第274話 ただのヒール
翌日、起きると同時に顔に冷たさを感じた。
「うわ……」
部屋の中が冷え込んでいる。この世界に来てから一番の寒さだ。
自分の定位置かのように僕の脇に挟まって寝ているシオンを抱きかかえながら起き上がり、布団代わりにしていた毛皮のマントを羽織る。
「よし」
部屋を出て階段を下り、宿屋の扉を開けて外に出ると、外はひらひらと花びらのような雪が舞い落ちていた。
「降ってたのか」
そりゃ寒いわけだ。
地面にはまだ降り積もってないけど、道の端の方には小さな雪の塊が見える。
この感じだと夜から降り続けているのかもしれない。
「う~ん」
「キュ?」
「いや、今の内に町の外を探索した方がいいかと思ってさ」
初冬でこの降り方だと真冬になると深く降り積もるだろう。今の内に周辺の地形なんかを把握しておいた方がいいかもしれない。
雪が積もった後だと全てが覆い隠されて分からなくなってしまう。
それにライトアローの実験もしたいから町の外には行きたい。
「決まりだ」
それから冒険者ギルドに行き、周辺地域についての情報収集をしようとするが、流石に朝のラッシュ時だけあって暇そうな冒険者が見付けられない。
ので、酒場のマスターから周辺地域の情報を仕入れていく。
「この辺りは廃坑が多いんだ。そこら中にある」
「へー、なるほど」
「廃坑にモンスターが住み着いて巣にしちまうことがあるから定期的に巡回依頼があるが……。それはギルドが信用してる冒険者にしか回ってこない依頼だな」
聞いた話を紙にしっかりメモしていく。
「町の西側には今でも掘り続けてる鉱山の入口があるが、そっち側に行っても旨味は少ないぞ」
「どうしてです?」
「あっちは人通りが多いからモンスターが出てもすぐに狩られちまうし、そもそも国軍が管理してるからな。モンスターなんざ掃討されちまってるからまず出ねぇよ」
「なるほど。そうですよね」
という感じに薄い葡萄酒一杯で粘って色々と聞き出した。
冒険者ギルドを出て町の外に向かいなら情報を整理していく。
この町の周辺にはいくつも鉱山があり、廃坑になっている場所も多くある。現在稼働中なのは西側にある鉱山。西側の山脈は険しく、普通に登るのは困難。町の周辺だけでなく、山に近い場所は岩場が多い岩石地帯で植物はあまり生えない――
「あぁ、そうか」
植物があまり生えないとなると薬草系もほとんど採れないはず。つまりポーション類も他の町より作れてない可能性が高い気がする。ということは――
「回復魔法の依存度が他より高い?」
その可能性は高い気がするぞ。
ポーションの価格も想像以上に他の町より高いかもしれないな。
そう考えると、ここの冒険者ギルドが回復魔法使いを重要視するのは当然な気もする。ポーションという代替手段が難しい以上、回復魔法使いの有無で色々と変わってくるだろうし。
色々と考えながら町を出て、スラムを横目に南側に向かって歩く。
右手側には南北に続く大きな山脈。左手側には荒れ地。山岳地帯の殺風景な景色に大小様々な岩が転がっている。
冒険者らしき姿もちらほら見えるし、冒険者なのか分からないボロボロの服を着た人も見える。彼らはなにをしているのだろうか。
南側の門から続く道に沿って暫く歩いていると岩陰に小さな反応を見付けた。
「ホーンラビットかな?」
ミスリル合金カジェルを握り直し、慎重に歩を進める。
高さが二メートルはある大岩を外から回り込むように近づくと――
「ギュ!」
灰色の小さな塊が勢いよく飛び出し脛を目掛けて体当たりしてきたので、ミスリル合金カジェルでゴルフのスイングのように払うと、バチッという音と共に灰色の塊が大岩にぶつかり、動かなくなった。
「これは、低ランク冒険者ならちょっと厄介なんだろうね……」
岩陰から足元への突進攻撃。僕はマギロケーションで位置が分かるけど、普通の冒険者なら気付かないかもしれない。それで致命傷にはならなくても低ランク冒険者だと脚の大きな血管が傷付けられれば大ダメージになってしまうこともあるだろう。
「そりゃあヒーラーが必要になることもあるか」
ぶっ潰れて絶命したホーンラビットの角を叩き折って袋に入れ。本体を解体していく。が、慣れてないのであまり上手くいかない。
「最近はあんまりモンスターを解体するようなこともなかったもんね……」
エレムのダンジョンではモンスターが消滅したから解体はなかったし、アルッポのダンジョンはアンデッドだらけで解体するモノがほぼなかった。これは完全に経験不足だ。
「丁度良い機会だし、ここのホーンラビットで練習するか」
その内もっとランクの高いモンスターを相手にすることもあるだろうし、そうなった時に解体が下手で素材が台無しになってしまい、モンスターを狩った意味がありませんでした、なんてことになったら嫌だしね。
そうこう考えながらホーンラビットを魔石とズタズタな肉とボロ雑巾みたいな毛皮に解体し、袋に入れた。
