第104話 お菓子、お買い物、新防具

 その店は大通りと幅三メートルほどの裏通りが交差する十字路の角にあり、大通り側に面した敷地内にオープンテラスが設置されていてパラソル付きのテーブルが並んでいる、所謂オープンカフェのような造りをしていた。店の壁には他の店より大きめの窓ガラスがはめ込まれ、陽の光を十分に取り込めるようになっていて、離れていても中の様子がよく確認出来る。

 第一印象としては、日本の都会にありそうなお洒落なカフェ、という感じだろうか。しかし日本との違いが一つ。それはこのカフェにいる人――お腹付近をギュッと締め付けるようなクラシカルなドレスを着た若い女性と派手な羽根付き帽子をかぶった優男が優雅にお茶をしていたり、頭の上にぴょこんと猫耳犬耳が飛び出している女性の一団が楽しそうに何かを食べながらお喋りしてたりと、日本、というか現代の地球ではありえない感じの絵になっていた。


「んー、気になるけど、ちょっと……」

 この格好では入りにくいよね。槍とか持ってるし。

 店の外からパッと見ただけでも高級路線の店だと分かる。店の中にいる客も上質そうな服を着ていたりして、南側の人々とはどこか違う。そう感じた。当然だけど冒険者っぽい人はいない。

 まぁでも、そもそもの話だけど圧倒的に男性客の割合が少ない店だし、一人で入るような店ではない感じだよね。仮にフォーマルな格好だったとしても入れなかったかな。


 うーん、でも残念。やっとこの世界でシチューやスープといった標準的な食事以外の料理を見付けたのにさ、見てるだけなんて……。

 オープンテラスの周囲を囲む柵に近づいていく。

 一番近いテーブルの上をチラッと見ると、木の皿に乗せらられたマドレーヌのような焼き菓子と上質そうな陶器製のカップに入れられた飲み物が見えた。

 焼き菓子にはチョコレートとかホイップクリームなどはかかっていない。シンプルなケーキ系のお菓子なんだろうか? ダンジョンで牛乳は出るんだからバターとかクリームは作れていてもおかしくないし、そういう物を使ったお菓子かもしれない。

 飲み物の方に関しては……よく分からないな。お茶なのか、コーヒーのような飲み物なのか、ハーブティーなのか。でも湯気が出ているし、少なくともお酒ではなさそうだ。


「ん? なんだろ」

 ふとカフェが面している裏通りの方に人の気配を感じ、近づいて大通りの方から覗き込んでみると、三人の女性が並ぶように立っているのが見えた。

 それが何だか気になり、裏通りへと入って女性が並んでいる場所に近づいてみると――そこには売店のように見えるお店があった。


 カフェの建物の側面にぽっかりと開いた大きな窓。その端の方に木で出来た看板があり、いくつかのお菓子らしき商品名が書かれていた。

 これは……さっきのカフェのお菓子を店に入らなくてもテイクアウト出来るようになってるのか。店の中に入らなくてもいいのは嬉しいな。

 そう考えていると窓の中に女性の店員が現れ、列の先頭に並んでいた冒険者風の女性に紙袋を渡した。

 紙袋を受け取った女性が大通りの方へと消えていき、次の女性が前に進んで店員に何かを注文しているのを眺めながら考える。

 ……なるほどね、紙袋か。

 窓の横にある看板をもう一度よく見てみた。


 カルメントウ 金貨一枚

 バターケーキ 金貨一枚

 木の実のクッキー 銀貨三枚


 うーん……たっか!

 ある程度は予想してたけどやっぱり高い。しかし金貨か……これはちょっと流石に悩むな。

 店の雰囲気とか客層とか僕の格好とか槍とか、そういう次元の問題ではなくて普通に高すぎて入れない店だったね……。

 しかしバターケーキと木の実のクッキーは何となくどんな物か分かるけど、カルメントウとは何だろう? 値段も高いしちょっと謎だ。

 そのまま腕を組んで悩んでいる間に前の女性が紙袋を受け取って大通りへと消えていき、僕の番が来てしまったようで――店員の女性と目が合った。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」

「あー……うん。全部、一つずつ下さい」

「かしこまりました。お会計は全部で金貨二枚、銀貨三枚でございます」

 背負袋からお金を取り出して渡すと彼女は「少々お待ち下さい」と言い、店の奥へと消えていく。


 暫くしてから戻ってきた店員の女性から三つの紙袋を受け取り、僕も大通りの方へと戻る事にした。



◆◆◆



 宿の部屋のベッドに体を預け一息つく。

 あれから西地区に行き、いくつかの店を巡って買い物をしてから宿に戻ることにした。

 買った物はその都度タイミングを見て背負袋から魔法袋へと移し替えていたけどまだまだ満杯ではないないようだ。


「さて、と」

 ベッドから体を起こし、背負袋から魔法袋を引っ張り出して、そこから今日の戦利品を取り出していく。

 まずは葡萄酒。二本の瓶を部屋の机の上に置き、そこで少し考えてからコップも出した。

 ついでだし、味を確認しておこう。

 右側に置いた瓶を手に取りコルク栓をキュポンと抜いてコップに少し注ぐ。そして味を確かめると、もう片方の瓶からも葡萄酒を注いで味見してみた。

「うん。恐らくだけど、いつも飲んでた安い葡萄酒と高い葡萄酒だろうな」

 そこまで自分の舌に自信があるわけでもないけど、恐らく間違いないだろう。

 しかし瓶が同じだから見分けがつかないか……。

 とりあえずの応急処置として、高い方の葡萄酒の瓶に余った布を巻き付けておいた。


 次に取り出したのは西地区の露店で買った年季の入ったランタン。

 直径二〇センチ、縦が三〇センチ程、木と金属で出来たのフレームの四面にガラス板がはめ込まれていて、中には金属製の深い皿が設置してあり、中央部分に針のような突起物が見える。

