第101話 料理って大変
「マスター、葡萄酒追加で」
「はいよっ!」
いつもと同じく賑わう酒場のマスターに葡萄酒を追加注文して、シチューをすする。
今日もシチュー。昨日もシチュー。その前もシチュー。やっぱり大鍋で一気にたっぷり作れるシチューは大正義なんだろう。
ちなみに、汁物系の料理で具材をメインにしている料理をシチューと呼び、汁をメインにしている料理をスープと呼ぶらしい。つまりシチューと呼ばれているモノが出てくるだけマシとも言える。
黒パンを手でちぎり、シチューに浸してから口に放り込む。
最近はランクも上がり、それなりに生活も安定してきているので、食の改善を考えてもいいかな? と、思い始めた。多少は料理も出来るし、何か自分で作ってみるのもいいかもしれない。……とは思いつつも、じゃあ何を作るのか? と考えると、困ってしまう。
そろそろ和食が食べたいな、という気持ちはある。けど、和食に欠かせない出汁を取る事が難しいのだ。市場を見た感じ、この世界ならではのおかしな食材に混じって、人参、玉ねぎ、ジャガイモ、ニンニクっぽい食材は確認したけど、昆布は勿論、鰹節みたいなモノは売られる気配すらない。醤油や味噌はもっと絶望的だろう。
「葡萄酒、銅貨五枚だ」
マスターがカウンターに葡萄酒を置いた。
用意していた銅貨をカウンターに置き、葡萄酒を受け取る。そして舐めるように一口、味わう。
となると現実的に作れそうなのは洋食系になるけど……。自分で手作りする手間をかけてまで食べたい料理、か……。
「微妙だな……」
目線を上げると、煙と冒険者の騒ぎ声に包まれながら炭火で肉を焼いている料理人の姿が見えた。厨房の奥では薪の炎でグツグツと煮ているシチューの大鍋も見える。
この世界の技術水準的に、料理では炭と薪の炎を使うのが一般的だ。つまり、細かい火力調節が難しい。揚げ物など火力調整が重要な料理は難易度がかなり高くなるはずだ。
それに市場を見た感じだと、ソースのようなものが売っていなかった。ソース、ケチャップ、マヨネーズなど、食べたいなら全部自力で作らないといけない。そこから手作りなのだ。
「料理って大変だね」
◆◆◆
翌朝、いつもよりゆったりと起きて宿を出る。
今日はダンジョンには行かず、市場を見てみるつもりだ。
最初は町の外に出て、石などを使って魔法袋の容量を調べようかとも思ったけど、市場に用事もあったし後回しにした。
まぁ僕の持ち物のほぼ全てが収納出来た時点であの魔法袋の容量には満足しているしね。持てる量が倍以上になる事は確定してるんだから既に十分。急いで調べなくてもいい。
ちなみに、魔法袋に入れておいた例の熱々の葡萄酒が入った鍋。起きてから確認したけど、やはり冷めてしまっていた。つまり魔法袋の中にも時間経過がある可能性が高い。他の可能性もあるかもしれないけど、今の僕には思いつかないので、とりあえず時間経過があるという前提で使っていく事にする。
これは残念だった。もし時間経過がないなら生の食材とか屋台料理をストックしておく事が出来たんだけどね。そう都合良くいかないか。
足早に歩く人々や馬車の間を抜け、石畳の敷かれた大通りに沿って町の東側へと歩く。
この町は東側に食料品の店が多い。町の東側に畑が多いから、そのせいかもしれない。
東門近くの大通りから一本中にある幅四メートルほどの通りに入ると、朝の時間帯なのに沢山の人で混み合った活気のある市場が目に飛び込んできた。
「アッポル三つで銅貨一枚だ!」
「今朝採れたての野菜だ! 見てってくれ」
「塩漬け肉、銀貨一枚! 安いよ!」
ガヤガヤとしている人ごみに負けないように、そこら中の店から声が飛ぶ。
道沿いに並ぶ店や、道の中央に陣取って商売をしている露店を眺めながらゆっくりと道を進んでいく。
ちなみに、アッポルはリンゴに似た果物で、味も系統的にはほとんど一緒だ。勿論、日本のリンゴと比べると渋すぎるのだけど、こういう地球でもお馴染みな果物を見ると何だかホッとする。
しかし、そのアッポルの隣にあるバナーニの実。これは僕が南の村でも食べた事のある果物だけど、見た目が洋梨なのに味がバナナで、甘みが薄いとイモっぽくなるヤバい奴だ。こういう期待を裏切ってくるとんでもないのがいるから注意しないといけない。
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