第178話 指輪
「あった?」
いつの間にか向かい側の席に座っていたルシールがそう言った。
「あっ、うん。黄金竜についてはなんとなく分かったかな?」
「そう」
黄金竜の細かい情報に関しては分からなかったけど、黄金竜が人の社会に与える影響については分かってきた。
それにしてもルシールの第一印象はとっつきにくい感じがしたけど、こうやって喋ってみると彼女はただ口下手なだけで悪い人ではないっぽいよね。
黄金竜について調べ終わり、夕食まで少し時間があることもあり、彼女と色々なことについて話した。
「へー、ところでルシールの部屋ってなんで資料室の中にあるの?」
「……お母さんはこの屋敷で働くメイドだったんだけど、本が好きだった私のためにこの部屋に移ったと言っていたわ」
「おぉ、そうなんだ」
「お母さんが元気だった頃はよくこの机で一緒に本を読んでいた。私はここで、お母さんはこっち……」
ルシールはそう言いながら、なにかを思い出すように目を細めた。
なんとなく、というか思いっきり、触れない方がよかったであろう話題に触れてしまって言葉に詰まる。
ちょっと気になったことを聞いてみたらこれだよ……。
場の空気を変えようとして咄嗟に別の話題を振っていく。
「じゃ、じゃあ、お母さんがここのメイドならお父さんはクランに所属している冒険者だったりするのかな?」
「さぁ……お母さんはなにも言わなかったから」
「そ、そうなんだ……」
資料室に沈黙が訪れた。
窓から入ってきた風が優しく頬を撫で、フードの中のシオンがピクリと体を震わせる。
な、何故この話題をチョイスしてしまったのかな?
これは二球続けて同じコースにスローカーブを投げてホームラン打たれるぐらいの選球ミス! 余計に気まずくなったぞ!
そんな僕を助けようとしたのか。それともお腹が空いたのか……十中八九後者なのは間違いないけど、シオンがフードの中から這い出してきて「キュ!」とひと鳴きした。そろそろ夕食の時間らしい。
「夕食出来たみたい! 食堂行かない?」
「……そうね」
◆◆◆
「あれっ? ルシールがこの時間に食堂に来るなんてめずらしーじゃん!」
「……彼に誘われたから」
「ルシールは本を読み始めると時間忘れちゃうもんね」
食堂に行くと、いつものテーブルにサイラスさんとシームさんがいて、僕たちもそこにお邪魔することにした。
今日もいつものシチューにいつものパンと串焼き腸詰め肉。そこらの宿屋のメシよりは断然美味しいので、そこは嬉しいところだ。
腸詰め肉を一本、串から外してシオンに渡す。
渋谷のハチ公像で知られる忠犬ハチ公は死後その胃袋の中から数本の竹串が発見されていて、与えられた焼き鳥を竹串ごと食べてしまっていたという話もあるので、これは気を付けているところ。まぁシオンなら大丈夫な気もするけど、念の為にね。
「ルークは黄金竜、見たか?」
「はい。昼間、外に出てたらいきなり上空に……凄かったですね」
「俺たちは森に入ってたから見られなかったんだよなぁ! 一度、見てみたかったんだが……」
「サイラスが、たまには森に行きたい、とか言うから!」
「しょうがないだろ!」
どうやらサイラスさんは黄金竜を見ていないらしい。
軽く周囲のテーブルを窺ってみると、やはりどこも話題の中心は黄金竜みたいで、クラン中がこの話題一色になっているようだ。
しかし冒険者たちの顔には悲壮感というものはなく、むしろ黄金竜の体のようになにかがギラギラと光り、上手く説明出来ないけど、なにかを待ちわびているような……そんな雰囲気を感じた。
「サイラスさん、どうして皆はあんなにやる気になってるんです?」
「あぁ、それか」
クラン中が黄金竜の話で湧き、なにかを期待しているような雰囲気を感じるけど、ぶっちゃけアレに手を出してどうにかなるようには思えないし、クランの皆がどうして期待しているのかが分からないのだ。
「ドラゴンってのはな、畏怖の対象だ」
それはまぁ、なんとなく想像出来る。ドラゴンはどれも強いらしいし。僕も怖い。
「しかしな、俺たち冒険者にとっちゃ幸運の象徴でもある。何故か分かるか?」
「……」
少し考えてみるけどイマイチ想像出来ない。
ドラゴンに遭遇したらあの世行き濃厚で、どう考えても不幸一直線だろう。
強い冒険者ならドラゴンを倒して大儲け出来るだろうけど、『俺たち冒険者』というなら冒険者全体の話だろうし、違う気がする。
めったに遭遇しないから、レアすぎて運が良いとか?
