第35話 他愛もない会話と心に引っかかる何か

 ランクフルトの町は王都方向の北側に上層区があり、上流階級が住む地区となっていて。中央部分が商業区、南の村と農地しかない南側は下層区と、住み分けが出来ていた。

 南側にあまり活気がなかったのはそのせいかもしれない。


 ダン達に案内された宿は、南の宿り木亭、という名前だった。

 南の宿り木亭は中央寄りの下層区にあり、宿泊代金は銀貨三枚。下層区だけど中央寄りという事もあって治安も悪くない。ランク的には中の下、という感じだろうか。

 ダンが言うには値段の割には良い宿らしい。

 ちなみに、下の下を探せば飯なし雑魚寝で銅貨数枚の場所もあるらしいが、流石に環境が劣悪すぎるので一般人は使いたがらないとか。


 南の宿り木亭で何とか個室を確保し、そのまま一階の酒場で食事をする。

 メニューは何かの骨付き肉のシチューと黒パン。それに追加で金を払えば串焼き肉やお酒が買えるようになっている。つまり南の村とほぼ変わらない。南の村に居た頃は毎日ずっとこれと似たようなものを食べていた。マズいわけではないけど、飽きてはくる。

 が、それも仕方がない、とは思っている。

 元々、料理というものは非常に大変なのだ。現代日本のように安定した品質の素材が安定して手に入るわけでもないし、安定した数を常に揃えられるわけでもない。量産された調味料やインスタントやレトルトの材料もない。メニューを増やせば手間もリスクも増大するから無駄にメニューは増やせない。そして沢山の人に料理を作らないといけない。

 結果的に、その日、仕入れられた食材を煮込んで作るシチューに落ち着く事になる。

 もっと色々な料理を食べたいなら、ある程度、高級なお店に行かないと難しいはずだ。


 木の匙でシチューをすする。

 肉の旨味、そして赤ワインの風味と酸味、それにオレガノのようなハーブの風味。肉はクセが強いが悪くない。骨から良いスープが出ていて、濃厚な味と香ばしさが口中に広がる。それに小麦粉でも混ざっているのか、南の村のシチューよりもドロっとしていた。

 次は平べったい黒パンを手で千切って食べてみる。

 全粒粉の無発酵パンなのだろうか、それともライ麦や他の穀物でも混ざっているのだろうか、モッタリとして重たい。これだけで食べると口の中の水分を持っていかれてしまう。でも、麦の香ばしさが強くてこれはこれで悪くはない。


「明日はまず冒険者ギルドに行く。エルシープの討伐報酬を貰わないとな。その後なんだが、どこか見ておきたい場所はあるか?」

 黒パンをモグモグかじっていたら、ダンがこう聞いてきた。

 なのでモグモグしながら考える。

 この町で行きたい場所か……。何かあるだろうか。いや色々見てみたいとは思うけど、どういうモノがあるのかよく分からないから何を見たらいいのかが思い浮かばない。

 魔法書なんかを見ておきたい気もする。でも僕は魔法適正が光しかない。適正外の魔法も修練を積めば――おそらくレベルを上げれば――習得可能らしいけど、光以外の生活魔法すら習得出来ていない現状では他属性の魔法はまだ何も覚えられないと思う。

 ホーリーライトと同系列の魔法書があるかもしれない、と一瞬頭をよぎったけど、それはないだろうなと考え直した。アレが一般にまで認識されているなら、もっと色々な場面で名前が出てきてもいいはずだ。資料室にあった魔法関連書籍でもおとぎ話レベルの扱いだったし。あの系統の魔法書がどこかに存在していても魔法書という扱いをされていないのではないだろうか。

 あぁ、そういえば武器は見てみたいかも。そろそろマトモな近接武器が必要な気がする。エルシープとの戦いの時は後ろで見ている時間も長かった。今のところ遠距離戦用のライトボールと、回復魔法のホーリーライトしか戦闘魔法のバリエーションがなくて活躍出来る場が限られている。味方を強化出来る補助魔法でもあればよかったけど、今は何もないしね。せめてチャンスで前に出られるようにしたい。

「じゃあ武器が見てみたいかな」

 僕がそう言うとダンが悩みだした。

「鍛冶屋か……うーん」

「普通にあの店でいいでしょ」

「まぁ、そうだな……じゃああそこにするか」

 ダンとラキの間で何だかよく分からないやり取りがあり、行く場所が決まったようだ。

 その後もモグモグしながら他愛もない話を続けた。


 モグモグタイムが終わると、男三人で酒も入ってさらに他愛もない話に移行していく。

「メルの家は商家で、それなりに安定してんだ。だから跡継ぎではなくてもメルが家を出る必要はないし冒険者なんてする必要もない。親父さんは今回みたいにメルが泊まりで遠くに出かけるのを良くは思ってないんだ」

 なるほどな、と思いながら聞いていると、ダンは話を続けた。

「俺達の家もそれぞれ商売をやっているっちゃあやっているんだが、そこまでの余裕はないしな。長男ではない俺達は普通に家を出るしかない。だからこうして冒険者になった。まぁ親の伝手で別の町の親方に弟子入りしてもよかったんだがな……やっぱり俺には冒険者が性に合うし。それにこの町は良い町だからな」

 ダンがそう言うと、ラキも「そうだな」と頷いた。

 この世界で冒険者になる人って皆そんな感じなんだろうか、と思いながら二人の話を聞いていた。けど、話を聞いていて、何か心に引っかかるモノがあってモヤモヤする。しかしそれが何なのか、何が原因なのか分からない。

 そしてそれがよく分からないまま話は続き、何か引っかかったまま夜が更けていった。



◆◆◆



 次の日、少し飲みすぎたようで微妙な気分のまま起きて支度をする。

 一階に下りて酒場の方を覗いてみるも、うちのメンバーはまだ誰もいなかった。早すぎたようだ。

 まぁ昨日は飲んだし、時計もないので仕方がないか。

 そのまま酒場の椅子に座って時間を潰す。

 酒場はまだ開いてはいないけど、ここでも冒険者っぽい姿の人がマスターに頼んで酒を水筒へと入れてもらっている。

 その彼らを横目に見ながら待っていると、ラキが歩いてきた。

 やっと来たみたいだ。

 僕は朝の挨拶をする。

「おはよう」

「おはよう」

 ラキはそう挨拶を返して僕の向かい側の席へと座った。

「……」

「……」

 そして会話が止まる。

 積極的にガンガン喋っていくタイプではない二人が二人っきりになると、どうなるか。

 その結果がこれだ!


「ダンは……」

「?」

 そう思っていると、いきなりラキが口を開く。

「起こしてきたから、すぐに来ると思う」

「そうなんだ! 助かった。いや起こしていいのか分からなくてさ」

 と、そうこう言っている内に、欠伸をしながらダンが起きてきて。またしばらくするとメルが「おはよう!」と元気良く現れた。


 そして新しい一日が始まる。

 この世界に来てずっと一人だったし、何だかこういうのもいいな、と僕は思った。

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