第252話 希望とは光であり毒である
宿の部屋に戻ってベッドに腰を下ろす。そして背負袋の中から魔法書を取り出した。
やっぱり手に繋がる感覚があって、これは僕が使えるモノだと分かる。
「こんなところで手に入るなんて……」
情けは人の為ならず、なのだろうか? 今回はなにか一つでも僕の行動が違っていればこの魔法書は手に入ってなかっただろう。やっぱりあの時、助けようと思ったことは間違いじゃなかった。改めてそう思う。あんな場所の魔法書なんてこんな機会でもなければ絶対に見付けられなかったしね。
「じゃあ、早速使ってみようかな」
何度味わっても新しい神聖魔法の魔法書を手に入れると感動する。そして新しい魔法を覚えても感動する。やっぱりこれがあるから楽しいんだよね。
そんなことを考えつつ魔法書をパラパラとめくって読み進め、魔法書が灰になったところで僕の中にまた一つ新たな魔法が加わった。
「これは!」
はやる気持ちを抑えながら、とりあえず魔法を使ってみることにする。
心を落ち着かせ、静かに呪文を詠唱していく。
「それは新たなる世界。開け次元の
その瞬間、体中の魔力が全て抜け落ちるように右手に集まっていくような感覚に襲われる。
「なっ! ちょっと!」
なんて魔法だ! もしかして、全ての魔力を消費するのか!?
思わず膝を突き、必死に魔力を制御していると、右手から一気に魔力が放たれ――気が付くと、目の前に『穴』が出来ていた。
ほとんどの魔力を吸い取られ、冷や汗をかきながらそれを見上げる。
それは『穴』とはいっても円形ではなく、キレイな縦長の長方形。大きさは丁度、宿の部屋の扉と同じぐらい。そしてその穴の中には六畳ぐらいの白い空間が広がっていた。
そんなモノが僕の部屋の真ん中に出来上がっている。これはまるで――
「ダンジョンの裂け目のような……」
見た目は全然違うけど、なにもない空間に別の次元がいきなり接続されたようなコレは、どことなく裂け目のダンジョンの入口にある裂け目に似ている。そんな気がした。
少し気になって穴の裏側を見てみると、そこには白色のナニカがあった。
白色の長方形なナニカ。
ミスリル合金カジェルで裏側を触ってみると、硬くも柔らかくもない感触が返ってくる。
どうやらこちら側からは入れないらしい。
「なるほど……」
表側に戻り、空間に出来た穴の中を見る。
その空間は全てが真っ白で、光源がないのに昼間の屋外のように光に満ちている。
「さて……」
やはり、この魔法は……。
まぁ、とりあえず中に入ってみよう。
ミスリル合金カジェルを白い空間に突っ込み、その床をコンコンと叩いてみる。
硬いけど金属とも陶器とも違う不思議な感じ。少し強めに叩いても破損するような様子もない。
意を決し、ゆっくりと片足を白い空間に入れ、そしてもう片方の足も入れる。
「……特に問題はナシ、か」
裂け目のダンジョンとは違い、こちらの空間に入った時の境界を感じることもなく、空気感が変わったような感覚もない。普通に隣の部屋に入っただけのような自然な感覚で、宿の部屋も中から見えるし音も聞こえる。
ただ、実際には別の空間だからなのだろうけど、宿の部屋では聞こえていた周囲の雑音が小さくなり、まるで防音ルームに入った時のように感じた。
「……これは、ひょっとして、ひょっとするのか?」
◆◆◆
翌日。朝からダンジョンに入り、一階で軽く所用を済ませる。
それからダンジョンを出て情報収集と物資の買い込みを再開。
大量の物資を買い込みたいけど一気に買うと不自然なのでこうしてるのだけど。やっぱり面倒ではある。
そうして太陽が傾きかけた頃、もう一度ダンジョンに入って一階の角の方にある森の中で足を止めた。
「ここでいいかな」
マギロケーションで周辺に人がいないことを確認してから呪文を詠唱する。
「それは新たなる世界。開け次元の
魔法が発動すると二割ぐらいの魔力が抜けていく感覚があり、目の前に白い部屋への入口が構築されていく。
不思議なことに一回目は全ての魔力を消費したのに二回目からは二割ぐらいの消費魔力で済んでいる。とはいってもこのダンジョンに来る前の、レベルアップする前の僕ならこの消費量は少しキツかったと思う。
そうこうしている内に白い空間への扉が開かれ――その中で寝転がっていた四体のゴブリンがガバっと起き、こちらを向いた。
「やあ、おはよう」
そう声をかけるとゴブリンブラザーズは一斉に立ち上がってこちらに突進してくる。
うん、ゴブリンらしい行動だね。実に模範的なゴブリンだ。
それをミスリル合金カジェルで丁寧に潰していって、白い空間から放り出す。
「うっ……あ~、好き放題しちゃって……」
白い空間を見ると、ゴブリン達が残したであろうブリブリしたモノとかジョバジョバしたモノが散乱していて悪臭を放っていた。
それらを浄化でキレイにしていき、しみじみと思う。
「持ってて良かった浄化魔法!」
改めて浄化魔法様に感謝をしつつ、キレイになった白い空間を眺めて考える。
これは、来てしまった、と。
今回のゴブリンを使った実験は一つ。この白い空間の中に入れた生物がどうなるのか、だ。
今日、朝一番にダンジョンで四匹のゴブリンを捕獲し、白い空間に入れて空間を閉じ、それから夕方まで放置した。でも、ゴブリンは生きていた。つまり空間を閉じても中の生物に悪影響は恐らくないし、酸欠も大丈夫っぽい。それに幸か不幸か中の時間は停止せずに流れ続けている。
「後は、この実験だけだな……。よしっ!」
