第114話 港町ルダと沢山のヒゲ

「そいつぁ無理だぜ。ここいらの漁船じゃあ外海には出られねぇよ」


 白色が混じった髭をもっさりと蓄え、背が僕の胸ほどしかない初老の店主はそう言った。


 ここは港町ルダ。エレムの南、カリム王国の南端にある。主な産業は漁業と製塩業。大地が海に侵食されたように出来た入り江の先に出来た町。

 明るい内にこの町へとたどり着き、中をブラブラと探索して見付けた商店で買い物をしながら、船でアルムスト王国へ渡れるか、と聞いてみた返答がこれだった。


「それは、どういう理由で出られないのですか? あっ、そこのロウソク……二〇本、下さい」

「はいよ! ――どんな理由って、そりゃ外海には大きなモンスターも出るからな。漁船なんかじゃ一発で木端微塵だぞ」

 店主は棚からロウソクを取り出しながらそう答えた。

 なるほどね……。当然ながら海にもモンスターはいる。水深の浅い入り江内なら大きなモンスターは来ないけど、外海に出たらヤバいモンスターとぶつかる可能性もあるのか。


「じゃあアルムスト王国へ行くにはやっぱり山越えになりますか。――それと、そこの魚の干物も三束」

「はいよ! 小魚の干物三束! ――山越えといっても深い山でもねぇしよ、道もある。それにあそこは……いや、そんな大きなモンスターもいねぇし一日で抜けられるぞ」

 店主は干物を吊るしていた紐を解きながら「馬車は通れねぇがな」と続けた。

 なるほど。ここからアルムスト王国へと抜けられる事は事前に酒場で仕入れた冒険者の噂話から知っていたけど、今までエルムから南へ行く馬車をあまり見なかったのは、ここから馬車での行き来が出来ないからか。

 普通、他国との貿易ルートがあるならもっと賑わうはずだしね。


「あっ! 塩って置いてます?」

「おいおい、ここをどこだと思ってんだよ。塩の町だぜ」

 カウンターの下からパンパンに膨らんだ布物をいくつか出してきた店主がニカッと笑う。

「ハハハッ、それもそうですね! じゃあ、この小さい袋を二つで!」

 僕の拳で二つ分ぐらいの大きさの塩袋を二つ追加注文した。

 内陸部に行くと塩が貴重になるかもしれない。念の為に多めに買っておこう。


 この地域――南の村やランクフルト、エレムも含め、実は海がそこそこ近い。しかし海岸沿いは全て山と崖になっていたため、海に行くのは困難。その唯一の例外となる場所が、ルダの入り江。つまりこのルダの町になる。

 ここら辺の地域で消費される塩は、ほとんどこの町産なのかもしれないね。



◆◆◆



 ナタでも振るわれたかのように途切れた海岸沿いの山と山の間に出来た入り江。そこに町の方から川が流れ込んでいた。山に遮られて外海はよく見えない。大海原を眺める事は出来なかったけど、久しぶりの海に懐かしさを感じ、岸壁からの風景を楽む。

 大きく深呼吸をした。

 何とも言えない潮の香りが肺を満たすのを感じながら、異世界でも潮の香りは同じなんだな、と思った。


「よーし、ちゃんと持ったか!?」

「おう!」

「上げるぞ! せーの!」

「よいさ! ほいさ! よいさ! ほいさ!」


 声がした方を見る。

 尻尾をピーンと立てた猫耳の男や、顔と腕にいくつもの傷を持つ普人族の男。そして背が低く髭モジャで筋骨隆々な男など、何人もの男達が船から岸壁へ、大きな魚が入った網を引き上げていた。

 網の中の魚の大きさは二メートル程。いかにも古代魚、という感じの見た目。全身が鎧のような鱗で覆われていて、頭部もヘルメットのように分厚く、大きな牙がサーベルタイガーのように外に飛び出している。

 地球では絶対に見られない魚だろう。

 こんなモノに海中で襲われるとか、想像したくもない。漁師は予想以上に命がけの仕事なのかもしれないな……。

 そう考えていると巨大魚の全身が岸壁へと引き上げられた。巨大魚は既に息絶えているようで、エラの辺りから赤い血を流していた。


「よし! 解体すんぞぉ!」

「うーっす」

「しっかり気合入れんか! これが終わったら打ち上げじゃ!」

「よおおっしゃー! やんぞぉぉぉ!」

 背が小さく髭が生えた筋骨隆々の男の号令が飛ぶと男達が勢いよく動き出す。

 長い包丁や、ノコギリや、バールのようなものとか、小さなナイフとか、色々な工具が取り出されて巨大魚の解体がテキパキと進められる。鱗や頭の鎧みたいな部分を引っ剥がし、頭を落として腹を割り、内臓をデロデロ~っと掻き出して、皮を剥がして身を取り出す。

 まるでマグロの解体ショーを見ているようで面白かったけど、赤くなってきた空に気付いて、宿屋へと向かう事にした。


 海岸から町へと歩き、家と家の間の路地を抜け、何か面白い店はないかと大通りを探りつつ、背が低い髭モジャの男とすれ違う。

「……」


 目を付けていた宿屋に入り、カウンターにある鐘をカランカランと鳴らした。

「はいよ! 泊まりかい? 銀貨三枚だぜ!」

 暫くして、店の奥から出てきた白い髭で背の低い男に銀貨三枚を払い、部屋番号の書かれた木の板を貰った。

「部屋は二階上がってすぐだ。悪いな。もう良い場所は埋まっちまってる。ちぃーっと煩せぇかもしれねぇが、我慢してくれや!」

 そう言って、男は筋肉質な胸を震わせながらガハハッと笑った。


 指定された部屋に入り、ベッドに座る。そして今日一日の事を色々と振り返る。

 オーク肉がおいしかった事。こちらに来て初めての海。大きな魚。

 そして――


「いや、この町ってドワーフ多すぎじゃない!?」

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