第105話 二人でお菓子を食べよう

 一階の酒場で夕食を食べ、部屋に戻る。

「さて、と」

 背中側にあるウエストポーチ型魔法袋をくるりと前に回して中に手を突っ込み、紙袋を三つ引っ張り出し、それを机の上に置く。そして椅子に座って紙袋を触りながら確かめていく。

 この紙袋に使われている紙は真っ白とまではいかないものの、白系の色でツルツルしていた。おそらく油紙とかワックスペーパーとか、そんな感じの紙なんだと思う。

 この世界ではそれなりに紙が普及しているけどそれなりに高い。少なくとも紙を気軽に包装紙として使うような文化はないはずだ。なのにそれを当たり前のように袋として使っているなら、やはりあの店は高級店なんだろう。

「この袋は捨てずに残しておこうかな」

 また何かに使えるはずだ。食品などを小分けするのに使ってもいいかな。これが油紙とかワックスペーパーなら湿気にも強いはずだし。

 そう考えながら手前にあった紙袋を開けて中を覗くと、麦と豆をローストしたような香りと共に何かの木の実が混ぜ込まれた直径五センチほどのクッキーがいくつか見えた。少し考えて、魔法袋から木の皿を取り出し、そこにクッキーを全て出してしまう。そして味見は後にして次の袋を開ける事にする。

 次の袋を開くと中には黄金色に輝く一〇センチ程の円形の焼き菓子が二つ入っていた。おそらくこれがバターケーキで間違いないだろう。

 紙袋の上から軽く摘んでみると弾力があった。

 それを袋から取り出して皿の上に置く。


「さて、次が問題だな」

 残っている袋は一つ。これがカルメントウという謎のお菓子のはずだ。

 少しワクワクしながら袋を開けると、中にはまた紙に包まれた塊があって、その紙を開くと一センチ程の茶色い玉がいくつか入っていた。

「うーん……飴、とか? 砂糖菓子のようなモノだろうか?」

 ちょっと分からないな。試してみたいけど、その前に彼女を呼ばないとね。


 魔法袋から聖石を取り出し右手のひらに乗せ、机の上に掲げながらで呪文を詠唱する。

「わが呼び声に答え、道を示せ《サモンフェアリー》」

 するといつもの派手な演出の後、リゼが現れた。


『おぉー……』

 目の前のお菓子に目を奪われているリゼを見て思わず苦笑いしてしまう。

 しかし良かった。花の蜜が大好きだと言ってたから大丈夫だとは思ってたけど、妖精もちゃんとお菓子とかを食べられるみたいで安心した。もしかすると人間の食べ物は食べられないとか、魔力を食べてで生きてるとか、そういう可能性もあったからね。


「こんにちは」

『あっ! こんにちは!』

 何だか僕の事が見えてなかったみたいだ……。まぁお菓子に興味を持ってくれてるんだから狙い通りなんだけどね。

「今日はお菓子を買ってきたんだ。時間も少ないし、さっそく食べようか」

 リゼを召喚出来る時間はそんなに長くはない。体感で数分という感じだろうか。おそらく一〇分はないと思う。本当はもっとゆっくりしてもらいたいし、もっと色々と話したいのだけど、こればっかりは仕方がない。

『えっ! いいの?』

「うん。リゼに食べてもらうために買ってきたんだからね」

 僕がそう言うとリゼが『わぁい!』と言いながら一瞬で木の皿に飛びついてクッキーにかぶり付いた。

 ……速すぎて瞬間移動したのかと思ったぞ……。

 意外と高い妖精の身体能力にちょっと驚いたけど、まぁそういう事もあるかなと納得しておく。


 この世界には女神の祝福――つまりレベルのシステムがある。レベルを上げると様々な能力が上がるけど、それが見た目に現れる事はないと思う。

 例えば今の僕は普通に年齢通り中学生ぐらいの体で特にムキムキではないけれど、既に身体能力は陸上のオリンピック選手を超えているだろう。だから見た目で相手を判断してはいけないのだ。

 それはこの世界の人々にとっては常識なのだろうか。見た目で相手を侮る人は地球よりも圧倒的に少ない。だから一五歳の若造でしかない僕でも変に絡まれたりしにくいのだろう。


 まぁとにかく、リゼもこの見た目とあの喋り方をしておいて、実はレベル九九で、ドラゴンぐらい指先一つでダウン! なんてことも有り得るのだ。

 僕はまだそういう常識に馴染みが薄くて忘れそうになるけど、これはよく肝に銘じておかなければならない。


『クッキーおいしー!』


 ……まぁドラゴンを指先一つでダウンは……ないか。

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