第139話 死の粉の毒
カツンカツンとハンマーの音が工房に響き渡る。
光源の魔法の光に照らされた闇水晶が怪しく光り、それを乗せている金床を闇色に染め上げている。
ボロックさんが闇水晶にノミを当ててハンマーで叩く。カツンという音と共にパキリと闇水晶が剥がれ落ちた。そしてまた角度を変えてノミを当て、ハンマーで叩く。
闇水晶が動かないように大きなペンチで挟んでいる僕の目の前で、少しずつ闇水晶はその形を変えていった。
あれから――ボロックさんと手合わせしたあの日から幾日かの時が過ぎた。
やらないといけない仕事もないのでボロックさんを手伝ったり、ゆっくりとシオンと遊んだりして過ごした。これだけ長期間ゆっくりとした時間を過ごしたのはこの世界に来てから初めてかもしれない。思えばこの世界に来てからは何かに追われるように生きていた気がする。
ちなみにボロックさんのライフワークともいえる作業は二つあり、その一つは干しファンガス作りだ。
ファンガスはそのまま焼いても旨いけど、干すと旨味が凝縮されてもっと旨くなった。僕もボロックさんに作り方を学んでから個人的にも作っていたりする。切って廃材の板の上に乗せて陰干しするのだけど、洞窟の中だからどこでも一日中陰干し出来るので調子に乗ってどんどん作ってしまっている。
そして二つ目がこれ。
目の前で割り削られている闇水晶に意識を戻す。
この水晶をどう加工するか、どう使うか。それを見付ける事がボロックさんの目標らしい。
現状、水晶にはあまり使い道がない。魔力を通しやすく、魔力を通すと硬化する性質はあるものの、それを活かせるような使い道があまりない。魔力を通しやすい素材は魔法と相性が良いので杖などに加工されたりはするらしいけど。まず大きくてムラのない水晶が少ないし、加工も難しいし、衝撃にも弱いから扱いが難しいのだ。
「今日はこれぐらいにしておくかの」
そう言ってボロックさんはノミとハンマーを地面に置く。金床の上の闇水晶は割られ削られ、刃物っぽい形に整えられつつあった。
反りのある片刃のナイフ? かな。少し小太刀のようにも見える。動物の皮を剥いだりするのに良さそうかも。
……金属製だったらね!
これは常に魔力を流してないと骨に当たって欠けてしまいそうだ。
「ご苦労じゃったの。やはり補助がおるとやりやすいわい。どうじゃ、わしの弟子にでもならんか?」
首に掛けた布で額の汗を拭うボロックさんを見ながら、それもいいかな、と一瞬思ってしまった。それだけここでの数日がゆったりとしていたのだけど……やっぱり僕にはまだやる事がある。この世界で安心して安定を手に入れるのはまだ早い。
「僕にはやりたい事があるので……」
「そうかの、それは残念じゃ……うっ!?」
工房から出ようと歩き始めた次の瞬間、ボロックさんが足を踏み外すように崩れ、地面にうずくまった。
「ゴボッゴフッ」
「ボ、ボロック、さん?」
慌てて駆け寄ってボロックさんを抱き起こす。
その体はカタカタと震え、あの筋骨隆々な姿が嘘のように小さく見えた。そして――
口を押さえていたボロックさんの手は血色に染まっていた。
「ボロック、さん……それは」
「大丈夫、じゃよ。暫くすれば良うなるから、の……」
そう言われてもまったく大丈夫には見えない。それにこの症状は……。
「でも――」
「どうしようもないんじゃよ」
僕の言葉を遮るようにボロックさんが言う。そして僕の目をしっかりと見て言葉を続けた。
「これは死の粉の毒……治療法は――ない」
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