第177話 本屋はまた今度

 黄金竜が見えなくなった後も周囲のざわつきが収まるわけもなく。どこかへ走り去る人や、店じまいをし始める露店がちらほらいたり。とにかく今はゆっくり買い物が出来る感じではない。


「これは、どうする? ……とりあえずクランハウスに戻るべきかな?」


 クランならなにか情報を持っているかもしれない。

 うん、本屋は次回にしよう。なんだかそういう空気でも気分でもなくなってきてるしね。

 そう決めて道を引き返していると、大通りはさっきまでとは違って不思議な空気に包まれていた。

 モンスターが町を襲ったなら、それは勿論やるべきことは決まっているが、モンスターが町を素通りして消えていったわけで……町の住人もどうするべきか対応に困っている感じだろうか。

 町の住人や冒険者っぽい人々が道のいたる所で真面目な顔をしながら話し合っているが、イマイチ答えが出ていない感じだろうか。


「あっルークさん、帰ってきたんですね」


 クランハウスへ戻り、誰かを探そうとして食堂の方へ歩いていると書類を抱えたミミさんを見付けた。


「はい、なんだか買い物が出来る雰囲気ではなくなっていたので。それより、黄金竜が出たのですが、なにか情報とかないですか?」

「それはこれからです。騎士団とも話し合って今後の対応を決める予定ですので、とりあえず待機でお願いしますね」

「分かりました。……あの、黄金竜ってこの辺りを頻繁にウロウロしたりするのですか?」


 町の人々の反応からして恐らくそれはないだろうと思うけど、とりあえず聞いてみた。


「いえ、黄金竜は基本的に北東にある『竜の巣』と呼ばれている山脈から出てきません。しかし過去に何度か出てきたという資料は残っているので、今回が初めてではないのですが……」


 ミミさんはそう言いながら手に持つ書類に目を落とす。


「正確には分かりませんが、黄金竜はSランクかそれ以上のモンスターだと考えられています。それだけ強大なモンスターが動くと周辺のモンスターにも影響を与えるようで、過去の例を見ましてもモンスターの勢力図が塗り替わったりして……とにかく予想も付かない事態が起こりえます。もしかするとスタンピードが起こるかもしれません」

「……なるほど」

「……キュ」


 僕の肩越しに顔を出したシオンが僕と同じように相槌を打つ。

 確かランクフルトでスタンピードが起きた時もグレートボアの移動が原因と言われていたはず。今回もまたそういう事態が起こるのだろうか?

 それにしても、この世界に来てから行く先々で大きな問題と遭遇している気がする。スタンピードはそんな頻繁に起こることではないと聞いていたし……実際そんなに頻発してたら庶民の生活は成り立たないはずだしね。行く先々で殺人が起こる某探偵が死神扱いされていたけど、もしかすると僕もそういう疫病神的な存在なのだろうか、と少し考えてしまう。

 別に波乱万丈な人生は望んでないんだけどなぁ……。


 ミミさんに黄金竜情報のお礼を言い、なんとなく部屋に戻りかけたけど、窓から空を見てみると黄金竜のいない空はまだまだ青く、日没までまだ時間があるように感じた。


「時間もあるし黄金竜について調べてみようか」


 上りかけていた階段を降り、資料室へと向かった。



◆◆◆



 資料室に入って端から黄金竜関連の書籍を探してみたけど中々目的の資料が見付からない。

 周辺モンスターの情報が書かれた木の板をチェックしてみても黄金竜の情報はナシ。

 黄金竜に関する資料はないのだろうか? あったとしても、なにかの本の中に少し書かれている情報を探すのはちょっと骨が折れる作業だぞ。

 インターネットなど存在しないこの世界で調べ物をするとなると人力の総当たり戦になる、という事実にため息が出そうになってしまう。


「あっ! 黄金竜関連の資料はミミさんがさっき持って行ったのかも」


 思い出してみるとミミさんは本とか紙の束を抱えていた気がする。

 これから話し合う的なことを言っていたし、そういう資料を資料室から持って行った可能性は高い。


「う~ん、まいったな……」

「……どうしたの」

「うおっ」


 いきなり後ろから話しかけられてちょっとビックリする。

 マギロケーションの発動中ならそんなことはないけど、あの魔法は効果時間が一時間程度なので外に出ている時とか人の目がある時は発動しにくくて切らせてしまうことがあり、たまにこういうことになってしまうのだ。

 マギロケーションは周囲の気配――というか、気配というあやふやなモノどころではなく完全に把握出来てしまう便利な魔法なおかげで最近はそれに頼りすぎているのかもしれない。昔は常に無意識に周囲の気配を探っていたはずなのに最近は疎かになっている気がする。このあたりもちゃんと考えないといけないのかも。


「あぁっと……黄金竜の情報が調べたいんだけど、見付からなくて……」

「……そう」


 その一言を残し、彼女――ルシールは部屋の奥へと消えていった。

 んんん? えっと……『……そう』ってどういう返事? どうすればいいの?

 と、不思議に思っていると、ルシールが戻ってきて一冊の本を差し出してきた。


「……はい、これ」

「えっ? あっ、ありがとう!」


 その本の表紙には『近代アルノルン史』という文字。

 う~ん、このタイトルだと自分では探せなかったかも。……というかこれに黄金竜の情報が書いてあるから渡してくれたんだよね? 彼女のキャラクターがいまいち掴めなくて、全然関係のない本のような気もしてしまう。

 などと考えながら窓側の席に座って本を開く。

 窓からは気持ちの良い風が吹き込んできて心地良さを感じると同時に、僕の意思を無視してページをめくろうとする煩わしさも感じ、それを手と心で軽く押さえながら本を読み進めた。

 軽く読んだ感じ、このアルノルンの町で起こった一〇〇年分ぐらいの出来事が纏められているようで、全体的にだけどこの町を治めるシューメル家への称賛的な論調が目立つ気がした。

 まぁこの世界で本を作ろうとする人なんて金持ちとか研究者とかだろうし、こういう本だと十中八九シューメル家そのものか、シューメル家となんらかの関係がある人が作っているのだろう。大体、こういう歴史書なんてものはその時の執政者に都合良く書かれるのが歴史の常だし、そのあたりは仕方がないのかもしれない。

 目的の部分を探してパラパラと流し読んでいると、真ん中ぐらいのところでそれらしき記述を見付けた。


「えぇっと、カナディーラ共和国歴一一八年、突如として黄金竜が竜の巣を離れ、北へと飛び立つ。国境を越えたため追跡を断念。同年、竜の巣を調査していたボロック・ワークスが黄金竜の爪を持ち帰る……って」


 ボロックさん、こんなところに出てきたよ! ヨーホイヨーホイ言ってるだけの爺さんじゃなかったんだね……いや、あの動きからして只者ではないとは思ってたけどさ。

 う~ん、そうか、このクランはボロックさんが黄金竜の爪を持ち帰ってきたから『黄金竜の爪』という名前になったのだろうね。


「ふむふむ、黄金竜が消えた後、周辺地域でモンスター同士の争いが激化。街道に出てくるモンスター数の激減。産業に大きな悪影響。その後、黄金竜が竜の巣に戻ってきたことにより安定化する」


 へー、なるほど。黄金竜が消えたことでスタンピードのようなヤバい状態になったのかと思ったら、逆にモンスター数が減ってそれはそれで悪影響が出たと。まぁこの世界の町はどこもモンスターから取れる素材を利用する生活スタイルが定着してるし、モンスターがいなくなったらいなくなったで困るのか。

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