第258話 九階へ

 バルテズの資料を思い出す。

 Aランクモンスター、デスナイト。スケルトンタイプのアンデッドモンスターで、その身を頑丈な魔法鎧で包み、強力な魔法武器を駆使して戦う強力なモンスターだ。しかし問題はそれだけではない。

 この八階に出るデスナイトはいつも大量のブラッドナイトを従えて徘徊しているため、真正面から戦うには複数のAランクパーティが必要になる、とバルテズの資料には書かれていた。

 僕にとっては、この八階で最大の問題がこいつ。いくらターンアンデッドがあっても、あれだけの数を相手にするのは簡単ではないからね。出会ったら逃げるしかないと思っていたし、最悪の場合はホーリーディメンションの中に退避してデスナイトがどこかに消えるのを待つしかないと考えていた。


「でも、今はチャンス……だろうね」


 見えないのでどこの勢力かは分からないけど、デスナイトを引き付けてくれているのはありがたい。彼らが戦っている間に僕はここをひっそりと通らせていただこう。

 出来るだけ壁際に寄りつつ、戦闘が続いている一帯を足早に避けて抜ける。

 普段なら困っている冒険者がいれば助けるべきだけど、今はそんな状況ではないしね。これは仕方がない。

 若干の罪悪感を覚えつつ戦闘地帯を抜け出した。

 そうしてまた壁沿いに歩き続け、夜はホーリーディメンションで眠って翌日。


「《ターンアンデッド》」


 発動したターンアンデッドにより、見えないけどマギロケーションには姿がクッキリと映っているモンスターがマギロケーションにも映らなくなり、地面に魔石だけがポトリと落ちた。

 ヤツはファントムというBランクモンスター。以前、エレムのダンジョンで戦ったゴーストの上位種で、ゴーストよりも目視が難しく、特にこの濃霧の中では最悪に厄介なモンスターらしい。


「まぁ、僕には関係ないんだけど」


 ゴーストと同じく、マギロケーションにはちゃんと引っかかるから、そこまでの問題を感じない。

 本当に神聖魔法はチートだらけだと思う。

 こうして順当に八階を進み続けて数日後、ようやく九階へ続く裂け目を発見することが出来た。

 ついにここまで来た。という感動に浸りたい気持ちも山々だけど、実際のところ大変なのはここからなのだ。


「さて……行きますか」


 気持ちを切り替え、九階への裂け目を通る。


「……うっ」


 と同時に鼻につく臭いに眉をひそめる。

 目の前に広がる景色は、緑。しかし植物の緑ではない。六階から続いていた荒野のような景色はそのままに、そこに緑色をした沼地がいくつも広がっていた。そしてその緑の沼地からは緑色をしたミストのようなモノが立ち上っている。

 立っているだけでもそのミストの臭気が鼻と目を直撃し、少しずつ痛みや気分の悪さが増していった。


「これは……想像以上ににキツいな」


 魔法袋からシオンが作った聖水を取り出して頭からかぶり、残りをマスクに染み込ませてみる。

 するとさっきまでの体調不良が軽減され、なんとか活動出来る程度には回復した。


「ふぅ……とりあえずは、これでいいか」


 少し落ち着いたところで、何度も読み込んだバルテズの資料を思い出していく。

 この九階はいたるところに毒の沼地があり、人が生活出来る環境ではなかった。と、書かれていた。なのでバルテズ達は長時間の活動が出来ず、探索範囲を広げられずにこの階で攻略を諦めたらしい。

 そしてこの毒の対策を考えている間に例のアレがあって、彼らは姿を消した。


「……」


 暗い気分を切り替えるように歩きはじめる。

 バルテズの資料によると、この九階では不思議なことが一つあるらしい。

 実は、この九階ではモンスターが『ほぼ』出ないという。ほぼ、というのは、どの階にも出るスライムはここにも生息しているから、だとか。つまりそれ以外のモンスターを彼等は見なかった、ということになる。

 よく考えてみると、このダンジョンはよく出来ている気がする。低い階層は弱いモンスターが出て、深くなるごとにモンスターのレベルが上がる。まるで僕達冒険者をより深い階におびき寄せているような感覚すらある。そしてあの八階は、普通に考えると完全に僕達を殺しに来ているだろう。あんな場所、迷いの森のようなモノで、普通は迷ってしまって戻り道も分からずデスナイトに殺されるリアル脱出ゲームみたいな状態になるはずだ。そしてこの九階。ここは人が生活出来ないような環境にして、物理で倒せない相手を搦め手で殺りに来ているとも感じる。


