第223話 シオンのレベル上げと三階の話
それから数体のゾンビをシオンに狩らせていると、またシオンが光に包まれた。女神の祝福だ。
僕の時は一〇レベルぐらいまでは比較的すぐに上がったけど、シオンも同じっぽい。どういう理屈でそうなってるのかはまだサッパリ分からないけど。
「おめでとう。まだやれそう?」
「キュ……」
なんとなく否定的な感情を受けた。そろそろ疲れてきたらしい。
「じゃあ帰ってご飯にでもしようか」
「キュ!」
外の太陽と大体連動してるっぽい太陽もかなり傾いてきている。別に急ぐ理由もないし今日はもう終わりにしよう。
敵を避けつつ一階に向かい、そこから真っ直ぐに出口に進む。
出口付近には多数の冒険者パーティがいて、ほぼ全員が川の方に向かっていた。
それらの冒険者達はドロドロっとした感じに腐臭を放っており、まるでアンデッドの軍勢のよう。
僕はもう浄化でキレイになっているのだけど、アリバイ作りというか見学がてら冒険者達の後に着いていくことにした。
後ろから観察していると、彼らはその場で荷物を下ろし鎧を脱ぎ、人によっては服まで脱いで川にザブザブと入っていった。
「てめぇ、俺より上流でキタねぇモノ流すんじゃねぇ!」
「あぁ? 仕方ねぇだろ!」
冒険者同士の小競り合いが始まる。
川の広さは二メートルぐらい。水量も多くないので上流で洗い物をされると下流の人はたまったものじゃない。
冒険者達は体を洗い、服も洗い、鎧や剣も布で拭き取り、最後に聖水を染み込ませた布で手足を拭いたり武具を拭いていく。恐らく、聖水には除菌的な効果か毒を消す的な効果があるのだろう。
それを確認した後、適当に川で手を洗うフリをして出口に向かう。
出口の裂け目を出た頃には既に太陽が沈みかけ、空が赤くなっていた。
「やっぱり二階からだと帰るまでにかなり時間使っちゃうな」
今日は二階の奥まで行ったこともあり、そこから敵を避けながら慎重に歩いてダンジョンを出るまでに二時間ぐらいはかかったかもしれない。早く進めば半分以下に短縮出来そうだけど。
「まぁでも、それだとモンスターのトレインになりそうだよね……」
トレインとはMMORPG用語で、モンスターを何匹も引き連れて移動することを指す。
基本的には目的地にアイテムやMPを温存しながら早く到着するために道中のモンスターを全て無視した結果、多数のモンスターに追いかけられることで出来上がる状況だ。しかし、そうやって集められたモンスターを放置したまま逃げてしまうと、その場所にいる他のプレイヤーに迷惑がかかるので基本的には迷惑行為とされている。
そういえば昔とあるMMORPGで、最強クラスのボスモンスターにターゲッティングされたプレイヤーが山の奥から町まで逃げてきた結果、追いかけてきたボスの範囲攻撃で町にいた数百人のプレイヤーが全滅して阿鼻叫喚状態に……という伝説があった。それからモンスターには行動可能範囲が設定されるようになったらしいのだけど。この世界のモンスターにも当然、行動可能範囲なんてものはないだろうし、そういった行動は出来るだけ控えるべきだと思う。
しかしそうなると、三階で狩りをするなら移動だけでかなり時間を消費する気がする。この感じだと片道三時間か四時間ぐらいはかかるかも。さて、どうするべきか……。
冒険者ギルドに入り、ギルドカードと魔石をカウンターに置くと、受付嬢が魔石を無数の穴の空いた板の上に出し、魔石の大きさをチェックしていく。
「はい。Eランク魔石九個で銀貨二枚、銅貨七枚ですね」
「ありがとう」
若干、単価が安い気がするけど、それがここのルールだから仕方がない。でも、ゾンビが持っていた銅貨が一五枚あったので、それを合わせると収入は銀貨四枚銅貨二枚になる。これならギリギリ許容範囲か。
カウンターから離れて酒場の方に向かい、人を探す。