今度は僕が白い空間に入り、扉に向けて右手を掲げ「閉じろ」と言いながら念じる。
すると長方形だった扉が歪みながら収縮していき、やがて消え去った。
真っ白な空間に静寂が訪れる。
ここには僕の呼吸音と布が擦れる音しかない。
マギロケーションも完全に遮断され、この空間以外を探知出来なくなった。
よしっ。問題なく呼吸も出来るし体は正常。あとは……。
もう一度、さっきまで扉があった場所に右手をかざし、今度は「開け」と言いながら念じる。
するとなにもない空間が歪み始め、また扉が出現していく。
そうして出来上がった扉の向こう側にはさっきまで見ていた森の景色がある。
「成功だな」
外に出てそう呟く。
空の色からしても、時間もそれほど経っていないだろう。
完全に成功だ。
この魔法があれば、恐らく安全にこの中で野営出来るはず……。そう……出来てしまうはずだ。
「さて……どうしたものか」
人はいつも自分に可能な範囲の中から行動を選択していく。
基本的には選べる選択肢が多いほど可能性は広くなるのだけど、選択肢が増えるほど選択が難しくなる。
昔、どこかの偉いサッカー選手が『PKを外せるのはPKを蹴る勇気を持った者だけだ』と言っていたけど。まさに、そんな選択肢が最初から存在しなければなにも起こらないのに、選択肢が存在してしまうからこそリスキーな選択肢を選んでしまって失敗してしまうこともある。だから難しい。今の僕のように。
そう考えながらダンジョンを出て冒険者ギルドに向かう。
空が茜色に染まったこの時間帯の冒険者ギルドは冒険者が多く帰ってきていて情報収集には丁度良い。
依頼が張り出された掲示板を見ると依頼価格が前より全体的に上がっている気がした。やっぱり品不足によるインフレが始まっていると考えるのが妥当なのだろうか。
それから酒場エリアに行き、誰かから話を聞きながら一杯やろうかと思っていると。
「おう、久し振りじゃねぇか」
「ダムドさんじゃないですか。久し振りですね」
窓際のテーブル席で飲んでいたダムドさんに声をかけられた。
ここ最近は魔石を売ってなかったので冒険者ギルドに行くことがほとんどなく、ダムドさんと会う機会がなかったのだ。
「最近、見ないからよ、もう別の町に行っちまったのかと思ったぜ」
「あぁ……ちょっと五階村の方に用事がありましてね」
適当な言い訳をしつつ、マスターにエールを注文しようとするとダムドさんから「まぁ待て」と止められる。
「今日は俺が奢るからよ。まぁ飲めよ。親父! エールと肉だ」
「そうなんですか? なにが僕に聞きたいことでも?」
なんだか僕がダムドさんから奢られるなんて新鮮な感じがして不思議だ。
と、同時に彼が僕に奢るということに少し身構えてしまう。
「そうじゃねぇよ。お前、バルテズのところの嫁を助けてくれたんだってな?」
「バルテズの嫁……バルテズ?」
「アドルの母親だ」
「あぁ! ……まぁ、そんなこともありましたかね」
なんとなく、神聖魔法を使って治しているので正直に『はい』とは言い難く、少し濁してしまった。
「だからよ、お前と会ったら一杯、奢ってやろうと思ってな。まぁ飲めよ」
「それじゃあ、いただきます」
テーブルに運ばれてきたエールをグイッと飲む。
たまにはこんな日もいいね。色々と考えなきゃいけない問題は山積みなのだけど、こんな日があってもいい……。
「バルテズはな、良い奴だったんだ。俺達の憧れでもあった。それがあんなことになっちまって……」
あんなこと、とは例の『失踪』だろうか。
「そんなあいつの大事なものを救ってくれて、ありがとよ……」
「僕は自分に出来ることをやっただけですから……」
「それでもだ」
ダムドさんがエールの入ったカップを掲げたので僕もカップを掲げ、それを互いにぶつけあった。
ダムドさんの目には少し光るモノがあり、僕も少し思うところがあった。
ここのダンジョンの攻略は、リスキーだ。仮に上手くダンジョンをクリア出来たとしても、クリアしたのが僕だとバレるとバルテズのように命を狙われるかもしれない。そんなクリア報酬は流石に僕の手には余る。
……しかしここを逃すと僕がダンジョンをクリア出来るチャンスなんてもうないかもしれない。
ここがアンデッドのダンジョンだからこそ、ここまで楽に攻略出来ているのであって、普通のモンスターが出るダンジョンだとこうはいかない。
お酒も入り、様々な考えが頭に過る。
もう完全に諦めていたダンジョンクリアにホーリーディメンションという希望がひょっこり誕生してしまったことで欲が出てきてしまったのだ。
希望とは、人が生きるための原動力だが、時には毒にもなるのだけど……。
「そうだった。お前に渡そうと思っていた物があってな」
「渡す、物?」
ダムドさんが腰のポーチをゴソゴソと漁り、中からクシャっとした紙を何枚か引っ張り出してテーブルの上に置いた。
「これだ」
ダムドさんは顎をしゃくり、僕に手に取るように促す。
なのでそれを手に取り、一番上の一枚を確認していくと、そこに書かれていたのは地図で、よく見ると知っているような地形があったりして――
「これって!」
「シッ! 大声を出すな」
ダムドさんが声を潜め、周囲を確認するように目を左右に走らせた。
そして告げる。
「それは、バルテズが最後に残した……ダンジョン最深部の情報だ」
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