 露天商が言うにはこの突起にロウソクを刺して使用するか、金属の皿に直接オイルを入れて使用してもいいとか何とか。ただ、どう見てもオイルだと振動でこぼれそうだから動かせそうにない。なので雑貨屋でロウソクも買ってきた。

 ランタンをテーブルに置き、側面にある留め金を外して中に一五センチぐらいの黄味がかった白いロウソクを設置。そして最小限の魔力で魔法を発動する。

「神聖なる炎よ、その静寂をここに《ホーリーファイア》」

 右手人差し指に現れた白い火の玉をランタンの中のロウソクに近づけて点火し、指先の火の玉を消す。

「うん……とりあえずは成功かな」

 ランタンの中のロウソクは白い火を灯し、まるで蛍光灯のような色の光を放ち続けていた。


 ランタンの蓋を閉じてベッドに座り、暫くランタンの灯りを観察する。

 まだランタンは白い光を放ち続けている。

 暗闇を照らす光が欲しいなら光源の魔法で十分なのに何故このランタンを買ってきたのか。その理由は、このホーリーファイアで何かに着火し、その聖なる炎を維持出来るか調べたかったからだ。

 そして今の所、この実験は成功していると言える。

「まぁ、このランタンがアンデッドに効果があるのか実際に確かめないと分からないけど」

 それにロウソクが燃え終わるまで持続するのかも調べないとね。


 ランタンを点けたままアイテムを二つ魔法袋から取り出した。

 一つは前開きになっているロングコートのような布製の白いローブ。もう一つはベストのような形の革の鎧だ。

 西地区でいくつか武具店を回ってみたけど、値段とか、機能とか、色々と考えると、これだ! という防具はなかった。けど魔法袋の事とか、これからの季節の事とか、防御力の事とか、色々と考えるとそろそろ全身覆い尽くすようなローブは卒業しないとダメだという結論に達し、このローブと革鎧をとりあえず買う事になった。


 防具を手に取り、確認しながら買った時の事を思い出していく。

 たしかローブはエルシープの毛から作られていて、革鎧は主にデザートカウの皮から作られているらしい。革鎧は、デザートカウのなめし革を貼り合わせた比較的安価なものから革に硬質化加工を加えた高いものまで色々あったけど、無難にミドルクラスの鎧にしておいた。それでも金貨七枚もするのだから、やっぱり鎧は高いのだろうね。

 ベッドから立ち上がってローブを脱ぎ、革鎧を頭から被るように着て、脇から腰までサイドの部分の紐をギュッと結んで体にフィットさせる。そしてロングコート型の白いローブに袖を通す。

「うん。いいね!」

 姿見はないけど、着てみたら何となく合っている気がして好きになってきた。それと、やっぱりローブを着ていると何だか凄く落ち着く。このダボッと包まれている感が心地よいのだろうか?


「おっと、忘れるところだった」

 ベッドの上に置いてあった魔法袋を腰に巻いてベルトを調整する。

 そして魔法袋本体を背中側へとくるりと回す。これでローブに隠されて外からは見えないはずだ。

 ローブを誰かにぺろりとめくられない限りはね。


 ひとしきり動きを確認すると、ベッドに脱ぎ捨てられた今までずっと着ていたローブに気が付いた。

 それを手に取りピシッと伸ばし、浄化をかけてから畳んでいく。

 袖を折って裾を折って半分に折って――綺麗な畳み方なんて知らないけど、何となくフィーリングで折りたたむ。

 こうやって折りたたみながら手で触っていると、毛羽立ちとか繊維が切れてる箇所がいくつも見付かったりして、このローブも傷んでたんだな、と今さらながら思う。


「ん? これは……」

 ローブの脇腹付近に引っかき傷を見付けた。

 いつの傷なんだろうか? と、考えてみるけど思い浮かばない。

「うぅん……服を脱ぐ事も少なかったしなぁ……」

 浄化を覚えてからは風呂も洗濯も必要がなくなって服を脱ぐ機会が激減していた。なのでこうして服を外から見る機会もほとんどなかった。

 ……もし背中に、こいつ変質者! とか、いたずら書きを貼られててもずっと気付かなかったかも! と、つまらない事を考えてしまい、ふふふっと軽く笑い声が漏れてしまう。


「……あぁ、そうだ」

 さっきの傷はランクフルトに行ったばかりの頃、フォレストウルフに付けられた引っかき傷かもしれない。何となく脇腹あたりに一撃貰ったような記憶がある。

「そうだよなぁ。最初っからずっと一緒だったんだよな」

 最初に持っていた他のアイテム、杖と貫頭衣は既に背負袋の中。ずっとお世話になっていたのはこのローブだけだった。


 畳み終わったローブをクルクルっと丸める。

「……」

 そして魔法袋の中に入れた。

 何となく、誰も聞いてはいなくても、服にそんな事を言うのは気恥ずかしくて。心の中で、、とつぶやきながら。

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