第190話 打ち上げ
「あっ! こんにちは!」
「おおおおおお! 妖精さんが喋ったあああああああああ!」
ちょ! この人、なにノックもナシに入って来てんの!? いや、妖精さんだって喋りぐらいするだろ……って今はそんな場合じゃない。これ、この状況をどうすればいいんだ? どうしよう? どうする?
「あっ、時間だ! まったねー!」
「ああああああ妖精さん!」
シームさんがリゼに走り寄るも、それより先にリゼはパシュンと虚空に消えた。
……しかし、ルシールが研究に没頭して夜になっても出てこないかもって思ってたけどまさか自分の方が研究に没頭して夜になるなんて……。どうすんだ、これ。
グルグルと頭の中が回転していく。
「いいいい今の! 妖精さん!」
シームさんが鼻息荒くこちらに詰め寄って来た。それをドウドウとなだめながら額を手で押し返して元の位置に戻す。
「なにを言っているんですシームさん? ほら、ここには僕とあなたとシオンしかいないじゃないですか?」
「だって! 見たんだもん!」
「はっはー、夢でも見たんじゃないですか? それとも熱でもあるんですか? 今日の打ち上げ、中止にします?」
「はっ! 今日の打ち上げはサイラスのおごり……」
「熱があるなら今日は行けませんか……残念だなー」
「熱なんてないし!」
「では君はなにも見なかった、いいね?」
という感じに丸め込み、まだ首をかしげているシームさんと一緒に部屋を出た。
上手く誤魔化せただろうか? しかし、ついに見られてしまった。まぁ、いつかは誰かにバレるかもとは思っていたけどさ。
宿屋もこの部屋も壁は薄いし完全に安心とは言えない場所だろうし。それにマギロケーションのような魔法とか、あるいは熟練の武術家が気配を探るような方法とか、特殊な能力を持つアーティファクトとか、このファンタジーの世界ならあるかもしれないし。……そういやミミさんが先日、僕が深夜にうろちょろしていることに対して釘を刺すようなことを言ったけど、あれだって僕はミミさんに見られた記憶はないのにバレてるっぽいし、物理的な壁などを越えて遠くを探れるような、なんらかの方法がある気はする。そうなると、部屋の中で壁などに遮られていても安心は出来ない。
う~ん……この世界ではどこまでのことが可能なのか、ちゃんと把握しないとな……。
例えば現代地球人ならカメラの存在を知っている。だから誰もいない部屋でもカメラがあるなら誰かに見られる可能性を意識するけど、戦国時代の人はカメラを知らないので『誰かに見られているかもしれない』という感覚を持てないだろう。それと同じで、僕はこの世界における『カメラ』を知らないので、今まで意識をしてこなかったし、誰かに見られているのかどうかすら分からない。
この世界には『カメラ』があるのか。そして『カメラ』があるとしたらどんな存在なのか、それを調べないとね。
まぁ、インターネットどころか印刷技術すら未発達なこの世界でそれを調べるのはかなり難しいんだけどさ。
そして、僕やリゼやシオンのことがバレてもなんとか出来るだけの力は付けないとね。僕はともかく、リゼやシオンが誰かに利用されてしまうような事態にならないようにしないと。
「おっ、来たか。じゃあ行こうか」
一階に下りたところで待っていたサイラスさんが僕らを見付けてそう言った。
ルシールはサイラスさんが呼びに行ったらしい。
「あれっ、行くって、食堂じゃないんですか?」
「いや、今日は俺の行きつけの店だ。ちょっと高いが旨いぞ!」
「うぉぉぉぉぉぉ! サイラスのおごりだー」
それは楽しみ。最近は食堂での食事が続いていて、美味しいけどやっぱりちょっと飽きてきてたしね。
この世界の人ってあんなに毎日同じ食事で飽きないのかと思うけど、地球においても日本以外の国は普段の食卓ではそんなにレパートリーないって話も聞くし、日本人がちょっと特殊なのかもしれない。
日が沈みかけ、赤くなってきた町を四人で進む。目的の店は意外と近く、クランハウスから徒歩数分の大通り沿いにあった。店の外からでもなんとも言えない肉の香りが漂ってきていて、既に口の中が洪水状態だ。
サイラスさんがニカッと良い顔で笑いながら三人を見た後、先頭を切って店の扉を開いた。
カランカランとドアベルが鳴り、それと同時にムワッと肉肉しい焦げた香りが漂ってくる。
この店は、当たりだ。間違いなくそう。こんな良い香りを放つ店がハズレなわけない。
「いらっしゃいませ~」
「おぉぉぉぉおしっ、食べるぞ!」
「四人で。シーム、ちょっと叫ぶなって!」
ウェイトレスさんに案内されながら周囲を確認する。
大通りにある少しお高い店だからだろうか、パッと見渡す限りではそれなりに身なりが良い人が多い印象。以前この町で泊まった高級宿ほどではないけど高級な感じがする。冒険者っぽい剣とか持った人もいるし賑やかな雰囲気ではあるけど、酒をガブ飲みして大騒ぎするような店ではない感じがするよね。
「ノックディアーのもも肉は残ってるか?」
「はい。本日は入荷しておりますよ」
「じゃあ四人分、焼いてくれ」
「お飲み物はどうしますか?」
「エールで。皆はどうする?」
少し考えて「同じもので」と答える。シームさんとルシールもエールにしたようだ。
確か以前の高級宿ではエールは置いてなかったはずだし、やっぱりここはあそこまでの高級店ではないらしい。
暫くして木のジョッキに入ったエールが届き、サイラスさんに皆の視線が集まった。
「黄金……あー、俺達の未来に、乾杯!」
「乾杯!」
サイラスさんが少し言い淀んだ気がするけど、とりあえずエールを楽しむことにする。
泡はなく温度もぬるいけど、口の中に広がる風味は悪くない。ただ、港町ルダで飲んだエールが今までで一番良くて、どうしてもそこと比較して考えてしまう。
地球のようにナントカ市場やナントカゾンでピピッと数日、地方の名産品が自宅に届くようなサービスなんてあるはずもなく、あちらの国に戻りにくい現状、もう二度とあのエールを飲むことはない。そう考えると少しだけ気分が沈んでしまう。でも、それがこの世界に帰る家を持たず、旅を選んだ僕の選択の結果なんだ。
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