第259話 闇の王

 翌日。

 起きて身だしなみを整えて、出発の準備をしていく。

 下級魔力ポーションや聖水の入った瓶を確かめ、最後にいつもの黒いローブを羽織る。

 勿論、オリハルコンの指輪も装備しておく。

 これで出来る準備は全てしたはず。


「よしっ!」

「キュ!」


 今日はシオンも連れて行こうと思う。

 ダンジョンのクリアは、ここまで一緒に戦ってきたシオンと分かち合いたいからだ。


「開け」


 扉を開き、外に出る。

 外は丁度太陽が上り始めてきた頃で、朝日に照らされてこの神殿のような場所をキレイに照らしていた。

 隣に悪臭を放つドラゴンゾンビの死体がなければ素晴らしい風景だったはずだ。

 そんな風景をゆっくり眺めている時間もないので、光源の魔法を使い、シオンと一緒に例の階段を下りていく。

 マギロケーションで確認する限り、この階段は地下深くに伸びていることが分かっている。

 一段、一段、階段を下りていく。

 踊り場を抜け、また一段、また一段。

 しかし、その度に階下から重苦しい空気が近づいているような嫌な感覚に襲われる。


「……」


 不気味な雰囲気とダンジョンの最下層に来ているという心理的な圧迫感がそう感じさせているのだろうか。

 そう感じつつ階段を下りていると、やがて階段が終わり、その先に大きな扉が現れた。

 その扉は石のような金属のような物質で出来ていて、表面にはなにやら紋様が描かれていて、何故かその先の空間をマギロケーションでは感じられなかった。

 そしてその扉から、謎の圧迫感を感じる。


「……これは、ダメなヤツかもしれない」

「キュ……」


 やっぱり、この先からは圧迫感を感じる。

 これはダンジョンの最深部に来た重圧なのだろうか?

 いや、どうやらシオンも感じているようなので、気のせいではないのだろう。

 どうする? この扉を開けるか、それとも諦めて帰るか。

 ……ここまで来て帰るってのはないな。せめて扉の先だけでも確認したい。

 でも、シオンはどうしようか。このまま連れて行くか、ホーリーディメンションの中に入れるか。

 ……どうせ僕になにかあったらホーリーディメンションを開ける人がいなくなるし、あの空間がどうなるか分からないし、ここでシオンをホーリーディメンション内に退避させる意味はないか。


「シオン、一緒についてきてくれる?」

「キュ!」


 シオンのその返事を聞き、覚悟を決める。

 そしてゆっくりと扉に手をかけ、慎重に扉を押していく。

 ゴリッ、ゴリッ、と扉がゆっくりと開いていき、中の様子が徐々に明らかになっていった。

 その中は薄暗く、しかし暗闇ではなく、最初に目に飛び込んできた燭台に揺らめく黒い炎を見た瞬間、完全なるヤバい予感をビシビシと感じたけど、その燭台が並ぶ石畳の通路の先、部屋の奥にいるモノを見てしまった。

 見てしまった。

 ソレは骸。王座に座る骸。

 漆黒の闇のような黒いローブを身に纏い、それよりも濃い闇をその上に羽織り、まるで闇の王のようにその場に鎮座していた。

 それを見て一瞬で確信する。これはダメなヤツだと。

 あの骸骨がなんなのかは分からない。分からないがダメなモノはダメだ。それだけは分かる。

 デスナイトやドラゴンゾンビもダメな感じがした。けど、これは次元が違う。纏っているオーラが違うのだ。

 アレはAランクモンスターじゃない。最低でもSランク……。これは、黄金竜に感じたモノと同じような絶望感がある!

 即座に扉を閉めてこの場を立ち去ろうと決意する。が――


「ほう、ここに客を呼んだ覚えはないのだがな」

「なっ!」


 王座に座っていた骸骨がそう『喋る』と、同時に目の前の扉が謎の力で勝手に勢いよく開け放たれる。

 そして骸骨が纏っている闇が勢いを増し、激しく波打った。

 こいつ、人の言葉を喋るのか!? そんなモンスターは初めてだぞ!


「大人しく闇に帰るがよい《シャドウスピア》」

「っく! 問答無用かよ!」


 骸骨が魔法を発動すると、その足元から黒い槍のようなモノがこちらに伸びてきた。

 それを咄嗟に横に転がって避ける。

 クソッ! もうやるしかない!

