好戦的だな! でも俺はビビらねえ、まあ見ててくれよ』


 男は五本の指をクリオネに向ける。

 パチパチと指先に光が走り、細い稲妻がほとばしる。稲妻に触れたクリオネは感電し、次々と地面に落ちていった。


『はは、どうだよ俺の‶雷魔法″。なかなかイカすだろ? この程度の魔物ならイチコロさ!』


 男は更に‶魔法″を放ち、クリオネを何匹も倒してゆく。そして――


『あー! 見てくれよ、みんな!! 魔物が魔宝石をドロップしやがった。‶ムーンストーン″、140万くらいで取引されるヤツだ。やったね、今日は運がいい!』


 男が大喜びして終わる動画。その再生回数は120万回を超えていた。


「ふん、くだらない!」


 悠真は胸糞悪くなって動画を閉じた。

 スマホを放っぽり投げ、仰向けで天井を見上げる。

 ダンジョンが出現して七年。当初は人々に不安と恐怖を与えていた地下迷宮だが、今では一大産業として社会に受け入れられていた。

 特に興味のない悠真でも、噂ぐらいは聞こえてくる。

 ダンジョンにいる未知の生物、その生物が生み出す『魔宝石』、『魔宝石』によって使える魔法。

 動画の男のように、ダンジョンで大金を稼ぐ人間も現れてきたのだが……。


「うぅ~~わんわんっ! わんわんわん!!」


 庭から飼っている犬の鳴き声が聞こえてくる。


「なんだ……?」


 悠真は気だるそうにソファーから起き上がり、庭の方を見やる。いつもは大人しい豆柴のマメゾウが、なにかに向かってしつこく吠えていた。

 どうしたんだろう? と怪訝に思いながら、悠真は縁側でサンダルを履き、庭へ下りる。

 ボロい家ではあるが敷地面積は百五十坪もあり、庭は存外広い。

 裏庭で放し飼いにされているマメゾウが、低木が植えられている場所を「う~」と唸りながら睨みつけていた。


「なんだ、どうしたんだよ?」


 悠真は低木の生えている場所まで、やれやれと思いながら歩いて行く。

 炎天下の中、降り注ぐ日差しを睨みつけ、悠真は辟易へきえきした思いでいた。ダンジョンなんて非現実的なものが現れても、それを利用して儲けるのは極一部の人間だけ。

 大企業が出資して育てた人間。

 政府が認めた身体能力の高い人間。

 元々人気者で、スポンサーがつく人間など。

 そんな奴らだけが利益を上げる。世の中は不公平なままで、なに一つ変わらない。完全な一般人である自分には、チャンスなんて巡ってこないと。

 どうにもならない現実に悪態をつきながら、悠真は無気力に日々を送っていた。


 庭の低木の後ろにできた、不思議な穴を見つけるまでは。

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