第123話 黒い巨大スライム

 Bランクのモンスター……僕が連想するのはグレートボアしかないけど、あれと同じぐらい強いモンスターと考えると勝てるイメージがまったく浮かばない。

「けど……」

 ここまでの通路は実質一本道。他に進むべき道はなかった。そして目的の何かはまだ発見していない。つまり、アレを倒すかどうかは別としても、この場所を抜けて先に進むしかない。もしくは――

「諦めて地上に戻る、か」

 そう言葉にして出し、そして考えた。最初に頭に浮かんだのはリゼの顔だった。

 強そうなモンスターがいたから、助けを待っている子を見捨てて戻ってきた。そう報告したら、リゼは悲しむだろうか?

「……あまり想像したくないな」

 そう言って無意識に首を振る。

 強そうなモンスターがいたから仕方がない。仕方がないけど、そういう話ではないのだ。あんな顔はもう見たくはない。

 それに、リゼは★僕なら出来る★と言った。

「なら、やれるだけやってみよう」


 マギロケーションの範囲を何度も変化させ、真っ暗闇の中、周囲の障害物を把握しつつ、巨大スライムから出来るだけ離れたルートを探っていく。神殿は古代ギリシャの建物のように石造りで細かい模様があるみたいだけど、マギロケーションだけでは把握しきれない。洞窟内は神殿から真っ直ぐに続く大通りがあり、その左右に廃墟がいくつも残っていた。その廃墟の裏なら上手く抜けられそうだ。

 とりあえず、巨大スライムに見つからないようにこの空間を抜けよう。倒せなくてもそれなら何とか奥には進めるかもしれない。

 ……帰りの事は考えたくないけどね。

 そう考えながら、音を立てないように慎重に神殿を出て、神殿の柱の裏に隠れて廃墟の裏手を目指そうとした時。

「えっ?」

 巨大な黒いスライムが、プルプルしていた動きを止める。そして次の瞬間、巨大スライムの体は空中にあった。

「なっ!」

 咄嗟に柱の裏から飛び出し、廃墟の裏側へと体を投げ出す。それと同時に響き渡る轟音。

「はっ!? ちょっ!」

 受け身を取りながらマギロケーションで確認すると、神殿の入り口に巨大なスライムが突き刺さり、入り口部分が完全に崩れていた。

「くそっ! 光よ、我が道を照らせ《光源》」

 こうなってしまえば光を消している意味がない。

 光源の光に照らされ、巨大な黒いスライムが舞い散る粉塵の中に現れる。

 ……そもそも某ゲームと違って目など存在しないこのスライムに光の有無なんて関係あったのだろうか? 実際、暗闇の中で音も出していない僕をピンポイントで見付けて攻撃してきている。


「光よ、我が敵を撃て!《ライトボール》」

 とりあえず全力でライトボールを放ち、すぐに背中を向けて神殿の反対側に走った。ここに道があるならこっちに出口があるはずだ。

「……っ!」

 二〇メートルも走らない内に、こちらに飛びかかってくる巨大スライムを感じ取り、進行方向を変えながら地面に転がった。

 次の瞬間、大きな破壊音が洞窟内に響き渡り、飛び散った瓦礫の破片がバチバチと降ってくる。

「ぐっ! 逃げられない!」

 やるしかない! でも、どうやるんだ? いくら打撃が多少効くと言っても、あんな巨大スライムを槍でどうこう出来るとは思えない。


 すぐに立ち上がって巨大スライムの方を向く。

 マギロケーションで感じる巨大スライムの中央付近が陥没し始め、作り上げられるすり鉢状の凹み。そしてその中央部分に集まっていく何か。

「うっ!?」

 何かする気だ! 何だか分からないけどそれだけは分かる!

 咄嗟に道の反対側へ走って瓦礫の裏へと滑り込む。その瞬間、ドパッという音と共に黒い塊が巨大スライムから吐き出され、いくつかの廃墟を吹き飛ばす。そして辺り一面に黒い物質が飛び散った。

「そうか……」

 そこらじゅうを覆っている黒い汚れはこの巨大スライムが撒き散らしたのか。てっきりこの黒い汚れによってスライムが変質したのだと思っていたけど、これは逆なんだろう。だとすれば――


「――あぁ! もう、そんな無茶な賭けはしたくないんだけどっ! さ!」

 瓦礫の影から転がり出ると、同時に黒い塊によって瓦礫が爆散する。

 瓦礫の破片を体に受けながら瞬時に立ち上がり、巨大スライムの方へとジグザグに走る。吐き出された黒い塊を一つ二つと避け、体の一部を触手のように伸ばして叩きつける一撃を横に転がってかわし、体ごと巨大スライムに体当たりするように槍をぶっ刺して大声で叫んだ。

「不浄なるものに、魂の安寧を《浄化》!」

 後先を考えない手加減ナシの本気の浄化。それを槍を通して巨大スライムの体内へと全力で流す。

 巨大スライムが槍ごと僕を体内に引きずり込もうと細く伸ばした体を巻き付けてくるが、全て無視して浄化に全力を注ぐ。むしろ自ら前に進んで槍を奥に押し込んでやる。

 奥へ奥へ。少しでも奥から浄化を浸透させる。巨大スライムに取り込まれた鉄の槍がギシギシと悲鳴を上げ、一緒に取り込まれた両手から煙が上がって焼けるように痛む。

「ぐっ!」

 まだ足りない! もっと! もっと強い浄化を! ありったけの魔力を燃やし尽くせ!

 そう願うと体の奥から魔力が流れ出して波のように体中を駆け巡った。そしてその魔力が右手に集まって鉄の槍へと流れ込み、流れきらなかった魔力が全身から溢れ出して輝き始める。

「いっけぇぇぇぇっ!!」

 全身から溢れ出た輝きがオーラとなって巨大スライムを包む。そして全てを浄化しながら槍先から巨大スライムを消滅させていく。

 やがて巨大スライムの全てを浄化した輝くオーラはパシンと弾けるように広がって洞窟内の全てを浄化していった。


 舞い落ちる白い粒。輝く白い世界。静寂が辺りを包み込む。

 魔力切れの虚脱感。腕の痛み。不思議な達成感が僕を包み込む。

 白い粒が降り積もった地面にペタンと座り込み、息を吐いた。


『ルークなら出来るよ!』

 そんなリゼの声が聞こえたような気がした。

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