「うっ……神聖なる風よ、彼の者を包め《ホーリーウインド》――ふぅ……」


 清らかな風に包まれ、苦しくなっていた体がゆっくりと正常に戻っていく。

 僕はこうやって強引にこの毒を無効化出来るけど、この階に大人数で入った人は苦労するだろう。毒への対処法があったとしても、その回数には限りがあるだろうし、人数が多ければ対処が大変になるはずだ。


「そういうのを解決する魔道具とかアーティファクトがあるなら、分からないけどね」


 色々と考えつつ、定期的にホーリーウインドで体調を整え、毒の沼地を縫うように歩き続けて数時間。マギロケーションにおかしな反応を見付ける。


「……?」


 慎重にそちらの方に歩みを進めていくと、岩山の向こう側にソレを見付けた。

 それは明らかな人工物。以前、黄金竜の巣で見た神殿にあったような石の柱がいくつか建っていたり、崩れた石の柱がいくつか転がっている場所。そしてその中心に石畳の広場があって、奥には地下に続く階段が見える。

 それと――


「なんだ……あれは?」


 石畳の広場の中央に置かれた巨大な肉の塊……いや、腐肉の塊。大きさは一〇メートルはある。それには皮があり、肉があり、、爪があり、謎の緑色の液体が石畳に広がっていたりして、肉の合間からは巨大な肋骨のようなモノが覗いていたりする。腐りすぎていて、もうほとんど原型を留めておらず、それが二足歩行なのか四足歩行なのかも分からない。


「……アンデッド、なのか?」


 なんとなく、僕の中の感覚が告げている。

 あれが、アンデッドだと。モンスターだと。

 そもそもこの場所に来た人間はまだいないはず。つまり『誰かに倒された巨大なナニカがあの場で腐っている』とは考えにくい。


「……」


 腐肉の塊の後ろ側を見る。

 そこには地下に続く石造りの階段があり、あからさまに『そこになにかがあるぞ』と言っている。


「やるしかないな」


 覚悟を決め、音を立てないようにゆっくりと腐肉の塊に近づいていく。

 バレないように、慎重に、ゆっくりと。

 ジリジリと近づいていく。

 どんなモンスターなのかは分からないけど、ここにいるということは恐らくAランクかSランクである可能性が高い。気付かれてしまうと、状況によっては勝てない可能性がある。

 ゾンビよりも酷い腐肉の臭いが鼻にまとわり付く。

 寒いのに、額には汗が滲む。

 一歩一歩、地面を踏みしめ、命を削るようにソレに近づいていく。

 頭の中では『まだなのか? まだなのか?』という言葉だけがこだまする。

 ターンアンデッドの射程距離まであともう少し、あともう少し!

 そして腐肉の塊が二〇メートルぐらいに近づいた時、いけそうな感覚があった。

 よしっ!


――ターンアンデッド


 魔法を発動する。が、失敗。

 魔力だけが抜けていく。


――ターンアンデッド


 失敗。


――ターンアンデッド


 失敗。

 クソッ! やっぱりランクが高いモンスターは成功率が低すぎる!

 漏れそうになる悪態を噛み殺しながら魔法を使い続ける。


――ターンアンデッド

――ターンアンデッド

――ターンアンデッド

――ターンアンデッド!


 次の瞬間、腐肉の塊の周囲を光の輪が取り囲んだ。


「よしっ!」


 思わず声を上げてしまう。

 しかし、腐肉の塊がいきなりガクンと動きはじめ、前足が地面を掴み、脇腹から緑の液体が漏れ、その首がググッと持ち上がって、その先にある頭部の中、ぽっかりと空いた空白の眼窩に赤色の光が怪しげに灯る。

 それは邪悪さと怒りと悪意に満ちていて、その光と『目』が合った瞬間、全身に鳥肌が立って恐怖という感情に支配されそうになった。が、次の瞬間には光の輪が輝いて、そしてゆっくりと消えていき、同時に真っ赤な目が力を失うように消えていって、その腐肉の巨体も力を失って地響きと共にドスンと崩れ落ちた。


