第146話 地味な作業

 政府が‶黒鎧″の存在を公表した翌日。

 神崎と悠真は今後のことを話し合うため、東京都大田区にあるアイシャの研究所に来ていた。


「それにしても派手にやったもんだね」

他人事ひとごとみたいに言うな。お前も当事者なんだぞ!」


 薄暗い工場の一室で、アイシャは知恵の輪をいじりながら笑っていた。

 少し前までは気力を失い、万年床に転がっていたアイシャだが、今は以前のように白衣を着てパソコンの前に座っている。

 元気になってくれたことに悠真はホッとしたが、皮肉交じりに話すアイシャの態度に、神崎は苛だっていた。


「悠真は日本中から追われる立場になったんだぞ。なんとかする方法はないのか?」

「なんとかって……どうしてそんなことを私に聞く?」


 アイシャは知恵の輪をデスクに置き、椅子をキィと回して、見下ろしてくる神崎を見返した。


「お前、以前は政府系の研究機関にいただろ。だったらそのルートで悠真は魔物じゃないって言えないのか!?」


 それを聞いてアイシャはクツクツと笑う。神崎が「なにが可笑しい!」と怒鳴ると、笑うのをやめて頭を振る。


「残念だが、私は政府や研究機関での評判がすこぶる悪くてね。私の言うことなんか誰も聞かないし、余計に怪しまれる可能性もあるよ」


 神崎と悠真は顔を見交わす。確かにありそうだと、二人は妙に納得した。


「そもそもなんであんな目立つことをしたんだい。金属鎧……今は‶黒鎧″だったかな。そんなものになって暴れ回れば、騒ぎになることぐらい分かるだろう?」

「仕方なかったんだよ!」


 神崎はぶっきらぼうに返すが、悠真は「すいません。俺のせいで……」と申し訳なさそうに頭を下げた。


「まあ、やってしまったものはしょうがない。問題は今後のことだね」


 アイシャは椅子の背もたれに体を預け、腕を組んで瞼を閉じた。


「なにかいい方法があるのか!?」


 神崎が前のめりに聞くが、アイシャはしばらく無言で考えていた。ややあって口を開く。


「やはり‶金属化″せず、大人しくしている以外にない。あの黒鎧の姿にならなければ、見つかることはまず無いだろう」

「それは俺も考えた。問題は悠真の‶マナ″だ! 体から溢れ出すマナを上位探索者シーカーが気づけば発見されるんじゃないのか!?」


 神崎の言葉に、アイシャはフッと口元を緩める。


「バカバカしい……確かに上位探索者シーカーの中には、マナを感じ取れる者がいる。だが、魔物の感知能力に比べればかなり低いものだ。悠真くんの異常なマナを正確に認識できるかも怪しいよ。恐らく違和感程度にしか感じないだろう」

「そうなのか?」

「それより目立つ行動を取らないことの方が優先だ。聞いた話だと、政府は海外からも上位の探索者シーカーを呼んでいるらしい。決まっている所だとイギリスとドイツ。それ以外の国からも来るかもしれない」

「海外から……なんでお前がそんなこと知ってるんだ!?」

「政府の機関で長い間働いていたんだ。嫌われ者でも、多少情報を提供してくれる知り合いぐらいいるさ」


 おどけたように両手を上げ、肩をすくめるアイシャに神崎は顔をしかめる。それが本当なら事態はますます深刻だ。


「とにかく、海外の探索者シーカーが引き上げるまで我慢することだ。彼らも、ずっと日本にいる訳にはいかんだろうからな」


 アイシャはそう言うと、話は終わりとばかりにソッポを向き、机に置かれた知恵の輪を手に取った。

 もう、なにも言う気はないらしい。

 悠真と神崎は工場を出て、停めてある車に向かう。

 アイシャならなんとかしてくれるかも、という淡い期待を持っていたがやはりどうにもならないようだ。

 悠真は溜息をつきながら車に乗り込む。


「まあ、しょうがねえ。今後は‶金属化″の能力は使うな。アイシャの言う通り、大人しく過ごすしかなさそうだ」

「そうですね」


 肩を落とした二人は、千葉の会社まで戻ることにした。


 ◇◇◇


 それからの二週間は地味な仕事をこなす日々。

 立ち入り制限が解除された『青のダンジョン』に田中や舞香と入り、魔宝石の採取に勤しんだ。

 この青のダンジョンでも徐々に‶マナ″が漏れ出しているらしく、一般人の入場は禁止され、専業の探索者シーカーだけが今は入っている。


「それにしても、青の‶魔宝石″ってなかなか出ませんね」


 スライムを倒しながら愚痴る悠真に、一緒に潜っていた舞香が「仕方ないよ」と笑って返す。


「青のダンジョンは元々低層階までしか入れないし、出てくる魔物も弱いからね」


 明るく言う舞香に、悠真も「そうですね」と答える。

 弱い魔物ほど魔宝石のドロップ率は低くなる。悠真たちはプロであるため、一般人より深い階層まで入れるが、それでも二十階層までが限界。

 入手できる‶魔宝石″は数が少ないうえ、マナ指数も低いものばかり。

 その日は夕方まで討伐を続けたが、疲れたので帰ることにした。手に入れた魔宝石は十二個ほどだった。


「ただいま~」


 舞香と二人で会社に戻ると、神崎は自分のデスクで新聞を広げ、タバコを吸っていた。


「おう、お帰り」


 舞香はオフィスを見渡して「あれ? 田中さんは?」と神崎に聞く。


「今、新潟に行ってもらってる」

「新潟?」

「前から言ってたろ、今後入れるダンジョンを増やさなきゃならねえって」

「ああ、それで新潟……。あそこには『緑のダンジョン』があるもんね」


 ロッカーに荷物を入れながら、悠真は二人の会話を聞いていた。赤のダンジョンは立入禁止が続いているため、まだ入れない。

 青のダンジョンは、あまりお金にならない。

 そのため神崎は、D-マイナーが探索できるダンジョンを増やそうとしていた。

 とは言え、ダンジョンに入るには許可申請がいるため、諸々の手続きの関係で田中は新潟まで足を運んだそうだ。


「日本って、合計五つのダンジョンがあるんですよね?」


 悠真の質問に舞香が答える。


「そうそう、茨城の『赤のダンジョン』、北海道の『白のダンジョン』、東京にある『青のダンジョン』、福岡にある『緑のダンジョン』、そして新潟にあるもう一つの『緑のダンジョン』。これに加えて神奈川の『黒のダンジョン』があったんだけど、無くなっちゃったからね」


 舞香が残念そうに言うが、その『黒のダンジョン』を破壊したのは悠真自身だ。

 探索者の会社にとってダンジョンは飯のタネ。なんだか舞香に悪い気がして、悠真は思わず目を伏せる。


「まあ、新潟はちょっと遠いけど背に腹は代えられないし、許可が下りたらみんなで遠征に行こう。ね、悠真くん!」

「あ、はい……そうですね」


 悠真は乾いた笑みを浮かべつつ、おいしい食べ物ってあるかな? と、新潟観光に思いを馳せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る