第367話 ヴァーリンの王

「なんやコイツ! いつの間に動いたんや!? ルイ、見えたか?」

「い、いや……」


 明人に問われ、ルイも戸惑う。一瞬の出来事で目が追いつかなかった。悠真は壁際で倒れていたが、なんとか立ち上がろうとしている。

 とにかく、ジッとしている訳にはいかない。

 ルイは剣を構え直し、キッと魔物を睨む。


「明人、それより悠真に加勢しないと! 素早いなら、アイツの足を止めるしかない!!」

「お、おう、そうやな!」


 明人もゲイ・ボルグを構えた。どんな能力があろうと、三人が力を合わせれば対抗できる。ルイはそう考え、悠真に視線を移す。

 悠真は立ち上がり、両拳を構えて大猿と対峙していた。

 魔物は微動だにせず、仁王立ちしている。しかし、よく見れば魔物の体からは、ゆらゆらと白い蒸気が上っていた。

 恐ろしいほどの殺気を感じ、ルイと明人は顔を引きつらせる。

 さらに魔物の全身に赤い筋が走り、ギラギラと輝き出した。


「あれは、血塗られたブラッディー・鉱石オア!?」


 ルイは目を見開いて驚く。魔物の体に流れる赤い筋は、どう見ても血塗られたブラッディー・鉱石オアの能力としか思えない。

 やはり、鋼鉄の猿"ヴァーリン"と関係があるのだろう。

 ルイと明人が警戒心を高めていると、猿の魔物はわずかに身を屈め、地面を蹴って悠真に襲いかかった。


 ◇◇◇


 悠真は呼吸を整えながら、目の前の魔物を見る。

 全身に赤い筋が何本も走っていた。間違いなく"血塗られたブラッディー・鉱石オア"だ。ヴァーリンの上位種なら使えるのは当然だろう。

 悠真も"血塗られたブラッディー・鉱石オア"を発動し、構えを取って相手を睨む。

 これで互角のはず。そう思った次の瞬間――大猿は地面を蹴って突っ込んできた。

 悠真も足を踏み込み、右ストレートで迎え撃つ。

 当たった! そう思った刹那、視界が回転し、なぜか洞窟の天井を見ていた。 

 背中から地面に落ち、初めて自分が倒れたことを知る。


 ――なんだ!? 相手に殴られたのか? まったく見えなかった。


 悠真は手をついて上半身を起こすも、大猿に蹴り飛ばされる。地面の上を転がり、また岩壁に激突した。

 なにもできないまま、いいようにやられてる。

 悠真は頭を振って立ち上がろうとした。

 だが、大猿の猛攻がそれを許さない。一気に間合いをつめ、悠真のあごを打ち抜く。

 よろめきながらも、悠真は大猿の手を掴もうとした。だが、大猿はその手を掻い潜り、五発の打撃を撃ち込でくる。

 腹、胸、顔、肩、脇腹。的確な攻撃に、悠真はガードするのが精一杯。

 ふらつきながら後ろに下がり、なんとか態勢を立て直そうとするが、大猿が手を緩めることはない。

 顔面に強力な一発が入り、世界が揺れる。

 さらに前蹴りを叩き込まれ、悠真は二十メートル以上吹っ飛ばされた。

 岩壁にぶつかり、ズルズルと落ちてくる。

 へたり込んだ鋼鉄の巨人を、大猿は離れた場所から眺めている。小バカにしているような不遜な態度。

 悠真は改めて大猿の姿を見た。

 体は無駄のない鋼の筋肉で覆われている。【黄の王】の巨人形態に似ており、力やスピードも同等レベル。格闘技術が高いところも似ている。

 悠真は岩壁に背をつけながら、ゆっくりと立ち上がる。

 軽く首を振ってから両拳を上げ、構えを取った。 


 ――かなり強いが、こいつを倒せないようじゃ【黄の王】を倒すなど夢のまた夢。必ず叩きのめす!


 悠真はガードを固めたまま、大猿に突っ込む。

 大猿も腰を落とし、構えを取った。まるで武術の達人のような所作。こいつは、どこで格闘技術を覚えたんだ!?

 悠真は大振りを避け、コンパクトな打撃を放つ。だが大猿は的確に攻撃をさばき、反撃の拳を繰り出してくる。

 悠真は一発も当てられないまま、何発も打撃を喰らい、よろめいて後ろに下がる。

 戦いは一方的だったものの、悠真は物理攻撃によるダメージは受けない。そのため殴られるのも構わず前に出た。

 空を切る悠真の右ストレート。それに合わせたような大猿のカウンター。

 どちらも血塗られたブラッディー・鉱石オアを使った攻防だけに、凄まじい速度でぶつかり合っていた。それを離れた場所で見ていた明人は顔をしかめる。


「なんちゅう戦いや! 近づいたら巻き込まれてまうで!」


 困惑していたのはルイも同じだ。ぶつかり合う衝撃が強すぎて、加勢することができない。遠距離攻撃をしようにも、悠真に当たってしまう可能性もある。


「くそっ……どうすれば」


 明人とルイが二の足を踏んでいる間にも、悠真は大猿の攻撃を受け続けていた。

 悠真は必死にガードするが、顔面を何発も殴られ、目が回ってフラついてしまう。

 大猿はそんな悠真の隙を見逃さなかった。一気に距離を詰め、何十発もの打撃を叩き込む。ほほあごに肩に腹に足に、ガードもできない状態で鉄拳が当たり続ける。

 悠真はすべなく後退し、洞窟の壁にぶつかる。

 やはり身体能力では勝ち目がない。だったら――

 悠真の左手の甲から光が放たれる。キマイラの宝玉が輝いているのだ。左腕は氷の鎧で覆われ、背中からは六本の触手が伸びる。

 洞窟内の気温が一気に下がった。一部ではあるが【青の王】の力を再現した形態。

 大概の水魔法は自在に使える。悠真は襲いかかって来ようとする大猿に、氷鎧に覆われた左手をかざす。

 手からは冷気が噴き出し、地面を凍らせた。足元がすべり、大猿は思うように動けなくなる。

 さらに背中から伸びる触手からも冷気が噴き出した。霧のように広がった冷気は、周囲にいる者の体温を奪っていく。


「おい! めっちゃ寒いで! 悠真のヤツ、ワイらを殺す気か!?」


 ぶち切れる明人。その隣にいたルイは平然とした顔をする。


「僕は"火の魔力"で寒さを相殺できるから問題ないけど……」

「なに!? ズルいで自分だけ! 雷の魔力やとそんなことできへんで!!」

「それより見て明人。猿の魔物が動きを止めてるよ」

「あ?」


 大猿は腕を前に出し、悠真が放つブリザードに耐えていた。

 あまりの冷気に、体が動かなくなってきたのだろう。ルイはこの戦いが始まって初めて笑みを漏らす。


「格闘戦なら猿の魔物に分があるみたいだけど、魔法を使った悠真に勝てるはずがない。この勝負は決まったね」

「せやったらええけどな」


 明人はわずかに顔を曇らせる。ルイはそんな明人を気にしつつも、優勢になった悠真に目を向ける。

 左手からブリザードを放ちながら、ゆっくりと魔物に近づいていく。止めを刺す気のようだ。 

 ルイがそう思った瞬間――大猿は上を向き、大きな口を開けた。


「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 大猿の体に流れる赤い筋が、より太く、より激しく輝いた。赤い光は徐々に赤紫へと変わり、禍々まがまがしい魔力を放つ。

 その様子を見ていた三人は、あまりのプレッシャーに後ずさった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る