第191話 打ち上げの夜


「あー、それと言い忘れてたんだがな」


 そう前置きしたサイラスさんは指をクイックイッとして皆の顔をテーブルの中央に集め、小声で話し始める。


「例のブツについてだがな。先方と会うまでは誰にも話すんじゃないぞ」

「それはいいけど、理由を聞いてもいい?」


 今はあまりこういうことでは目立ちたくないと思ってるから個人的には大歓迎なんだけど、冒険者ってこういう功績はどんどん喧伝して名を上げるモノだと思っていたのだけど、違うのだろうか?

 ……しかし『例のブツ』って言い方、怪しいお薬の取引みたいだからやめよう!


「いや、先方に引き渡すまでは、なにかあっちゃたまらんしな。クランハウスの中なら安全だろうが、万が一もある。それにだ」


 サイラスさんはそこで周囲をチラッと確認し、更に声を小さくして続きを口にする。


「グレスポ公爵がアレの素材を欲しがっているらしい」

「あ~……」

「そうなの」


 シームさんとルシールはその言葉で理解したらしい。けど、僕にはイマイチよく分からない。

 それを聞こうとした時、タイミングよく肉の入った木皿が運ばれてきた。


「ノックディアーのもも肉です」

「待ってました! これなんだよ、これ!」

「おおー!美味しそう! じゃあいっただきー!」


 シームさんが真っ先に肉にかぶりついた。

 ゆらめくランプの光では少し見えにくいけど、人の顔ぐらいあるステーキ肉と、その横に添えられてある緑色の葉っぱ。焦げた油の匂いと、まだかすかに聞こえるジュウジュウという音。

 うん、たまらない! 早く食べないと!

 この世界の飲食店では珍しく用意されていたナイフと二股のフォークっぽいカトラリーを使い肉を切り分けようとしてみる。が、あまり上等なナイフではないのか、それとも肉が硬いのか、上手く刃が入っていかない。

 少し苦労しながらギコギコと何度も往復させながら切った肉をフォークで口に運んだ。


「……旨いな」


 食感は牛に近く、旨味が濃い。でも、少々独特な臭みがある。それに以前高級ホテルで食べたレッサードラゴンのステーキほどの旨味ではないかな。

 やっぱりモンスターのランクが上がると何故か肉が旨くなるのは本当なんだろうね。確かノックディアーがCランクで、レッサードラゴンがBランクだったはず。

 肉の油をエールで流し込む。

 ん~、やっぱりエールは合ってる。でも葡萄酒の方が合いそうな気がするなぁ。

 と思いながらチラッとルシールの方を見てみると、彼女は切り分けた肉の上に付け合わせの葉っぱを乗せて一緒に食べていた。


「そうやって食べるんだ?」

「ノックディアーの肉は臭みがある。でも、レモの葉と一緒に食べると問題ない」


 サイラスさんとシームさんを見てみると、二人も同じように葉っぱを乗せて一緒に食べていた。

 なるほど、これは付け合わせのサラダじゃないんだね……。

 早速、試してみよう。

 言われたようにノックディアーの肉にレモの葉を乗せて食べてみた。


「……なるほど」


 口に入れた瞬間、鼻に抜ける柑橘系の香り。そして肉の旨味。咀嚼する度に弾ける酸味のある風味。

 確かに肉の臭みが中和されて美味しく食べられる!

 そして肉を流し込んだ後、エールで口内を洗い流す。

 なるほど。確かにこのハーブの爽やかな感じがエールとよく合ってる! 葡萄酒の方が合ってるかもと思ってたけど、これならエールだ。やっぱりこういうのは現地の人の食べ方に合わせるのが一番良いんだろうね。

 フードの中から前脚を伸ばしてバンバン叩いているシオンにも肉を分けてやり、ひとしきり肉とエールを楽しんだ後、さっき気になっていたことを聞いてみる。


「で、さっきのグレスポ公爵の話――」

「ちょ!」


 サイラスさんが慌ててこちらを静止して、小声で「声が大きい」と続けた。


「ごめん。で、グレスポ公爵が……例のブツを欲しがっていることがどう問題なのかなって」


 こちらも声を落として聞く。


「あぁ……そうか。知らないのか」


 サイラスさんはそう言うと、顎に手を当て暫く考えてから言葉を選ぶようにして話し始めた。


「シューメル公爵家はグレスポ公爵家と仲が悪いんだよ。いや、この国の三公爵は昔からずっと仲が悪いらしいが」


 それについては以前、資料室にあった歴史書でなんとなく見た気がする。

 確かこのカナディーラ共和国が成立する以前のカナディーラ王国時代、跡継ぎを作らないまま国王が死に、グレスポ公爵とアルメイル公爵が王位継承権を巡って争いになって、そこにシューメル公爵に嫁いだ国王の妹が争いを止めようとシューメル公爵と共に立ち上がったことで三つ巴の戦いになった。そんな感じのストーリーだった。まぁその史実が事実かどうかは知らないけど。


