第260話 逆走

 目が見えない。耳が聞こえない。声が上手く出せない。周囲がどうなっているのか分からない。

 なんとか力を振り絞って魔法を構築していく。


「し……神聖なる光よ……彼の者を、癒せ《ホーリーライト》」


 次第に周囲の光が戻ってきて、音が戻ってきて、体の感覚が戻ってくる。

 周囲の石畳はえぐり取られ、神殿のようだった部屋はただの瓦礫の山となっていて、今も黒い炎で燃えている。

 そして、僕の体の下で動かないシオンを見た。


「シオン!」


 クソッ! 確かにディバインシールドで直撃は防いだけど、この魔法は正面からの攻撃しか防げない。あんな大規模広範囲魔法の余波までは防げなかったんだ。


「神聖なる光よ、彼の者を癒せ《ホーリーライト》!」


 頼む! 間に合ってくれ!

 回復の光がシオンを包み、全てを癒やしていく。

 頼む! お願いだ!

 そんな願いが届いたのか、シオンがピクリと動く。


「キュ?」


 そして目を覚まし、不思議そうな顔をした。

 その瞬間、安堵と共にシオンを抱きしめ。それと同時に、本来、最初に気にしなければならない相手を思い出す。


「ヤツは、どうなった」


 顔を上げ、周囲を探る。

 部屋の出口側の壁や床がえぐり取られ、瓦礫の山になっている。そして部屋の奥にある王座の側はほぼ無傷で――その王座の前には一つの錫杖と黒い布、それに骨がいくつも散らばっていた。

 立ち上がって周囲を見渡す。

 まだ燃え盛っている黒い炎に残りの聖水をぶっかけて軽く消火しながら、ゆっくりと骨の方に向かう。

 近くに寄ると、黒い布――ローブの中から頭蓋骨が見え、周囲に腕や足の骨が散乱していることが分かり、ソレがあの骸骨だと分かった。


「……勝ったのか?」


 あの時、放ったターンアンデッドが効いたんだ。

 勝ったんだ。僕は、勝った。

 そうしてようやく、僕は勝利を確信する。


「ぐっ……」


 安堵と疲労からふらつきそうになるが、それを無理に押さえつけて前に踏み出す。

 今すぐゆっくり休みたいが、それは出来ない。

 ボスには勝った。確かに勝った。しかし問題はここからなのだ。勝負は、ここからなのだ。

 今は勝利に浸っている時間もなければ、ここでゆっくりしている時間もない。


「シオン! 急ぐよ! シオンは落ちてるポーションの瓶を回収してきて!」

「キュ!」


 まず骸骨の持っている錫杖とローブを引っ剥がして魔法袋に収納。

 ローブを取ると骨に混じっていくつかの道具も出てきたので、それもいただいていく。

 それから王座の後ろにある祭壇に向かい、その祭壇の中央に安置されているバレーボールぐらいの透明な玉の前に立つ。

 するとその玉が、自分の未来を悟ったように怪しく輝いたような気がした。

 ミスリル合金カジェルを構える。


「これで、終わりだ!」


 ミスリル合金カジェルを振りかぶり、思いっきり水晶に振り下ろす。

 軽い手応えと共に透明な玉はあっさりと、パリンと割れ、真っ二つになった。

 これで、このアルッポのダンジョンは……クリアだ。

 色々な感情が湧いてくるが、色々と考えてる時間もないので急いでそれらを布袋に入れて回収する。


「あとは、アーティファクト、と」


 水晶玉があった場所の後ろ側に金色に輝く豪華そうな宝箱がある。これにアーティファクトが入っているんだろう。


「時間もないし、箱ごと貰うか」


 中身は後のお楽しみにしておこう。どうせこの豪華そうな箱も価値がありそうだから回収したいしね。


「それは新たなる世界。開け次元のホーリーディメンション


 開いたホーリーディメンションの部屋の中にとりあえず戦利品をドバドバと入れていく。

 それからシオンが回収したポーション瓶も、僕の痕跡を残さないように回収しておく。


「……これで、証拠は全て消した、な」


 周囲を見渡しても、特にもう回収すべきモノはない。


「じゃあシオンも中で待ってて。ここからはまた毒のエリアを戻るからさ」

「キュ!」

「よしっ! ずらかるぞ!」

「キュ!」


 合点承知! という感じのシオンの返事と共にホーリーディメンションを消し、僕は外に向かって走りだした。

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