 転がりながら魔法を構築。そして放つ。


「《ターンアンデッド》」


 魔力だけが消費される感覚が残る。

 失敗だ。

 しかし僕にはこれしか対抗手段がない。普通に戦っていては絶対に倒せないのはヤツを見ただけで分かりきっているのだから。全てをこのターンアンデッドの魔法に賭けるしかない。


「《シャドウスピア》」


 続けて飛んでくる魔法を石柱の影に隠れてやり過ごし、またターンアンデッドを発動する。


「《ターンアンデッド》」


 また失敗。

 魔力だけが消費される。


「ちょこまかと!《シャドウスピア》」


 またヤツの影から伸びてくる影の槍をギリギリでかわす。

 これじゃジリ貧だ! 一発避けそこねるだけで致命傷になる!

 なにかないか!? と考えて、魔法袋に手を突っ込んで聖水の入った瓶を取り出し、ヤツにぶん投げた。


「おらっ!」

「小癪な!」


 骸骨が錫杖で瓶をはたき落とす。


「グアッ!」


 と、中の聖水が周囲に飛び散り、ヤツの体から白い煙が上がる。

 よしっ! 流石は本物の聖水! 効いてる!


「《ターンアンデッド》」


 また失敗。


「《ターンアンデッド》」


 また失敗。


「こんなモノが、我に効くとでも思っておるのか」


 その言葉と一緒に闇の槍が伸びてくる。

 それをまたかわしながら魔法袋に手を突っ込み、下級魔力ポーションを取り出して飲む。

 聖水は目くらましにはなるけど、それで有効なダメージが与えられてるわけじゃない。これではいつかジリ貧になる。

 もっと……もっとなにか時間を稼げる方法は……。


「……これならどうだ! 神聖なる炎よ、その静寂をここに《ホーリーファイア》」


 ミスリル合金カジェルの先端に生まれた聖火を骸骨の方に投げるように飛ばす。そして――


「バースト!」


 それを爆発させる。

 聖なる炎が周囲に飛び散って、ヤツの周りを聖なる火の海に変えた。


「……そうか、キサマ! 聖なる者だな!」

「《ターンアンデッド》」


 骸骨が王座から立ち上がる。

 なにか気になることを言っている気がするが、構わずにターンアンデッドを連発していく。

 ヤツは聖火が近くにあるはずなのに平然とその場に佇んでいる。

 もしかして、ランクが高いモンスターにはホーリーファイアの聖火は効かないのか!


「《ターンアンデッド》」

「そうと分かった以上、キサマだけは絶対に生きて帰さん! 《ダークブラスト》」

「ぐっ」


 ヤツの錫杖から放たれた闇の波動が僕ごと聖火を吹き飛ばした。

 吹き飛ばされながらなんとか受け身を取り、どうにか立ち上がる。


「シオン、大丈夫か!?」

「キュ!」


 魔法袋から下級ポーションを取り出して飲む。

 ……しかし、本当にこんな戦い方に意味があるのだろうか?

 本当にターンアンデッドはヤツに効くのだろうか?

 どんなゲームでも大体は、ボスには即死魔法が効かない。それが当たり前だ。

 ボスに即死魔法が効いてしまったらゲームの難易度が明らかに下がってしまうのだから、普通はそうなる。

 この世界はゲームではないと頭では分かっているけど、ついそんなことを考えてしまう。

 僕は本当に意味のある行動をしているのだろうか? ただただ無意味なことを続けているだけなのではないか?

 嫌な考えを振り払うように頭を振り、ターンアンデッドを発動する。


「《ターンアンデッド》」


 失敗。

 闇の槍をギリギリでかわし、もう一度。


「《ターンアンデッド》」


 そしてまた下級魔力ポーションを飲む。


「小バエのように飛び回りよって……闇よ!」


 少しキレ気味の骸骨が黒いローブに包まるようにそう言い放つと、骸骨の周囲の闇が濃くなっていき、ヤツの存在がブレるように曖昧になって姿が認識しづらくなった。


「なんだ、これは!」


 魔法なのか? それとも?

