第113話 逃亡二日目
その日は村にある宿に泊まり、疲れを癒やす。
流石に睡眠時間を削って夜中からずっと歩き続けたので少し疲れてしまい、ベッドに入るとすぐに眠ることが出来た。レベルが上がっているからこの程度で済んでいるのであって、日本にいた時にこんな無茶をやったら翌日はとんでもない状態になっていたはずだ。
翌朝、いつものように浄化をかけながら支度をして宿を出る。
朝市でもあれば何か買い足そうかと思っていたけど、村が小さいせいか何もなく、そのまま村を出る事にした。
街道の左右、少し離れたところにある森の木々が風に揺られてさわさわと音を立て、ジョワジョワという何かの虫っぽい音もいくつか聞こえ。そしてピーピーという何かの鳴き声に釣られて右側に顔を向けると、鳥のような生き物が遠くの森の上を波を描くように高度を変えながら飛行していた。
あれは動物なのだろうか? それともモンスターなのだろうか?
歩きながら考える。
そもそもこの世界ではモンスター以外の動物はどれだけ存在出来ているのだろうか? 普通の小動物ではモンスターに駆逐されて生き残れないような気がする。しかし町中ではマギロケーションで小動物を感じたはず。
「ん~まだまだ謎が多いなぁ……」
この世界は謎が多い。地球での常識なんて一発で吹き飛ばされるような事もある。でも、だからこそ面白い。
土が剥き出しになった道を歩きながら、真正面、その一番遠くに見える場所を見た。
エレムにいた頃は小さかった山がかなり大きくなっていた。
あの山こそ……いや、あの山の先こそが目的地、アルムスト王国だ。
◆◆◆
「お昼にしよう」
真上に昇った太陽を見上げながら考える。
んーどうしようか。ここまで移動を最優先にしたから食事は乾燥肉を葡萄酒で流し込むだけだったけど、念の為に確保しておいたオーク肉を食べるなら早くしないと腐ってしまう。
「まぁせっかくだし、一度は食べておこうか」
そう決めて、周囲を見渡して岩と枯れ木を探す。
幸いな事に人里離れたこの辺りはあまり人の手が入っておらず、適度に倒木などがあってすぐに必要な枯れ枝は集まったけど、かまどを作るのは止めておいた。岩を探して運んでくるのは面倒そうだったしね。
枯れ枝を適度な長さに折りながら井形に組み、中に枯れ葉を入れてホーリーファイアで点火する。白い炎がメラメラと枯れ枝を侵食していくのを確認してから魔法袋から鉄鍋とオーク肉の塊を取り出し、そして気付く。
「あー……まな板とか持ってないや」
ちょっとそこまでは想定してなかった。
仕方がないので鉄鍋を逆さにして鍋底にオーク肉を置き、魔法袋からナイフを取り出した。そしてオーク肉の外側の脂身をナイフで削り取り、肉を厚さ三センチほどのステーキ肉に二枚カットして、そこからサイコロ状にカットした。
鍋底から肉を移動させ、表に返した鍋の中にさっき切り取った脂身を入れ、残りの脂身を全て焚き火に捨てる。火の中でバチバチと弾ける脂身を見ながら鍋を焚き火の上にかざして暫く待っていると、鍋の中でも香ばしい匂いと共に脂身がバチバチと弾けながら油を放出し始めた。これはラードだ。
「……いや本当にラードなのか?」
ラードとは豚の脂肪の事だ。しかし豚と似ているからといってオークの脂肪の事をラードと呼んでしまってもいいのかどうか……。
狼獣人の事を犬扱いしてはいけないように、オークを豚扱いしてはいけないとかあったりして。というか、そもそも豚がこの世界にいるのかとか、グレートボアとか猪の脂身はラードなのかとか、どうでもいい事を考えつつ、油を鍋全体に行き渡らせてから肉を入れた。
ジュワっと肉が焦げる音と匂いを楽しみつつ塩が入った袋に手を入れ、軽く摘んで肉に振りかける。
そして魔法袋から取り出したのは例のアレ。そう、オークから出たしゃもじだ!
やっと活躍の場が出来たしゃもじを使い、鍋の中の肉をコロコロと転がして、また塩を振りかけた。
「オークから出たしゃもじでオークを焼く……」
謎のパワーワードに少し感動しつつ、鍋もオークから出てたら完璧だったのに、とか考えつつ肉を焼いていった。
「そろそろいいかな」
サイコロ状のオーク肉の表面には焼き色が付き……しっかりと焦げ色が付き……かなり焦げが付き……いや、ちょっと焼きすぎた……かな。万が一の寄生虫とか考えちゃって少々焦げすぎた気もするけど、まぁいいか。
ナイフを取り出しサッと浄化してから肉に刺し、気をつけながら口に入れる。失敗したらマスクをして、ワタシキレイ? とか言いながら人を襲わなくちゃいけなくなるからね。
「うん、旨い!」
噛むと中から溢れ出してくる肉汁が口中に広がる。
焦げ目の香ばしさと肉汁の甘味。しっかりとした塩味。
焦げすぎマイナス補正を差し引いても、自分で作った補正とアウトドア補正がそれを覆す逆転満塁ホームラン状態で総合的にプラスになっている。
……が、しかし。
「もうひと味、欲しいな」
地球基準で考えて物足りないのは仕方がないとしても、いつもの宿屋基準で考えても何かが足りない。地球の知識で考えると足りていないのは胡椒だろう。しかし香辛料はそれなりに高価なモノ。いつもの宿屋では使われていないはず。なら香辛料ではなく、ハーブなどの別の何かで風味がプラスされていたのではないだろうか。
「それを探すのも面白いかも」
新しい、ささやかな目標について思いを馳せつつ、次の肉を口へと放り込んだ。
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