第275話 ムキムキ伝説

 それから数日間、町中の店と町周辺の地形を把握したり毛糸製のアンダーウェアを買ったりと、とにかく多忙な日々を過ごした。

 冒険者ギルドからの回復依頼はまだない。定期的にギルドに顔を出すようにはしているけど、怪我人がいなければ仕事もないわけで、それは仕方がないというか、仕事がなければ怪我人が出ておらず平和だったということなので、それはそれで良いのだろうけど。

 いつもの宿屋の部屋に戻り、外套を脱いでシオンをワシャワシャしながら下ろす。


「それは新たなる世界。開け次元のホーリーディメンション


 宿の壁に生まれた光の扉の中に入り、お皿に入ったオランを種を確認。


「ん?」


 魔法袋の中からマイフォークを取り出して皿の中の種をつついて傾けてみたりすると、一部の種から白い髭のようなモノが生えていた。


「おぉ! これは根っこか?」


 よく観察すると、聖水を入れていた皿の種には裂け目があり、緑色のモノが若干見えているモノもある。


「これ、芽だよね!?」

「キュ」


 シオンを抱き上げて一緒に観察していく。

 これはもう、オランの種の発芽実験は成功と考えてもいいだろう。

 井戸水、魔法の水、聖水の三種類の内、聖水に入れた種の成長が若干早い気もするけど、現時点では誤差レベルなので結論はまだ早いかもしれない。

 しかし、これでホーリーディメンション内でも植物の栽培が可能っぽいことが分かった。


「よしっ! 実がなったらオラン食べ放題祭り開催だ!」

「キュ!」


 と、ちょっと気が早い話題で盛り上がったところで、なにかが頭をよぎる。


「……ちょっと待てよ」

「キュ?」


 不思議そうにこちらを見るシオンをモフモフしながら考える。

 そもそもこのオランが正常に成長したとして、いつ収穫出来るようになるんだ?

 春なのか、夏なのか、来年なのか? いつになったら食べられるように……いや、あれっ?


「桃栗三年柿八年……っていうことわざ、あったよな?」


 確か物事を成すには時間がかかる的な意味の言葉だったようなうろ覚えな記憶があるけど、これってそういう比喩的表現なのか、それとも実際に桃栗は三年で柿は八年もかかるのか、どっちだ? それにオレンジは何年なんだ? 間を取って五年くらい? いや、そもそもオランはオランであってオレンジではないよね? 似ているけどさ。

 グルグルと頭の中で様々な情報と考察が駆け巡る。


「これ、オランも年単位でかかるのだとしたら、本当に気の長い実験になるぞ……」

「キュ……」


 ホーリーディメンション内の床にごろんと寝転び、シオンを胸の上に置く。

 取らぬ狸の皮算用……という言葉が頭に浮かぶ。ちょっと変に期待してしまった後だけに、それが萎んで変なテンションになってきた。


「とりあえず様子見かな……」


 実際、どうなるか分からないしね。

 もう少し観察して、時間がかかりそうなら色々と考えよう。


◆◆◆


 翌日、朝から冒険者ギルドに行き、掲示板で依頼を確認する。

 基本的に食料調達というか、モンスターの肉の調達依頼が多い。地域柄、そうなっちゃうんだろう。

 色々と見ていく中で珍しい依頼を見付けた。


「木材調達、か」


 とにかく木を持って来い……ってな依頼。見る限り木材の調達手段なんかは書かれていないため、恐らく自力で木が生えているところまで行き、自分で木を切り倒してここまで運んでくる必要があるのだろう。しかも依頼料も書かれていない。かなりワイルドでアバウトな依頼だけど、周辺に木が生えていないこの町ならではの依頼なんだろうね。