地球でも伝説上のモンスターが信仰の対象になったりしたし、そういう感じの話だろうか?
「ドラゴンはな、全身が全てお宝なんだ。牙は剣に、革は防具に。肉だって最高級食材だ。奴らが移動する時、稀にそのお宝を落としていくのさ」
いやいや……ドラゴンって歩きながらその辺に手足とか内蔵を落としていったりするのか? ゾンビじゃあるまいし……。
って、そういう話じゃない?
「おいおい、なにを考えてんだよ。鱗だよ、鱗。毛とか牙もあるがな。黄金竜の鱗なら一枚で一生分の稼ぎだぜ。今は周辺の町中の冒険者という冒険者が全員、目の色を変えているはずさ」
「あぁ、なるほど……」
そうか、だから黄金竜が街の上空を横切った時、走り去る人がいたのか。あれはてっきり危険を察して町から逃げたのかと思ったけど、即アイテム探しに出たんだな。
「まぁ、ドラゴンが移動したからって絶対に鱗を落とすわけじゃないからな。探したって普通は見付からんぞ!」
「そんなこと言って! さっきまで、鱗探しの旅に出るぞ! って言ってたじゃん!」
「ここでそれを言うなよ!」
そんな感じに夕食の時間は過ぎていった。
◆◆◆
良い感じに酔っ払ってきたので皆と別れて部屋に帰る途中、少し熱くなった体を冷やそうと中庭に出て夜風に当たる。
食堂からは今も冒険者たちの声が響いてきている。
まだまだ彼らの夜は終わりそうにない。
「ちょっと飲みすぎたかな……ん?」
中庭の中央付近にある小さな東屋。そこへと続く石畳の道の側の芝生の上でキラリと光るなにか。
その光に不思議な怪しさを感じつつ、ゆっくりとそこに近づいてみると、月明かりに照らされ淡く輝く金色の物体。
「……なんだこれ?」
指先で軽くチョンチョンとつついてみて、大丈夫そうなので指先でつまんで拾い上げた。
「指輪? ちょっとよく見えないな……光よ、我が道を照らせ《光源》」
光源の魔法を使い、その光の下で観察していく。
直径は二センチぐらい。形はリング状。色は薄い金色で、表面には見たことがない文字のような模様が書かれていた。
「う~ん……指輪、だよね?」
周囲を見回してみても落とし主っぽい人はいない。
ここに落ちているということは、持ち主はまず間違いなくクランの関係者。僕と同じように食堂からの帰り道に夜風に当たりにきて指輪を落とした、という感じだろうか。
う~ん……食堂に戻って誰かに持ち主について聞いてみるべきかもしれないけど、もし名乗り出た人が持ち主ではなくて後で問題になったら面倒なことになるな。
「おーい、夜の中庭で光源の魔法は使うなよ!」
「あっ、はーい! すみません!」
上の階からの苦情の声が中庭に響く。
慌てて光源の魔法を消して中庭から出た。
各部屋の窓側は中庭に面してるんだった。気を付けないと……。
結局、指輪を持ってきちゃったし、明日ミミさんに事情を話して指輪を渡そう。たぶんそれが一番確実で問題になる可能性は低いはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます