第277話【閑話】ブライドンは皿を磨く

「武具強化か」


 宿屋の店主ブライドンは布で皿をキュキュっと磨きながらつぶやいた。

 彼はさっきまでカウンターで食事をしていた少年を思い出す。

 まだ冒険者に成り立てのように見える少年が武具強化をしようとする。マトモな大人なら忠告の一つもしてやるべきかもしれないが――


「ニックが紹介してきたヤツだしな」


 ニック・バット。目立つタイプではないが実力もあって人を見る目もある。ヤツが認めて紹介してきた人間なら問題ない。

 それにあの少年の動き。それなりに武器を振るったことがある者の動きだ。見た目以上に場数を踏んできているのだろう。あれはただの少年だと考えてはならない気がする。


「まぁ、余計なお世話か」


 わざわざ自分が忠告するようなことでもない。

 そう、ブライドンは結論付けた。

 冒険者に余計な詮索は本来御法度なのだ。しかし冒険者の先輩としてアドバイスを送るのも年長者の務め。言うべき時は言う必要がある。しかし――と考えたところで顔を上げて息を吐く。


「俺も歳をとったな」


 若い頃は考えもしなかったが、歳を重ねるとつい説教臭く考えてしまうのだ。それも、若い頃に自分が煙たがっていた飲んだくれ冒険者のように、若い者に一言かけたくなってくる。

 ブライドンは皿をカウンターに置き、樽からカップにラガーを注ぎ入れ、それを飲み干した。


「ップハーッ! それにしても武器強化、か……」


 気持ちを切り替えるように頭の中を別の話に切り替える。

 若い頃はブライドンも体を鍛え、何度も何度も武具強化に挑戦した。

 何度も成功した経験はあるが、同じように何度も失敗した経験もあり、当然ながらその度に武器を燃やして消滅させた。今でも思い出すだけで頭の奥から苦い痛みが戻ってくる。

 しかし冒険者をやっていて一定以上の強さを手にした者は、いつかは武具強化に辿り着いてしまうのだ。

 それは自身の成長の壁なのか、能力の限界なのか……『武具強化に手を出さなければ次のステージには進めない』と感じてしまう瞬間がどこかで来る。来てしまう。そうなると後は進むか、それとも冒険者としての栄光の未来を諦めてそこで満足するか、どちらかしかない。

 だから多くの冒険者が武具強化に手を出して、散っていった。

 それを虚しくバカバカしいことのようにも思ったが、歳を重ねた今から考えれば、それこそが冒険者というモノなのだとブライドンは思う。


「しかし、あんなヒョロっとした体であの伝説を気にするなんてな」


 そう言ってブライドンはククッと笑う。


「確か『鍛え抜かれし己を示し神に奉納すれば強化は成功するだろう』だったか」


 ブライドンは「俺のこの鍛え抜かれた鋼の肉体を持ってしても成功しなかったんだから無理に決まってるのによ」と、つぶやくように続け、また皿を磨き始めた。

 食堂にまたキュキュっと音が響いた。

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