第276話 大教会と

 ジョンと別れた後、受付に向かう。


「おはようございます。今日は回復依頼、ありますか?」

「いつもありがとうございます。現時点では入っておりませんね」

「そうですか」


 今日も怪我人はいなかったらしい。それはそれで結構なことなのだけど、仕事がないのは問題でもある。

 一瞬、色々と考えを巡らせ、確認しておきたいことを思い出す。


「ああそうだ。強化スクロールは売ってますか?」

「はい。金貨一〇枚でお売りしておりますよ」


 その言葉に少し安心する。

 確か他の町でも金貨一〇枚だったはず。これはここでも価格が同じなんだ。全てが高い町だと思っていたから少し意外かも。

 ギルドで売られているようなアイテムは価格変動が少ないのか、ここのギルドが良心的なのか、それは分からないけどありがたい。

 受付嬢に礼を言ってカウンターから離れ、酒場の方に向かうと数日ぶりにニックさんを見付けた。

 彼は酒場のカウンターで朝から葡萄酒をチビチビと舐めていた。


「おはようございます。今日は朝から……ですか?」


 ニックさんの手元のカップを見ながらそう聞くと、彼は「冬にあくせく働く冒険者なんざ三流だぜ」と言って葡萄酒を呷った。

 どう考えても酒飲みの言い訳っぽい話をしているニックさんの隣に座り、酒場のマスターに二番絞りの薄い葡萄酒を注文する。


「もしくは超一流、だな」

「超一流ならあくせく働くんですか?」

「そりゃあ超一流は替えがきかないからな。休みたくとも仕事の方から勝手にやってくる」


 それは確かにそうかもしれない。その人にしか出来ないスキルがあるのなら、その人に頼むしかないのだから。


「じゃあ普通の冒険者はどうなんです?」

「普通――というか一人前の冒険者なら秋の間に蓄えられるだけ蓄えて、冬の間に仕事がなくても困らないようにする。それだけだ」

「そういうものですか」


 秋の間にどれだけ蓄えられるか、ね。なんだかアリとキリギリスの話を少し思い出してしまった。来年からは僕ももう少し色々と蓄えておけるようにしないとね。


「だが一流の冒険者はそれだけじゃないぞ。次の春のことを考えて色々と動くんだ」

「動く、ですか?」

「技を磨いたり、政財界とのコネを作ったり……。この町じゃ王立学院の臨時教師になる冒険者もいるぜ」

「教師……」


 以前、冒険者ギルドで見た婚約破棄セットの子らが確か学院の生徒だったはず。彼らの教師になる、か……。僕にはイメージ出来ない、というか年齢的にもまずお声はかからないだろう。


「まぁ、一流になりたきゃ冬場にもやれることはあるって話だ」

「なるほど……」


 そう言いつつニックさんを見る。

 三流冒険者と超一流冒険者は冬でも忙しく、一流冒険者は色々とやっている。そして一人前の普通の冒険者は冬でも普通にやっている。となると、朝から酒場で飲んでいるニックさんは二りゅ――


「おい、ちょっと失礼なこと考えてないか?」

「い、いやいやいや! そんなことないですよ! あっ! そろそろ行かないと!」


 ニックさんに別れを告げて冒険者ギルドから出る。

 危ない危ない……。さて、今日はどうしようか、と。

 外に出てもいいし、町中を探索してもいいけど……。


「あっ! 教会を探してみるか」


 確か装備の強化を教会で行う人が多い、という話を聞いたはず。


「なんだっけな……」


 魔法袋からメモの束を取り出してペラペラめくって確認していく。


「えっと『神に祝福されれば武具強化は成功する』と言い、実際に武具強化を成功させまくった男がいた、か」


 記憶を辿って例の話を思い出していく。

 その男がそんな話をしたおかげで多くの人々が祝福を求めて教会に集まったが――色々とあって祝福を断られるようになり、それでも少しでも成功率を上げるために武具強化は教会の敷地でチャレンジするようになったと。


「……僕も強化するなら教会でやるべきなんだろうか?」


 強化に失敗して武器を失い、ターンアンデッドをくらったスケルトンみたいに教会の片隅で魂が抜けてしまった冒険者を思い出す。


「あの姿を晒すのはどうなのかと思うけど……」


 って、最初から失敗する前提の話になってるな……。


「まぁ、とりあえず探してみるか。すみません――」


 近くの商店の女性に話しかけて教会の場所を聞き、大通りを暫く進んだ先でも聞き、町を西の方角へ進んでいくと、それはあった。

 石の壁に囲まれた大きな敷地。大きな金属製の格子戸から見える建物は壮大で、今までに見たどの教会より大きく見えた。


「ここが教会?」


 これまで見たどの教会とも雰囲気が違う。

 他の教会では敷地内にお祈りをしに来たのであろう一般人が多数いたし、昇天している冒険者もいた。けど、ここの教会には教会関係者っぽい人しか見えないし、格子戸は閉ざされている。敷地内の庭はキレイに整えられていて、まるで貴族の屋敷みたいだ。

 これは完全に一般人お断りの雰囲気が出ている。


「ここで強化をするのは無理っぽいな……」


 ここに入れないとなると、一般人はどこでお祈りしているのだろうか? というか、ここは本当に教会なのだろうか?

 色々と疑問に感じながら町を探索し、その日は宿に戻った。


◆◆◆


「あぁ、それは大教会だな」


 宿に戻り、宿の店主――ブライドンさんに教会のことを聞くとそんな言葉が返ってきた。


「大教会?」

「あぁ、大きいからそう呼んでる」

「そのまんまじゃないですか」

「うるせぇよ、他に呼びようがないんだから仕方がないだろうが」


 そう言いながらブライドンさんは僕の前にごった煮スープを置いた。

 それを目の前に引き寄せ、味見してみる。

 うん、相変わらず謎の食材がゴロゴロ入ってるけど旨い。


「もしかしてですけど、大教会があるなら小教会もあるんですか」

「はっはっはっ、もう一つ小さな教会もあるが、そんなそのまんまな名前なわけねぇだろ。ステラ教会だ」

「……そうっすか」


 なんだか悔しい……。大きな教会は大教会のくせに……。

 ごった煮の中から肉を取り出し、少しほぐしてからシオンに与える。


「そっちはスラムに近い壁際にあんだよな」

「そうなんですか」

「細い路地の奥にあるからよ、地元の人間しか知らないだろうぜ」


 しかし、どうして教会が二つもあるのだろうか? いや、もしかすると他の町にも複数の教会はあったけど僕が知らないだけなのかもしれないが。


「で、教会にどんな用事があるってんだ? 単純に信心深いだけか?」

「いや、ちょっと武具の強化をしたいなと思って」

「おいおい、お前もあの伝説を信じてるってぇのか?」

「別に信じてるって感じではないですけど、念の為というか……」


 ブライドンさんはカップを布で拭きながらこちらを見る。


「俺は信じてねぇけどな。あんなのどこでどうやろうが変わりやしねぇって。俺も若い頃は何度も強化に挑戦したが、教会でやっても失敗しまくったしな」

「なるほど」


 うん、まぁそうだろうとは思っているけど。でも、こういうのってイメージに引っ張られるからちゃんとデータ取って確認しないと実際のところは分からなかったりするんだけどね。


「まぁ、冒険者には験担ぎが必要な時もあるからよ、それも仕方がねぇが。……お前はもうちょっと鍛えた方がいいな」

「? えぇ、まぁこれからも鍛錬は続けるつもりですけど」

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