「はぁ……」


 その光景に思わず膝を突いてしまい、大きく息を吐く。


「ドラゴン、か……」


 腐肉に沈んでいたので分からなかったけど、これはドラゴンだろう。

 いや、ドラゴンだった、と言うべきだろうね。

 さしずめ『ドラゴンゾンビ』という感じだろうか。

 やってみなきゃ分からないけど、ちょっとこれとは正面からやりあってたら勝てるイメージが湧かない。

 本当に気付かれなくて良かった……。

 立ち上がってその腐肉の塊を眺める。


「これが、このダンジョンのボス、ってことでいいのかな?」


 どんなダンジョンにも最下層にはボスがいるらしいし、これがボスっぽい感じもする。

 しかし、なんだか腑に落ちない感じもする。


「とりあえず、素材を剥ぎ取るか……」


 とは言っても、全身が腐ってしまっているので、使い物になるのは骨とか爪とか魔石だけだろう。

 ドラゴンは本来、全身が素材になるらしいけど、ドラゴンゾンビではそうもいかない。


「とりあえず浄化してみようかな。……不浄なるものに、魂の安寧を《浄化》」


 近くにあったドラゴンゾンビの手を浄化してみる。

 すると、その手の周辺の腐肉が浄化されて消えていき、骨だけが残った。

 それをミスリル合金カジェルでゴンゴンと殴ってみる。


「うん、やっぱりドラゴンの骨って丈夫だね」


 これで五〇センチぐらいはありそうな爪が数本といくつかの手の骨を入手出来た。

 その後、一時間ぐらいかけて頭や胸の辺りを浄化して素材を取ろうとしたけど、肋骨や大腿骨っぽい骨は大きすぎて断念したり、牙は頭蓋骨に頑丈に固定されていて解体出来ずに断念したりと誤算はあったものの、いくつかの骨と爪と魔石と、まだ使えそうな鱗を何枚かゲットした。

 時間があればもっとちゃんと解体したいのだけど、太陽も沈んでしまったので今はここに時間を割きすぎるのは問題があるし、もったいないけどこれぐらいで我慢しておく。


「それは新たなる世界。開け次元のホーリーディメンション


 ホーリーディメンションを発動し、我が家に帰宅。

 空間に扉が開いて白い空間が現れ、中からシオンが飛び出してきたかと思うと、横に倒れているドラゴンゾンビの残骸を見て驚き唸り声を上げた。


「ギュゥゥ!」

「大丈夫だよ。もう倒したからね」


 そう言いつつドラゴンゾンビの素材を白い空間の中に運び入れていく。

 ベッドになってる毛皮の横に骨と爪を積み上げて、外への扉を消してから毛皮に横になった。


「は~、疲れた~」

「キュ?」


 シオンを撫でながら全身に浄化とホーリーウインドをかけて息を吐く。

 今日は本当に疲れた。疲れた……。もう疲れたとしか言えない。

 明日はついにあの階段の先に下りてみるつもりだ。

 あの先には恐らく『アレ』があるはずで、それで全てが終わるはず。


「明日に備えてもう寝ようか。……いや、その前になにか食べておかないと」


 疲れていてもちゃんと食べておかないと体が持たない。

 体を起こして食料が入った袋から乾物を取り出していく。


「シオンはドライフルーツでいいんだよね?」

「キュ」


 シオンにドライフルーツを出してやり、自分用の乾燥肉を口に放り込み、水滴の魔法で二つのカップに水を入れていく。

 やっぱりテーブルぐらいは欲しいところだ。こちらの世界では見ないちゃぶ台の高さのテーブルがいいかもね。でも、そうなると特注かな?


「そうだ。リゼを呼ぼうか」

「キュ!」


 ダンジョンのクリアを目指す今回の遠征に入ってからは呼べてなかったしね!


「わが呼び声に答え、道を示せ《サモンフェアリー》」


 聖石を持って魔法を発動すると、いつものように聖石と引き換えに魔法陣が展開し、リゼが現れた。


「こんにちは!」

「うん、こんにちは!」

「キュ!」


 いつもと同じように笑いかけてくれるリゼに安堵し、癒やされて。

 ここがダンジョンの中であることも忘れる勢いでお話ししてしまった。


「へ~、悪いドラゴンさんを倒したんだね!」

「そうなんだ。最強魔法でババっとね!」

「キュ!」


 戦闘に参加していないはずのシオンが得意気だけど、気のせいだろうか?

 まぁいいけど。


「あそこに転がってるのがその骨でさ」

「へ~!」

「必要なら持っていっていいよ! なんてね! 妖精がドラゴンの骨とか使わない――」

「いいの!?」

「――って使うのか……」


 まさか妖精の世界でもドラゴンの骨に需要があるなんて……。なんかこう、イメージが違うというか、イメージがバグるというか……。


「女王さまが使うと思う!」

「女王様、だと……」


 何故か頭の中に、リゼがムチを持って『オーッホッホッホッ!』と高笑いしている姿が浮かぶ。

 ……いや、流石にそんな感じの存在じゃないよね。危ない危ない。

 それにしても女王様、か。骨をどう使うんだろうか?


「うん、どれでも持っていっていいよ」

「ありがと!」


 嬉しそうにドラゴンの骨を漁っているリゼを見ながら、彼女に少し聞いてみようと思った。


「明日、このダンジョンをクリアしようと思うんだけど、成功するように祈ってくれるかな?」


 するとリゼはこちらに振り返り、こう言った。


「勿論だよ! ルークなら大丈夫だよ!」


 その言葉に心が軽くなった気がして、僕は小さく「そうか、ありがとう」と呟いた。

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