第103話 市場から町の北側へ行ってみよう
暫く歩いてから細い路地に入り、背負袋の中で魔法袋を開いて、さっき買った酒瓶をその中へと入れていく。
「良かった。まだ入る」
魔法袋はお酒の大瓶二本を飲み込んでもまだ余裕はありそうだ。
軽くなった背負袋をまた背負って路地から出た。
「本当はもう少し葡萄酒をストックしておきたかったけど……この酒屋ではもう無理かな」
魔法袋の中は何故か外より少しひんやりしている。なので葡萄酒の貯蔵にはピッタリだと思った。それにもしものためにストックするなら、どちらかといえば食べ物よりも飲み物だと思う。食べ物はモンスターを適当に狩れば何とかなる可能性が高いしね。だから何度かここに通って葡萄酒を買い込むつもりだったのだけど――
見かけない顔で冒険者風の僕が大量に葡萄酒を買い込むのは想像以上に目立つ行為だったようだ。
まずさっきの酒屋も含め、この市場では冒険者をほとんど見ない。恐らくだけどここは問屋街のような場所なんだろう。宿屋暮らしが多い冒険者がここで食材を買っても調理する場所はないし。さっきの酒屋にしても、あんな大瓶で酒を買っても持て余すだけだし、あの瓶を持ち歩くわけにもいかない。
つまりここに来るのは業者かこの町に家を持って暮らしている人がほとんどになる。そんな場所で槍を持ち歩いている冒険者風な格好をした僕が大量の買い物をしていたら目立ってしまう。
「うぅん……この後も色々と買い込もうと思ってたけど、適度な量にしておかないと目立ちすぎるかな? それとも考え過ぎだろうか?」
さっきのお酒の時のように人が見てない場所で魔法袋に移し替えながら色々と買うつもりだったけど、どうなのだろうか?
ここの市場の人達もご近所付き合いぐらいはしているだろう。そういう横のつながりから何らかの情報が共有されている可能性もある。その中から僕の買い物量の異常さに気付いて僕が魔法袋を持っている可能性にまでたどり着く人が出てくるかもしれない。
魔法袋は貴重だ。色々な人が欲しがっている。可能な限り僕が魔法袋を持っている事は秘密にしておきたい。
今のところ、魔法袋を持っている事を誰かに知られた場合のメリットが何も思いつかないのだ。
「デメリットは沢山ありそうなんだけどね……」
右手に持つ鉄の槍をちらりと見た。
せめてこの槍を魔法袋にしまっておくべきだっただろうか? 僕の服はシンプルなローブだし、槍さえなければ冒険者とは思われなかったかもしれない。
槍を抱き込むように腕を組み、頭を捻る。
うぅん……いや、ないか。どこで誰が見てるか分からないし、槍とか目立つ物が消えたり現れたりするのは不自然だろう。買い物にも少々邪魔だけど槍は持ったままにしておくべきだ。
その後、塩を一袋と燻製肉をいくつか買い、市場を後にした。
◆◆◆
市場があった東側から中央方面に戻りつつ次に向かう場所を考える。
「西側に行ってみるか……。いや、よく考えると北側に行った記憶がないな……行ってみようかな?」
このエレムの町は東側に食料品などの市場、南側にダンジョンと関連施設、西側に工業系の店が多かった。勿論、全てがその系統の店で埋まっているという事ではなく、僕が見る限りそういう傾向があった、というだけだけど。
僕が普段生活している南側には冒険者に必要な施設が大体揃っている。なのでダンジョンで活動している冒険者はほとんど南側で生活している。南側から出るのは鍛冶屋などに用があって西側に行く時ぐらいだろう。
なので南とは真逆の北側にはほとんど縁がないのだ。
そのまま歩いていくと、町の中央付近にある南北に走る大通りに出た。
空を見上げて太陽を確認すると、まだ太陽は斜めの位置にあった。
朝すぐに出発し、そこから市場探索に二時間ぐらい。つまりまだ昼にもなっていない。
「時間もあるし、行ってみよう」
北側に行ってみる事に決め、十字路を右折して北側へと歩いていく。
北に進むにつれ大通りに建ち並ぶ店が次第に綺麗な外見の店に変わっていき、窓にガラスを使っている店も増えてきた。道行く人も、派手なひらひらとした飾り付きのジャケットを着た若者や、ピシッとしたドレスを着て日傘を差す女性など、いかにもお金持ちという感じの人が多くなってきた気がする。
「なるほど……やっぱり北側は上流階級向けのエリアなんだろうか」
ランクフルトの町では町の北側に王都へと繋がる道があるからか、領主の館や行政施設などが北側のエリアに集中していて高級住宅街のようになっていたけど、この町も同じらしい。
暫く通りを歩きながら何かおもしろい店はないかと探していく。
透明度は低いけど窓ガラスがあるおかげでどんな店なのか把握しやすくて助かった。が、おもしろそうな店が見つからない。大体は服や装飾品の店で、カジュアルウェアというよりはフォーマルウェアを扱っている店だ。とりあえず今の僕には特に必要はなさそう。
そういう紳士淑女の店の連続に飽きてきた頃。そろそろこのエリアはもういいかな? と思い始めた僕の目に、このエリアにはあまり似合わない賑わいを見せる店が飛び込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます