第129話 死の洞窟とは

 二〇センチほどの小魚の干物が網の上でジュウジュウと音を立て、焦げた魚の油の匂いが部屋中に充満する。

「もうそろそろかの」

 その匂いにやられたのか、ボロックさんは干物の尻尾をつまんで持ち上げ、頭からガブリとかじりついた。

「うむうむ、旨いのぅ。塩がよう効いとる」

 そして葡萄酒をぐいっと飲み干す。

 その姿を見ていると口の中に唾液が溢れ、急激にお腹が空いてきたので僕も網の上に手を伸ばした。


「話は変わるがの……お前さん、どこから来たのかの?」

 そう言いながらボロックさんは小魚の干物を網の上に乗せていく。僕はそれを目で追いつつ香ばしく焼けた干物を手で裂きながら答えた。

「あー……港町ルダからです」

「ふむ。聞いたことがないのう……この国ではなさそうじゃの」

 この国ではない、か。まぁそれは予想していたし、僕としてはそちらの方が嬉しい。しかし、聞いたことがないと言われるとは思わなかった。

 そう考えながら裂いた干物の骨から身を剥がすようにしゃぶりつく。

 新鮮な魚のホクホク感はないけど、ギュッと身と旨味が締まって濃厚な旨味と塩味が効いている。魚の独特な臭みはあるけど旨い。


「国はカリム王国ですね。あの、ここはアルムスト王国ですよね?」

「ここはカナディーラ共和国じゃよ。正確には、カナディーラ共和国に洞窟の出入り口があるだけで、この一帯の山脈はどこにも属しとらんはずじゃ。しかし、なるほどの……死の洞窟はカリム王国の方に続いておったのか」

 カナディーラ共和国か……聞いた事あっただろうか? う~ん、ちょっと記憶にないな。まぁ恐らく、カリム王国とアルムスト王国の国境線にある山の中を西に進んで、そのまま第三国に出てしまったのだろう。


「ところで、死の洞窟って何なのですか?」

「ふむ……死の洞窟が何なのか……の。それはお前さんの方がよく知っておるのではないかの?」

 そう言ってボロックさんは葡萄酒をぐいっと煽った。

「僕の方が知っている……ですか」

「そうじゃよ。お前さん、死の洞窟を抜けてきたのじゃろ? ならばあの奥に何があったのか見てきたはずじゃしの」

 ボロックさんは葡萄酒を注ぎながら言葉を続ける。

「普通はの、進めんのじゃよ。死の粉が濃すぎて胸の中がやられてしまう。だからわしらが出会ったあの辺りが限界なんじゃ。それをお前さんは平気な顔をして奥から歩いてきおった。しかもその格好での。じゃからお前さんの方が詳しいはずなんじゃよ。……で、奥には何があったのかの?」

 そう言いながらボロックさんは僕を見た。


 う~ん、言ってしまって大丈夫なのだろうか? 浄化で白い砂浜みたいになってしまっている奥の空間はあまり知られたくないのだけど……。まぁ、あそこまでは進めないと言ってるし、大丈夫かな。

 しかし、死の粉が濃すぎて胸の中がやられる、か……。それは、肺の事なのだろうか。そういえば洞窟に入ってから咳が出るようになった気がするけど、まさかそれがそうなのか? でも……逆にそれだけともいえる。進めないと感じる程ではなかった。僕は他の人にはない耐性でも持っているのだろうか?


「奥にはこの里と似た感じの村? があって、そこには巨大な黒いスライムがいました。あとは黒い水晶も沢山ありましたね」

「そうか……なるほどのう。爺さまのおとぎ話は本当だったのかの……」

 そう言ったボロックさんは腕を組み、顎髭を撫でた。

「その昔、死の洞窟が死の洞窟でない時の事じゃ。あの奥にもドワーフの里があってこの里とも交流があった。じゃが、人ならざる者が現れ、里は崩壊して死の洞窟へと変わった。爺さまはそう話しておったのじゃ」

「なる、ほど……」

 髭の生えたドワーフの年齢は分かりにくいけど、五〇歳以上には見えるボロックさんが爺さまと呼ぶ人の話なら一〇〇年は昔の話……いや、おとぎ話ならもっと昔の話かもしれない。

 あぁ、もしかするとルダの町にドワーフが多かったのは、崩壊した奥の里から逃げ出したドワーフが移住したか、もしくは彼らが作った町だからなのかもしれないな。あちらの里の出入り口部分が崩落してたのも、人ならざる者――恐らくあの巨大スライムが出てこれないように自ら埋めた可能性もあるかもしれない。しかし、そうなると……。

 首に掛けている外套に包まれた卵を撫でる。

 この卵――聖獣リオファネルの卵は、一体いつからあの場所にあったのだろうか。

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