 そうして僕がヤツを認識出来なくなっている中で『僕の左側面に移動してきた骸骨を確認し』つつ、伸びてきたシャドウスピアを避け。


「《ターンアンデッド》」


 カウンターでターンアンデッドを使う。


「勘の良いヤツめ! 《シャドウスピア》」

「《ターンアンデッド》」


 また僕が認識出来ないように闇の中を移動しながら放たれたシャドウスピアを避け、ターンアンデッドを返していく。


「……キサマ! 何故見えている! 何故この闇のローブの闇が見破れる!?」

「さてね……《ターンアンデッド》」


 僕は別にヤツの姿が見えているわけじゃない。姿は見えないし気配も感じない。ただマギロケーションでそこに存在することが把握出来ているだけだ。

 マギロケーションがなければ、完全に終わっていた。


「おのれ……やはり聖なる者は絶対に消しておかねばならん!」


 僕の返答がお気に召さなかったのか、骸骨はこちらへの殺意をより強めたらしい。

 まったくもって迷惑な話すぎて泣けてくる。

 下級魔力ポーションを飲み干す。

 骸骨を覆っていた闇が薄くなっていき、認識出来なかったモノが認識出来るようになってきた。

 すると骸骨が錫杖をこちらに向け、別の魔法を放ってくる。


「《シャドウバインド》」


 避けようとするも、いきなり足元から闇がせり上がってきて、足を固定される。

 これは! ミミさんが使っていた闇属性の拘束魔法!


「グッ!」

「キサマはこの手で直接葬ってくれる!」


 骸骨がいきなりこちらに突進してくる。

 これまで遠距離戦しかしてこなかったのに! いきなり!?


「《ドレイン》」

「ぐっ!」


 ヤツの左手が僕の首にかかり、魔法が発動されると、僕の中のナニカがヤツの方に流れ出していく。


「このまま干からびて死ね!」

「ぐぞっ!」


 ヤツの手を引き剥がそうとしても、物凄い力で対抗出来ない。

 ミスリル合金カジェルで殴りつけてもビクともしない。


「キュゥ!」


 次の瞬間、青い閃光がほとばしり、ヤツの顔面を薙いだ。

 シオンのブレスか! ナイスタイミング!


「グァ!」


 ヤツの手の力が弱まったのを逃さず、ヤツの体を蹴り飛ばして束縛から逃れる。

 そして地面を転がり離れ、回復魔法を使う。


「神聖なる光よ、彼の者を癒せ《ホーリーライト》」


 傷と体力を回復させ立ち上がり、またターンアンデッドを使っていく。


「《ターンアンデッド》」


 失敗。

 もう何度ターンアンデッドを失敗したのか分からない。

 何度も何度も何度もチャレンジして、失敗した。

 本当にこれで正しいのか、もうまったく分からない。

 それでも……やるしかない!

 と、考えていると、何故か骸骨は攻撃を止め、踵を返して王座の方に向かって歩いていった。

 そして王座に座り、口を開く。


「……よかろう。力を抑えたままキサマを葬るのは実に骨が折れる」

「……」


 そう、少し絶望感になりそうな言葉を発して、骸骨は少し後ろを振り返るような素振りを見せる。

 ……なんだ?

 骸骨の後ろ側、王座の後ろにある祭壇の上にバレーボールぐらいの輝く透明な玉が設置されていた。

 そうか、アレが――


「この部屋を荒らしたくはなかったのだが……な。やむを得まい」


 ヤツはそう言うと、錫杖をドンッと地面に突き、その言葉を発する。


「炎よ」


 すると、骸骨から凄まじい圧力が発せられ、一歩、後ずさりしてしまう。

 なんだ? なにをする気だ?

 嫌な予感がする……。ヤツがなにかする前に早く倒さないと!


「《ターンアンデッド》」

「《ターンアンデッド》」

「《ターンアンデッド》」


 そんな僕の努力は失敗し続け、ヤツは次の言葉を紡ぎ出す。


「全てを飲み込む闇となれ」


 骸骨に渦巻く魔力や圧力が全てヤツの持つ錫杖に濃縮されていく。

 これは、マズい!


「シオン! こっちに!」

「キュ!」


 シオンを抱きとめ、魔法袋に手を突っ込んでありったけの聖石を掴み出し、それを目の前に掲げた。

 次の瞬間、骸骨から破滅の言葉が紡ぎ出される。


「《ダークフレア》」


 骸骨の錫杖から放たれたのは黒い闇。闇の玉。全てを飲み込むような闇。

 それが見えた瞬間、僕の魔法も完成した。


「神聖なる光よ、全てを拒む盾となれ《ディバインシールド》!」


 ぶつかり合う光と闇。

 目の前の世界が、光と闇に飲み込まれる。

 光と闇。轟音と爆音。痛みと苦しみ。

 全ての感覚が失われた中、自分が立っているのか寝ているのかも、自分が生きているのか死んでいるのかすら分からない。

 それでも、明日を信じて出来ることをする。それが人というモノでしょ?

 体中の魔力や生命力やら全てを総動員して次の行動を取る。

 どこかからか集まった力がどこかに集中していく。ありったけの力が集中していく。

 そして、もはや存在するのかしないのかすら分からない体に集まった力が魔法を紡ぎ出した。


「神聖なる光よ、彷徨える魂を神の元へ《ターンアンデッド》!」

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