第143話 新しい村と食事の香り

 その村は普通の村に見えた。

 広さはカリム王国の南の村と同じぐらい。山が近いせいか、石造りの家が多い。すれ違うドワーフが他より多いのは港町ルダと一緒で、それは普通ではなく少々変わっているポイントかもしれない。

 そんな事を考えつつ、村を横断する道を歩きながら空を見上げた。

 輝く太陽はまだ低い位置にあった。洞窟の中を歩いた時間を考えるとまだ昼前だと思う。

「どうしようか」

 このまま村を抜け、ボロックさんの息子がいるはずの次の町まで行ってしまうか、それともこの村で一泊するか。

 まぁ急ぐ必要もないし、今から出発しても明るい間に着かないかもしれない。無難に村で一泊する事に決め、村の中を散策する事にした。


 民家と畑の間を通り過ぎ、あてもなく、わだちが残る道を歩いていると前方に手すりのない小さな石橋が見えてきた。

 ザバザバと聞こえる水しぶきの音と、ガタゴトという何かがぶつかる音。

 川でもあるのだろうか、と思って石橋へと歩きながら音のする方を見ると、川の上で木製の車輪がクルクルと回転しながら水をかき上げていた。

 水車だ。小麦粉でも作っているのだろうか。

 石橋の上まで進み、縁にかがんで川の中を覗きこむ。

 その川は幅が一メートル程で、底は石が敷き詰められ、側面には苔に覆われた石が積み上げられていて――人工的に作られた水路のように見えた。

「ん?」

 澄みきった水の中で何かが動いた気がしてよく見てみると小さな魚の影が見えた。釣りセットでもあれば釣れるかもしれない。機会があれば釣り竿を探してみようかな。


 家と家の間の細い路地を走り回る子供達を避けながら抜けて広場に出ると、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いにやられて思わずお腹がグゥと鳴ってしまう。

「……そろそろお昼にしよう」

 よく考えると最近はずっとキノコキノコ&キノコで、とにかくキノコばかりだった気がする……。もう暫くはキノコは見たくない……久しぶりに肉肉しいモノが食べたい!

 海岸へとおびき寄せられて釣り上げられる魚のように、まんまと匂いの釣り針に引っ掛けられてフラフラと広場を進んでいくと、一軒の店の前へと辿り着いた。

「ここか」

 苔むした石造りの建物は頑丈そうで、長い年月を感じる。大きく開け放たれた扉と木窓からは香ばしい匂いがフワリと吹き出していて、胃袋で胃液をジャバジャバと踊らせた。

 ゴクリ、と無意識に喉が鳴る。

 はやる気持ちを抑えながら店の中へと入った。


 建物の中、右側には丸いテーブルがいくつか並んでいて、農夫っぽい何人かの男性が談笑している。そして左側の奥にはカウンターがあり、その中で普人族に見える中年男性が何かを焼いていた。

 その男の手元から聞こえてくる何かが焼ける音。そして煙。

 それを楽しみながらカウンターのイスに座った。


「この子もいいですか?」

「テーブルに上げなきゃな」

 フードの中から僕の肩の上に出てきていたシオンを膝の上に移動させた。

「ここのオススメは?」

「そりゃあ勿論こいつだぜ」

 そう言いながら男は顎をしゃくって手元に視線を戻す。

 その手には黒く光るフライパンがあり、その中にはカットパインのような台形で五センチ程の白い塊が四枚乗っていて、ジュウジュウと煙を上げていた。

 ……何だこれ。肉……? とも少し違う感じがする。初めて見る食材な気がする。

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