第115話 塩焼きとエール。そして山へ

【報告】

Twitter始めました。

作者は原始時代からの転移者なのでイマイチ使い方を分かっていませんが、進捗状況とかつぶやければと思ってます!



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「ん? 葡萄酒なんてねぇぞ」

「えっ?」


 宿に併設されている酒場でとりあえず葡萄酒を注文すると予想外の言葉が返ってきて思わず声を出してしまう。

 葡萄酒がない? 今までいろいろな酒場に行ってきたけど葡萄酒がないなんて初めてだ。


「……えぇっと、じゃあ何がありますか?」

「おいおい、何ってエールだろ、エール。男なら黙ってエールにしな!」

 そう言ってガハハと笑うドワーフのマスターの言葉に周囲を見渡してみると、確かに酒場の客は全て大きな木製のジョッキでエールをあおっていた。

 ……なるほど。そういうモノ……なのか? ……いや、今までそんな事をいわれた事ないし、この町だけの風習? か何かなんだろう。


「ちょっと聞き捨てならないじゃないか。男がエールなら、女は何を飲めってんだい!」

 声のした方を見ると、少し離れたところに座っている狐っぽいピンッと立った耳のお姉さんが空になったジョッキをカウンターテーブルに叩きつけていた。

 彼女は頬が赤く、酔っているのが見て取れる。

「おいおい怒るなよジョリーナ。女もエールだぜ! ルダの女はエールを飲んで綺麗になる! さあもう一杯!」

 そう言いながらマスターはお姉さんの前にジョッキをおドンッと置き、「それ飲みゃまた男ぐらい出来るぜ!」と言って、親指を立てながらガハハと笑った。


「あっ、エール一つ」

「はいっ! 銅貨二枚です!」

 マスターは狐のお姉さんの拳を顔面で受け止めるお仕事で忙しそうなので、その隣にいる少年に注文を入れた。

 暫くして少年が「どうぞ!」と持ってきたエールを受け取り、中を確かめながら匂いを嗅ぐ。

 色は薄めの琥珀色。泡はほとんどなく、炭酸もほとんど抜けてそうだ。匂いは……濃厚な麦の香り。

 ジョッキを傾け一口、そして舌で転がすように軽く味わって、飲み込んだ。

「……なるほど」

 口に含むと芳醇な麦の香りが鼻に抜け、なめらかな口当たりと共に苦味と香ばしさが喉に流れる。

 皆がエールを飲むわけだ。これは……旨い!

 手の中のジョッキに急かされるように、ゴクリゴクリと飲み干していく。


 今まで、他の町で何度かエールを飲んだ事はあった。でも、おいしいと感じたエールはあまりなかったのだ。

 あるエールはアンモニア臭がしたし、雑味が強すぎるエールもあった。あぁ、ハーブか何かの草っぽい風味が強いのもあったかな。それに比べるとここのエールはスッキリしてて、しっかり麦で勝負していると感じる。余計な味がほとんどない。


 あぁ、そうか。水か。

 葡萄酒は葡萄の水分で作られるから水の質はあまり関係ないけど、エールは製造段階で大量の水が必要になる。つまり、水がまずいとエールもまずい。

 この町――ルダの町は山が近く、その山から流れ出る湧き水が川となって町中を通っている。その湧き水で作られるからエールがうまいのだろう。

 確かに、これならだろうね。


「はい! どうぞ!」

 さっきの少年がカウンターの方から皿を二つこちらに出してきた。

 一つは何かの野菜が浮いたスープ。そしてもう一つ――カサゴに似た三〇センチほどの魚の塩焼きだ!

 匂いとか、他のテーブルを見てたら魚が出てくるのは分かっていたけど、こうやって実際に目の前に出されると口の中に唾液があふれてくる。

 さて、どうやって食べようか。

 他の人がどうしているか気になって周囲をうかがっていく。

 壁側のテーブル席に座っている人族の女性が身と骨の間にナイフを入れて身を剥がしている。その手前のカウンターテーブルでは獣人の大きな男性が鷲掴みした魚を頭からバリッとまるかじりしているのが見えた。

「……」

 少し考え、ローブの中の魔法袋からナイフを取り出し左手で魚の頭を持ちながら背骨に沿ってナイフを進めていくと、よく焼かれた身は抵抗なくナイフの刃を受け入れ、スルスルっと尻尾まで綺麗に白い身が落ちた。

 それを手に持ち口の中へと放り込む。

「……これは旨い」

 よく焼けてパリッとした皮の食感。舌にしっかりと感じる皮に振られた塩。口の中に広がる油。淡白で余計なクセのない白身。ほのかに香る磯の風味。シンプルだけど全てが完璧。単純に旨い。

 元々、魚はそんなに好きではなかったけど、肉、パン、シチューが続いた数ヶ月の生活で何かが変わったのかもしれない。

 エールで口内を洗い流し、残った魚を見る。まだ半身は魚に残されたままだ。

 魚を手に持ち、今度は豪快にかぶりつく。そしてエール。また塩焼き。そしてエール。

 いつの間にかジョッキが空になっていて、それをテーブルに置き、さっきの少年を呼んだ。

「エールもう一杯! それと塩焼きもう一つ追加で!」

「はーい! 塩焼き追加ー!」

「おうよ!」

 頬を赤く腫らしたドワーフが魚を準備するのを眺めながらスープをすする。

 そして夜が更けていった。



◆◆◆



 道の両脇にある畑。その緑の絨毯を眺めながら歩く。

 優しい風に吹かれた細長い葉と葉がこすれてカサカサと音を立て、川のせせらぎと合わさった。

 これは、麦だろうか? 大麦か小麦か、それとも別の何かだろうか。まだ成長しきっていないようで、この植物が何なのかよく分からない。しかし、何となくだけど大麦な気がする。

 エールの原料の大麦。そんな気がした。


「いい町だったなぁ」

 小さな海。魚が旨い。エールも旨い。陽気なドワーフ。こんな状態でなければもう少し滞在してドワーフ密度が高い謎でも解明したのにね。

 自分でも忘れそうになってるけど、まだ逃亡中なのだ。今は隣国へと向かう必要がある。

 時間があれば、もう少し海とか見たかったけどさ。


 町を背に、山へと向かう道を進む。

 道が少しずつ細くなり、左右の畑も途切れて草原に変わった。

 そして目の前の山を見上げる。


 でも、こういう出会いと別れも旅の醍醐味なのかもしれないね。

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