第138話 テスラの戦いとは

「この、最後の一撃。お前さん、何故避けたんじゃ?」

 そう言ってボロックさんは木剣を大上段に構えた。

「えっ? 何故……何故って、攻撃が来た……から?」

 そうとしか言いようがない、と思う。攻撃が来て、回避出来そうだから回避した。……としか言えない。普通、攻撃は受けるか避けないと当たるよね?

「お前さんの技は攻守一体……見事じゃよ。相手の動きをしっかりと観察してから動く冷静さもの。その技が活きる日もいつか来るじゃろう。じゃがの――」

 ボロックさんはさっきと同じように大上段から木剣を振り下ろした。木剣はブンッと空を切り、ピタリと止まる。その動きはゴブリンとは思えない程には鋭いけどオーク程ではない。ボロックさんが手加減している事は僕にでもよく分かった。

「この一撃、避ける必要があるかの? 仮にこれが真剣であったとしても相手はゴブリンなんじゃよ。当たったとしてもお前さんを傷つける可能性は低いじゃろ。それにお前さんの得物は槍で、わしは剣じゃよ。正面からぶつかってもお前さんに分がある」

「えっと……」

 あれ? 攻撃を避ける必要がない? そんな事が……ある、のか? これは何だか根本的な認識のズレがあるような気がするぞ。

「わしにはお前さんの技がどんな流れで生まれたのかよく分からんのじゃ。対人の、それも同格以上の相手だけを想定しておるかのような動き……。まるで一撃でも受ければ死ぬかのような動きに見えるの」

 いや、そりゃ体に一撃貰うと死ぬ可能性もあるでしょ?

 ……って、あれっ? もしかして、この認識が間違っているのか?


「えっと……僕がゴブリンに真剣で切りつけられても大丈夫……という事ですか?」

 多少不審に思われてでも聞いておくべきだと思った。この話は物凄く重要な気がする。

「お前さん、女神の祝福はどれだけ得たかの?」

「えーっと……一四回、ぐらいでしょうか」

 数日前に黒い巨大スライムを倒して一四回目の女神の祝福――レベルアップがあった。つまりレベルでいうなら一五なはず。覚えている限りではそれだけだ。

「ふむ……予想よりも少ないの……まぁ才能があるんじゃろうな。それだけ女神の祝福を得て、それだけ戦えるのなら、気を抜かん限りゴブリン程度の攻撃ではかすり傷があるかないか……ぐらいかの」

「……そうなのですか」


 僕は根本的に勘違いしていたのかもしれない。

 この世界にはSTRやDEXとか、ゲームのようなステータスが存在している。残念ながら僕はそれを見る事は出来ないし、見る事が出来る人にも会った事はないけど、あの例の白い世界で見た以上、確実に存在しているはずなのだ。

 そして女神の祝福を得ると身体能力が上がる。恐らくステータスの数値が上がっているのだろうけど――とにかく、今の僕は既に地球の人間より遥かに高い身体能力を持っている。本気でジャンプすれば数メートル飛び上がれる程に。

 体付きはほとんど変わっていないのに謎のパワーによって身体能力が向上している。つまり筋肉とかそういう物理的な常識を無視したパワーによって僕は強化されているのだけど――

 要するに女神の祝福で強化されているのは単純な身体能力とか魔法能力だけではなくて、守備力的な何か、も強化されていたという事なのだろうか。


「ふむ……本来なら誰もがその身で知る事なんじゃがの……。お前さん、今までほとんど攻撃を受けてこんかったじゃろ?」

「あぁ……えぇ、そうですね」

 確かに、今までは鎧がなかった事もあって敵の攻撃は絶対に受けないようにしていた。刃物や牙の攻撃を受ければ致命傷になる可能性が高いと思っていたしね。敵の攻撃を受けない事が第一で、攻撃はその次。僕が習った剣術や槍術ではそれが当然だったんだ。……いや、地球の武術ではそれは普通だろう。

「全ての攻撃に真面目に対処する必要はないんじゃよ。お前さんの攻守一体となった武術は武器にもなるが、必要以上の守備意識は無駄な隙を作る事にもなるの」

 ボロックさんは木剣を肩に担ぎ、「暫く考えてみるんじゃの」と言い残して広場を去っていった。


「いや……う~ん、そうかぁ……」

 その背中を見ながら顎に手を当て、考え込んでしまう。

「キュキュ?」

 広場の端からシオンが走ってきて僕の体をよじ登って肩に立つ。何だか心配してくれているような気がする。

「大丈夫、何でもないよ。ちょっと考えないといけないけどね」

 シオンは「そっか」という感じに「キュ」っとひと鳴きしてローブのフードの中に入っていった。


 それにしても、守備の事はそこまで考えなくてもいい、か。

 そういえばゲームの中でも格下相手だと何も考えずに敵を殴るだけでよかった。ステータスに差があると攻撃を受けてもほとんどダメージはなかったし。結局、そういう事なんだろう。


「皆は元気にやってるかな……」

 ゲームの事を思い出して、一緒にリスタージュを遊び、一緒にこの世界に来たはずの皆の事を思い出す。

 まぁ彼らなら、なんだかんだ上手くやってるさ。

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