第53話 初めてのスタンピード

「もういい! 全員、門の中に退避しろ! 退避完了次第、門を閉じろ!」

 ギルマスが大声で下に向けて叫ぶ。

 外で作業していた人達がその声に気付き、慌てて門の中へと走ってくる。

「いいか、今からモンスターが来る。私が合図したら魔法と矢を一斉に放て。狙うのは自分の前方、敵の最前列。とにかく最前列に当てて足を鈍らせれば、後はそれを後ろのモンスターが勝手に轢き潰す。それだけだ。よし、一列に並べ!」

 ギルマスのその言葉に全員がバラバラと散っていく。

 僕も壁の上を歩いて適当に場所を見付け、待機した。


 誰も何も喋らない。普段の冒険者なら文句の一つぐらい出てもおかしくないのに、誰も何も言わない。

 誰かに何かを言ったところでどうにもならない事が分かっているのか。それとも何かをしようと考える事が出来ないのか。それとも……。


 顔を上げて前を見た。

 地響きを立て、砂埃を巻き上げながらモンスターが迫ってきているのが見える。

 あれは……フォレストウルフだ!

 少なくとも数百は超える狼系のモンスターが町のすぐそこまで迫ってきていた。

 それを視界に入れた瞬間、息が早くなり、バクバクと心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

 落ち着け。堪えろ。

 そう何度も自分に言い聞かせて何とか平静を保とうとするも、どんどん鼓動が早くなっていく。


「第一波! 来るぞ! 準備しろ!」

 ギルマスの叫び声に壁の上にいる冒険者が一斉に準備を始めた。

 呪文を使う者は詠唱を始め、弓を使う者は矢をつがえ、引き絞る。

「火よ、我が敵を撃て!」

「水よ、我が敵を穿け!」

「火よ、我が敵を穿け!」

「風よ、我が敵を撃て!」

 いくつもの様々な呪文を詠唱する声と、弓を引き絞るギリッという音が周囲に響く。

 その様子に、壁の下で見ている人々にも緊張が走り、ざわつきだす。北側でも始まったのか、そちらでも騒がしくなった。

 僕も慌てて呪文を詠唱し始める。

「光よ、我が敵を撃て」

 お腹の奥、丹田から流れ出した魔力が体を巡り、右手へと流れる。

 力んでいたのか、無意識に流せるだけの魔力を流し込んでしまった。流せる最大量に限界があるのか、普段の何倍かの量を注ぐとそれ以上は流れなくなった。

 そして、待つ。

 敵を。

 合図の声を。


 フォレストウルフがどんどん近づいてくる。

 まだなのか? もう撃ってもいいんじゃないのか?

 その言葉が頭の中に何度も響く。

 もう何分、こうして待ったのだろうか。いや、実際には数秒しか経ってないのかもしれない。

 横目で他の人を確認すると、皆、不安そうな顔で、目が泳いでいたり呼吸が荒くなっていた。

 どこからともなく、「クソックソックソッ」「神よ……」などという声が小さく聞こえてくる。

 前を向いた。

 フォレストウルフの顔が見えた。

 前に見た時とは違い、その目は血走り、口からはヨダレを振りまき、狂っているようにしか見えない。

 その姿を見て全身に悪寒が走り、ブルッと震える。

 そしてフォレストウルフの吐息が聞こえるのではと錯覚するほど奴等が近づき、全員の緊張がピークに達した、その時。


「全員! 放てえぇぇ!」


 ギルマスの怒号にも似た号令が飛んだ。

 その瞬間、全員の緊張が一気に解き放たれ、全員が弾かれたように動く。

 まず弓使いが放った矢が雨のようにフォレストウルフに降りそそぎ、群の前の方にいる何列かに突き刺さり、よろめいたフォレストウルフが後続を巻き込みながら転がる。さらにそれを避けきれなかった何列かが転がったフォレストウルフに突っ込み、勢いそのままに吹き飛んだ。

 そして。


「《ファイアボール》!」

「《ウォーターアロー》!」

「《ファイアアロー》!」

「《ウインドボール》!」

「《ライトボール》!」


 魔法使いが放った魔法が、転がった仲間を飛び越えて進もうとしたフォレストウルフに突き刺さった。

 ドドドドド、という連続した爆発音や破裂音と共にフォレストウルフの群が吹き飛び、炎やら水が飛び散り、砂塵が舞う。


「もう一度だ! あの砂煙の奥! どんどん放て!」

 ギルマスのその声に、皆が次々に矢や魔法を飛ばしていく。

「光よ、我が敵を撃て!《ライトボール》!」

 僕も、ただひたすらに、がむしゃらにライトボールを放った。

「光よ、我が敵を撃て!《ライトボール》!」

「光よ、我が敵を撃て!《ライトボール》!」

「光よ、我が敵を……」


「もういい! 終わりだ! 撃つのを止めろ!」

 そのギルマスの声にハッと我に返って呪文の詠唱を止めた。

 右手に集まりかけていた魔力が体内をグルグル巡って戻っていく。


「……」

 全員、無言で砂煙の方を見ている。

 そのまま暫く待っていると、ゆっくりと砂煙が消えていき、少しずつ奥が見通せるようになってきた。

 砂煙が消えた後、そこにあったのは、凸凹にえぐられた地面と、おびただしい数のフォレストウルフの死体と、辛うじて動いている何匹かのフォレストウルフだった。


「……よし、ご苦労だった。暫く休め」

 ギルマスのその声を聞き、僕はその場に座り込んだのだった。

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