えっと……あぁ、いたいた。
「どうも。ここ、いいですか?」
「なんだ、この前のか。いいぜ、座れよ」
彼は前にここのダンジョンについて話を聞いたダムドさんだ。
今日は一人で飲んでいたダムドさんの向かいの席に座る。
「お姉さん、エール二つに肉! これも二つね!」
「はーい」
ウェイトレスの獣人のお姉さんに注文を入れ、運ばれてきたエールと肉を一つダムドさんの方に差し出す。
「おいおい気前がいいじゃねぇか」
「いや、ちょっと聞きたいことがありまして」
と、ダムドさんにダンジョンの三階についての話を聞いてみた。
「実はもう少ししたら三階に行こうかと思ってるんですけど、三階では普通どう狩るものなのか知りたくてですね」
「お前、確かDランクでソロって言ったよな? まだ三階は早いと思うがな」
「三階で出るモンスターってスケルトンですよね? それはエレ――別の場所で倒したことがあるんですよね」
「ソロでか?」
「はい」
ダムドさんは腕を組み「う~ん」と少し考え、そして口を開く。
「ということはだ。お前、見た目より強いってことだな」
なんとも返しにくい言葉に「そうかもしれないですね」と曖昧に返す。
「まぁいい。三階で狩りをする方法は二つだ。三階の入口付近で狩りをしてその日の内に戻ってくるか、奥まで行って野営地に寝泊りして狩りを繰り返すかだな」
「三階に野営地なんてあるんですか?」
「あぁ、三階の一番奥。四階に向かう裂け目の横にある。あそこは場所が良い。三階で狩りをするにも四階で狩りをするにも都合が良いからな。五階に行く時もあそこで一泊しなきゃ無理だしよ。……ただ、ソロでは使いにくい」
「あぁ……確かに」
ソロで野営は確かに難しい。一人だとモンスターを警戒してずっと起きてなきゃいけないしね。野営地なら他の冒険者もいるだろうからモンスターが来ても誰かが気付くはずだけど、それはそれで他の冒険者を信用していいのか、という問題がある。冒険者は基本的には良い人が多いけど、自分の利益で動くものだからね。
「四階で狩りをするなら五階村を拠点にする方法もあるが、五階村には入場料がある」
「いくらなんです?」
「金貨一枚」
「金貨? 高すぎじゃないですか?」
「バカ言うな、安全はタダじゃねぇんだよ」
そう言われると言い返せない。確かに安全はタダじゃない。
その言葉をしっかりと胸に刻み、よく分からない謎の肉の塊をエールで流し込む。
「それともう一つ聞きたいんですけど。教会に行ったら凄く厳重に守られてて驚いたんですが、あそこってなにがあるんです?」
「お前も聖水を買ったのなら見ただろ? アーティファクトだよアーティファクト」
「アーティファクト?」
「聖水作った水瓶があるだろ? それがアーティファクトだ」
あれってアーティファクトだったのか! てっきり司祭が儀式か祈りとかで聖水を作ったのかと思ったら、あの金色の水瓶自体がアーティファクトだったのね……。
「ああいった聖なるアーティファクトを教会は常に集めてるからな。ダンジョンや遺跡で聖なるアーティファクトなんて出てみろ、確実に教会に持っていかれちまう」
「……それって断れないのですか?」
「断ろうと思えば断れるんじゃないか? その後どうなるかは知らねぇけどな」
「……」
宗教がかなり強い力を持ってそうなこの世界で宗教を敵に回すのは難しいのだろう。建前では『強制しない』ということにはなっているのだろうけど、実質的には選択肢がない感じ。下手をすれば国まで敵に回すことにもなるから、見付かったら教会に渡すしかないんだろうね。
なんとなく、アーティファクトと僕自身を重ねて考えてしまう。
果たして僕の存在が教会に見付かった時、僕は無事でいられるのだろうか?
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