第179話 リング
「……」
まどろみの中から意識が覚醒していく。
ゆっくりと目を開けると部屋は真っ暗闇の中。天井も見えない。まだ朝は遠そうだ。
お腹の上の重みを感じ、シーツから出した右手をそれに伸ばす。
フサフサの毛並みをサラッと撫でながら、なんとなく部屋の入口を見ると――
「……ぅっ!」
漆黒の闇の中。そこに浮かぶ半透明で青白いナニカ。
白い肌。長い髪。ドレスのようなメイド服のような服装――女性。
ソレは存在そのものがブレるように、ゆらりゆらりと揺らめきながらそこに佇んでいた。
ソレを見た瞬間、分かってしまったのだ。この世のモノではないと。
エレムのダンジョンで見たゴーストとはなにかが違っていた。あれも人の形はしていたものの、もっと無機質で……まさにモンスターという感じだった。しかしこれはそのまま人の姿……。
いつもは隣の住人の寝息ぐらいは聞こえるのに何故か無音の闇の中、ソレから目を逸らせずにいた。
一瞬、チラリと思い出してしまったのだ。子供の頃に見てトラウマになったホラー映画の場面を。
主人公が幽霊と出会ってしまって立ちすくんでいると、違う方向から物音がして、そちらに気を取られている間に幽霊が消える。そして次の瞬間、後ろから――
もう、目を逸らすことも、身動きすら出来なくなってしまった。
額から汗が流れ落ちる。
何秒、何分、何時間経っただろうか。もう分からない。今は右手に触れるシオンの毛の感触だけが心を落ち着かせてくれる。
……いや、そもそも右手のコレは本当にシオンなのだろうか? さっきは暗くて目では確かめられなかった。ただお腹の上に重さを感じ、それをシオンだと思っただけだ。僕はコレをシオンだと確認してはいない。確認していないのだ。もしかするとナニカの髪の――
――確かめたい。
そう考えた瞬間、視線がお腹の上へと泳ぎそうになり、慌てて意識を引き戻す。
ダメだ、恐怖から思考がダメな方向へ走っている。冷静になれ。……そうだ! こういう時の魔法があるじゃないか!
エレムのダンジョンでアンデッドに使った浄化の魔法の存在をやっと思い出し、寝転がったまま右手をソレの方へと向ける。
「不浄なるものに、魂の安寧を……」
一つ一つ確かめるように慎重に呪文を詠唱していく。
魔力を練り込み、右手へと送り込む。その時になって僕はやっとソレの『目』を見ることが出来た。
ソレ――彼女の目は予想に反して澄んでいて、そして悲しそうで……なにかを訴えるようにこちらを見ていた。それを感じてしまい、魔法の発動を躊躇してしまう。
浄化はエレムのダンジョンでもゴーストに効いた。浄化をかければ彼女を消せるだろう。しかし本当にそれでいいのだろうか? 正しいのだろうか? そう、頭の中に疑問が浮かび、グルグルと回る。
そうしている内に、彼女は悲しそうな目をしたままドアの方へとフワフワ進み、外へと消えていったのだった。
ふと机の上に意識を割くと、そこに置かれた指輪が怪しく輝いたような気がした。
暫くして起き上がり、お腹の上のモノがシオンだと手で確認。
今は何故か、さっきまで感じていた恐怖がほとんど消えていた。彼女のあの目を見たからだろうか。
しかし完全に目が覚めてしまったからか、眠るに眠れず。シオンを抱きしめてシーツに包まっているうち、気が付けば窓から陽の光が差し込んでいた。
「さて……と」
シーツから出てシオンを横に置く。そして机の上にあるモノを見る。
「これ、だよなぁ……」
黄金色に輝く指輪。昨日の夜、中庭で拾ったモノ。
これまでこの部屋で超常現象的なナニカを経験したことはない。これまでと違うことといったらコレの存在ぐらい。
「まさか呪いの指輪? とかないよね?」
そうであってほしくなくて、わざと口に出す。
もしかして装備したら呪われて外せなくなるパターン? そして満腹度の減りが二倍になるとか? いや、そもそも装備してないよね? 装備しなくてもこれだけの特大効果があるってこと?
いやいや、ほんとやめてくださいよ……。そういうの、本当にいらないからさ。
う~ん、この指輪はミミさんに預けるつもりだったけど、本当にそれでいいのだろうか? ミミさんに悪いことが起こるのでは? ……もうこっそり元の場所に戻しておいて知らぬ存ぜぬで通そうかな……幸いこの指輪を僕が拾ったことは誰も知らないはずだし。
とりあえず浄化しておくか……。
「不浄なるものに、魂の安寧を《浄化》」
とりあえず浄化しておいたけど、見た感じ指輪に変化は見られない。まぁ浄化の魔法に呪いをどうにかする効果があるかは分からないのだけど。
迷った末、指輪をミミさんに預けることに決め、一階の事務室へ向かった。
「ミミさんですか? 朝早く出かけられましたよ。黄金竜についての会議があるとかで、戻ってくるのは遅くなると聞いています。ご用がお有りでしたらお伺いしますが」
「あぁ、いえ。後ほど伺います」
なんとなく、この指輪をあまり多くの人に触れさせない方がいい気がして断った。
「ところで、なんですけど……このクランハウスで幽霊が出たという話とか、あったりしません?」
「はあ? 幽霊ですか? ……私が知る限りではないですが……」
「そうですか……。じゃあ、ここでお亡くなりになった従業員の方とか、いませんか?」
「それは、まぁ歴史のある建物ですから……」
若い事務員さんが少し困惑気味にそう答える。
……そもそもの話、この世界の幽霊ってどんな扱いなんだ? ゴーストとかレイスとか、アンデッドモンスターとしての幽霊が存在することは確定しているけど、人が死んだ後に化けて出る的な話もあるのだろうか?
気になったので、事務室を出て資料室へと向かう。
資料室でモンスター図鑑を手に取って窓際の席に座った。アンデッドモンスターの項目までパラパラと読み飛ばし、見付けたアンデッドモンスターの情報を端から精査していく。
「なるほど」
今からよく考えると、エレムの冒険者ギルドにあった資料はエレムのダンジョンに出るモンスターの資料であって、そのモンスターそのものについての資料ではなかった気がする。
図鑑によると、ゴースト系の実体がないモンスターは、生物が生前なにかしらの強い想いを残した場合に発生しやすくなるのではないか、的なことが書かれていた。このあたりは調べようにも調べること自体が難しいので断定は難しいのだろう。そして高名な魔法使いがアンデッド化した場合、生前の記憶の一部が残る場合があるとも書かれていた。リッチなどの強力なモンスターはほぼ生前の記憶を有しているという。
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