 通常、町の周辺の木は町の木こりっぽい職業の人が管理してるっぽいけど、この町にはないみたいだから冒険者にそういう仕事が回ってくるのかもしれない。

 次の依頼書を見ていく。


「鉱山労働、ね……」


 もう一つの『この町ならではの依頼』だ。

 こちらも書かれているマトモな情報は集合場所だけ。依頼料のところは『労働次第』としか書かれておらず、明確な情報は他にない。紙からですらブラック企業臭がプンプンしている。ダメな感じしかしない。

 でも、少し鉱山の中には興味があるし、一度ぐらいは経験してみるのも悪くはないかもしれない。

 と、考えていると、横から声をかけられた。


「兄貴も鉱山労働やるんすか?」

「ん?」


 振り向くと僕より少し小さい青年――というより少年がいた。

 確か彼は――


「ジョン、だっけ?」

「うっす! 覚えててくれたんすね! 兄貴!」


 彼は数日前にギルドからの依頼で怪我を治した少年。見る限り怪我はちゃんと完治しているようだ。

 それより、どうして僕が『兄貴』と呼ばれているのか意味不明すぎるけど、とりあえずそこは横に置いといて……。


「『も』ってことは、ジョンは鉱山労働やるの? 凄くヤバそうな感じだけど」

「ヤバいっすよ! 大変っすよ! 朝から夕方までずっと親方の指示通りツルハシで穴掘りっすよ!」

「おぉ……。でもやるんだ?」

「うっす! 俺、気付いたんすよ。兄貴に脚を治してもらった時、俺達にはまだホーンラビットは早かったんだって。ホーンラビットにやられるなら他のモンスターに出会ってたら生きて帰れなかったって」

「まぁ、そうだよね……」


 ホーンラビットはEランクでそんなに強いモンスターではないけど、駆け出し冒険者にとっては弱いモンスターではないはず。僕だって最初に初心者ダンジョンでFランクのゴブリンと戦った時は大変だったし、その後にEランクのフォレストウルフと戦った時も簡単ではなかった。僕には回復魔法があったから仮に多少怪我をしていても大丈夫だったはずだけど、彼らは大きな怪我をしてしまうと詰んでしまう可能性があるのだし、もっと大変なはずだ。


「だから暫くは鉱山労働で下積みするって決めたっす! やっぱりこの町の冒険者は鉱山労働っすよ!」

「えっ? そういうモノなの?」

「そうっすよ! この町の冒険者は皆、鉱山で鍛えてムキムキになるんすよ!」


 そう言われて周囲を見渡すと、確かにこの町の冒険者は他の町より筋骨隆々ムキムキが多い気がする。

 でも、確かにツルハシを振り下ろす動作は剣を振り下ろす動作に通ずるモノがあるかもしれない。……ないかもしれない。

 まぁとにかく、それがこの町の伝統なのかも。


「それにですね! 伝説の聖女様もここの鉱山労働でムキムキになったんすよ!」

「いやいやいやいや……誰から聞いたんだよ、それ」

「ほらっ! あそこで酒飲んでるブルデン爺さんから」


 ジョンが指差す方を見ると、酒場で朝っぱらから酒をかっくらっている爺さんが見えた。

 どうやら既にいい感じに飲んでいるようだ。


「う~い、もう一杯くれ~」

「おい爺さん、朝からペース早すぎだぞ」


 酒場のマスターが少したしなめつつも酒を用意している。

 ……いや、朝からあんなに出来上がってる爺さんなんてろくなもんじゃないよね?


「いやぁ、前にこの話を聞き出すために酒を二杯も奢らされたっすよ」

「それ、絶対に騙されてるぞ」


 おいおい、そんな酔っ払いの与太話を信じてお金出してたらすぐに一文無しになるぞ。


「あっ! 兄貴すみません! 外に仲間を待たせてるんすよ。今日はこの辺で失礼します!」

「あぁ、うん」

「また怪我したらよろしくっす!」

「いや、怪我しないように気を付けて」


 走り去るジョンを見送りながら思う。


「あの子、本当に大丈夫か?」

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