第102話 お酒を買いに行こう
色々な店を冷やかしながら人ごみをかき分けるように市場を進んでいると、探していた店の一つを発見した。
その店は市場の中ほどにあり、独特な匂いを放っていた。
……まぁアルコールの匂いなんだけどね。
つまり酒屋と呼ばれている店だ。いや、造り酒屋と言った方が正しいのだろうか?
この世界のお店は基本的に、その町の周辺で得られた物か、それを使った加工物を販売している。何故かというと町の外にはモンスターが出るため別の町へと商品を仕入れに行く事が難しいからだ。そういう事が出来るのは基本的に大きな商会だけになる。
つまりこの酒屋も自分達で作った酒を売っている可能性が高い。まぁ酒造りと販売が別の店という可能性も当然あるけどさ。
開けっ放しにされている引き戸の入り口から店の中に入ると、ほのかに葡萄酒の匂いが漂ってきた。店の中には直径五〇センチ程、高さが一メートル程の樽が並べられていて、何人かの店員が樽を転がしながら運んでいるのが見えた。
「らっしゃい! 一番搾りと二番搾り、どっちだい?」
若い店員にいきなり大声で声をかけられてちょっと驚く。……いや、それより一番搾り二番搾りって何なのだろうか?
横目でチラッと店内を確認してみる。
他の店員が樽から黒っぽい液体を瓶に注いでいるのが見えた。
やはり売っているのは葡萄酒っぽい。しかし、ビールなら一番搾りという言葉を聞いたことがあるけど、葡萄酒――ワインで一番搾りって何だろう?
疑問に思い、目の前の店員に聞いてみた。
「あの、一番搾り二番搾りって、どう違うのですか?」
「あぁ、お客さん初めてかい? ……まぁ簡単に言えば、一番搾りは葡萄を最初に搾ったもので、二番搾りはその絞りカスに水を加えて搾ったものだ」
彼はそう言った後、奥の棚へと向かい直径二〇センチほどの円柱型の陶器の瓶を取り、戻ってくる。
「うちはこの瓶で販売してる。この瓶が一つ銀貨三枚。一番搾りが銀貨五枚で二番搾りが銀貨一枚。この瓶を持ってるなら瓶代はかからないぞ。あとは樽売りもあるが、関係ないだろ?」
そう言って彼は壁沿いに置かれている樽に向けて顎をしゃくった。
なるほど。大体理解出来た。
何となくだけど、前によく飲んでた安くて水っぽい葡萄酒が二番搾りで、最近よく飲んでる高い葡萄酒が一番搾りのような気がする。だとすると一番搾りも二番搾りも両方欲しいかな? 高い葡萄酒は美味しいけどアルコール度数が高くて酔いやすいし、安い葡萄酒は水っぽいけどアルコール度数が低くて水の代用として使える。両方共にそれはそれで使い道があるはず。
「じゃあ一番搾りと二番搾り、一つずつで」
「はいよっ!」
僕が注文すると、大きな声で返事した店員がすぐに樽から瓶への詰め替え作業を始めた。
「しかしお客さん、冒険者だろ。いいのかい? こんなに買っちまって。こんな瓶持ってても邪魔になるだけだろ?」
彼は詰め替え作業をしながら僕が持っている槍をちらりと見てそう言った。
彼のその言葉を聞き、僕は冷や汗をかく。
これは少しやってしまったかもしれないな……。
まぁ確かに違和感あるか……。瓶の大きさは直径二〇センチほどで、恐らく内容量は二リットル……いや、三リットルは入ってるかもしれない。つまり葡萄酒を入れた重量は四キロか五キロ近くにはなるはず。そんな物を持って冒険者が仕事をするか? いや、しないはずだ。少なくとも僕はそんな冒険者を見たことはない。重たいし、邪魔だし、陶器だから割れやすい。冒険者には不向きだろう。なのにそれを僕は二つも買った。
運良く魔法袋を手に入れたから、その容量調査を兼ねて保存食のストックを増やすために酒と乾物を買い込もうと思っていたけど、そんな事は魔法袋を手に入れなきゃ絶対にやってない事だ。
これはもう少し周囲からどう見られるか考えておくべきだったか……。
そんな事を考えていても仕方がないので、とりあえず彼には「こう見えてもお酒には強いんですよ!」と、とっさに言い訳して代金を払い、瓶二本を背負袋に詰めて店を出た。
僕の適当な言い訳を聞いた彼の何とも言えない微妙な顔を思い出して気分が沈む。
背負袋の瓶二本もズッシリと僕の背中を沈ませた。
「あれは絶対、こいつこの歳でアル中かよ! っていう目だね……」
そうして微妙に凹みながら次の店を探すことにしたのだ。
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