……まぁ、冬の間ホーンラビットを解体し続けたら少しは上手くなってるだろうさ。
全体に浄化をかけ、立ち上がる。
マギロケーションで周囲を確認するが生物の反応はない。
「ついでにここでライトアローの試し撃ちもしておくか」
ホーンラビットを潰した大岩に右手を向け、呪文を詠唱する。
「光よ、我が敵を穿て!《ライトアロー》」
右手から放たれた光の矢――というよりアイスピックのような尖った光が大岩に向かって飛んでいき、ぶつかった瞬間にボンッと弾け飛ぶ。
周囲にパラパラと砂煙が舞った。
「……う~ん」
大岩に近づいて爆発した場所を観察すると、大岩の表面が少しえぐれてはいたけど、そこまで大きなダメージがあるようには見えない。
「光属性は攻撃力が一番ない属性……か」
そういう話が魔法の本には書いてあったけど、それを改めて実感する。
この魔法では『切り札』にはなりえない。単純に別種の遠距離攻撃が一つ増えたという感じでしかない。
それから魔力を多く込めて発動したり、いくつか試行錯誤してみたけど、やっぱりこう、しっくりこない。
「もっとこう……エターナルフォースブリザード! はい、敵は死ぬ! ぐらいの強力な切り札が欲しいんだけどなぁ」
「キュ……」
いつの間にかフードから顔を出していたシオンの呆れたような声を気にせず、考え込む。
現状、僕が属性魔法で高威力を目指すのは困難な気がする。これだと神聖魔法のホーリーレイの方が圧倒的に威力は高いし。高威力アップはもっと別の方向から考えるべきか……。
それから周囲の地形を確認したり、遭遇したホーンラビットを倒したりした後、夕方になる前に町に戻った。
◆◆◆
「あっ、ルークさん、丁度良いところに。これからお時間、大丈夫ですか?」
「えっ? あぁ……はい、大丈夫ですよ」
冒険者ギルドに討伐報告をしようと冒険者ギルドに行くと、すぐに見知った顔から声をかけられた。
彼女は僕が最初にこの冒険者ギルドに来た時に受付をしたサラさんだ。
「実は若い冒険者が怪我をしたのですが、教会で治すお金もないようで……」
「あぁ……なるほど」
「それで、報酬なのですが、銀貨五枚ならなんとか出せるらしいのですが、どうでしょうか? 冒険者ギルドは手数料などは取りませんので。とりあえず診るだけでもお願いできませんか?」
「……分かりました」
銀貨五枚という数字が安いのか高いのか分からないけど、話の流れ的にはかなり安いのだろう。
さて、どんなモノか……。
サラさんに連れられてギルドの二階の一室に移動すると、脚に包帯を巻いた男性――というより男の子が地面に横たわっていて、その周囲に同年代の男女三人が彼を覗き込むように座っていた。
「ルークさん、彼です」
サラさんの言葉に全員の視線がこちらに集まる。
その顔は幼くて、今の僕より年下に見えた。
「ヒーラー、なのか?」
「ジョン! 回復魔法使いが来てくれたよ! もう大丈夫だよ!」
「どうか、よろしくお願いします!」
パーティーメンバーの三人が叫ぶ。
「彼らはスラム出身のその日暮らしの冒険者です。命には別状ありませんが、脚を怪我した彼は暫く動けませんから、このままだと……」
「……このままだと?」
「温かい時期ならともかく、今は彼ら三人では怪我をしたパーティーメンバーの生活を支えきれないでしょう。つまり、その……」
「あっ……」
色々と察してしまった。
重い、重すぎるよ! 地球でも医療従事者の方々はこんな重いプレッシャーを背負っているのだろうか?
ここで僕が断ったりすると、想像したくもないけど彼らは色々と詰むのだろう。
色々と考えてしまうこと、考えたくないことが頭をよぎる。
「分かりました。治しましょう」
そう言って彼の前に膝を突き、魔法を発動させた。
「光よ、癒やせ《ヒール》」
柔らかい光が横たわっている冒険者を包む。
僕がしたのは、たったそれだけ。
包帯の下で見えないが、傷は完治しただろう。
「お? おお! 痛みがなくなった!」
「やった!」
「良かったな! 良かった……」
涙を流して喜び合う彼らを見ていると、色々と考えてしまうモノがあった。
今の僕より若い子が、高々ヒール一発で治る傷で人生が終わってしまうのだ。そんな厳しさがここにはある。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」」
「助かったぜ! ありがとな!」
「本当に、なんと言ったらいいのか……」
「良かった……」
彼らの感謝の言葉を聞き、改めて考える。
この世界は、怪我をしたり病気になったりした人が無償で治療を受けられる世界ではない。日本とは違うのだと。金がなければ普通に野垂れ死ぬ世界なのだと。
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