「この町はシューメル公爵のお膝元だ。それに俺達のクランはシューメル公爵と深い繋がりがある。そんな俺達がシューメル公爵を差し置いて例のブツをグレスポ公爵に売れると思うか?」

「……なるほど」


 あぁ、なんとなく理解出来てきた。超面倒くさい感じの権力争いの話だ。

 でもまぁ確かに、ここでグレスポ公爵に売ったらシューメル公爵に睨まれかねないし、それを考えたらクランからも嫌われかねないか。


「もしグレスポ公爵に例のブツの存在がバレたら終わりだ。話を持ちかけられた時点で断れなくなるからな。断ったら俺達がグレスポ公爵から睨まれる。それをシューメル公爵に話したところでどれだけ守っていただけるか分からん」

「あー……」


 確かに。そうなったら詰みだ。どっちを選んでも問題が残る。

 もっと高ランクの冒険者なら貴族とも対等に渡り合えるのかもしれないけど、大多数の冒険者にとっては交渉に使えるカードなんてないし、かなり厳しい。仮になにかカードがあったとしても、カードを切り終わったその後が怖いしさ。それに冒険者ギルドが守ってくれるとも思えないし、クランは……どうだろうか? これは分からないけど、三人の反応を見る限りでは微妙なのかも。


「それにだ。商人達の噂ではグレスポ公爵領に例年以上の物資が運ばれていると、な」


 物資が必要になる、ということは争いごと、か。まぁそれ以外も考えられるけど、怪しいことは怪しい。そして争いごとであるなら、その相手は他の公爵である可能性もある。

 このタイミング的にグレスポ公爵と関わるのはいらぬ誤解を生みかねないと。

 難しいなぁ……。やっぱり単純に強くなって、冒険者のランクを上げ、良い素材やアイテムを集めて売ればオーケーな仕事ではない、か。

 アイテムを売るにも、アイテムが良いモノであればあるほど売り方や売る相手を考える必要がある。それは以前エレムでも身にしみたことだけど、それ以上に奥が深い……闇が深い問題がある。凄いアイテムを適当に売っぱらって『あれっ、僕なにかやっちゃいました?』で済ませるにはそれ相応の力がないとダメなんだろうなぁ……。僕がそんな力を付けられるのはもっと先の話だろうし、今はとにかくその地域の情報を集めて上手く立ち回るしかないんだろうね。

 これ、旅をしながらその地域ごとにそういう情報を集めていくのって本当に大変そう。今はクランにいて、そこからこうやって情報を集められたけど、そうでなければこういう情報を自力で集めるしかないわけで、それは凄く大変なことだと思う。

 だって知らない町で初対面の冒険者とかから聞き出すわけで。相手も深い話は初対面の冒険者相手にはしたくないだろうし、かなり上手くやらないと無理でしょ。

 こういうのはたぬポンとかは得意なんだろうけどなぁ……。彼なら初対面でもあのコミュニケーションスキルで聞き出してきそうだけど。僕にはちょっと難しいかもしれない。


 そんな感じで話もお酒も進んでいった。


「だから~、見たんだって!」

「はいはい、そうかそうか」

「本当なんだってば! 妖精さん!」


 気が付いたら面倒な話になっていた。

 やっぱり上手く誤魔化しきれなかったか。


「ねぇ、ルークも見たっしょ?」

「いや、なんのことだかサッパリパリパリです」

「怪しすぎるわ!」

「妖精、それは伝承に登場する生物。一部の地域では過去に出現報告があるが、真偽は定かではない。勇者の伝説によると――」

「ヤバい! こいつ酔っ払うと無限に難しいことを喋り続けるんだった!」


 そんなこんなで打ち上げの夜は過ぎていった。

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