第251話 聖なる次元

 戦争? 今、このタイミングで?


「……それってアルメイル公爵がグレスポ公爵か……シューメル公爵に仕掛けるって話ですか?」

「まぁ、戦争ならそうだろう。あそこはこの前、一発やりあって疲弊してるしな」


 また、か……。どうなってるんだこの国は。いくらなんでも仲が悪すぎでは? よく今まで国として成立出来てたな……。だけど彼が言ったように理由としてはありそうだ。戦争で疲弊した両公爵に横槍を入れる。確かにチャンスだろう。

 ……僕は、どうすればいい?

 すぐに国から脱出する?

 だけど、僕も一応は黄金竜の爪に所属しているのだし、アルノルンに戻ってシューメル公爵に知らせるべきか? いや、彼らなら僕が知らせなくても、それぐらいの情報ならすぐに手に入れるだろう。

 今はちょっと判断出来ない。とりあえず情報収集のためにも一旦アルッポに戻るべきか。

 そう考え、あまりお酒も飲まずにすぐに寝ることにして、翌日。五階村を出て四階に入り、三階の野営地で一泊してまた翌日、アルッポの町に戻ってきた。

 裂け目を抜けてすぐ目にしたいつも通りのアルッポの町にちょっと安心する。

 なんとなく、戻ってきたらこの町が変わってしまっているのではないかと思ってしまっていたんだ。

 時刻は既に夕方の少し前。もう遅くなってきているけど、今回は今から物資の買い足しに行くことにする。

 足早に広場を抜けて市場に向かい、いつものお店を中心に品物を物色していく。が……。


「……ちょっと高いな」


 詳しくデータを取っていたわけではないので正確な数値は分からないけど、主に食料品を中心にどの商品も少し値上がりしている気がする。


「すみません。これ、ちょっと高くないですか?」

「あぁ? これが適正価格だよ! 最近よく売れるからな!」


 少しキレかけた店主をなだめ、食料品を中心に物資を買い込んでいく。

 店主らの反応や町の雰囲気からすると、一般人レベルではまだ戦争ムードという感じにはなっていないっぽい。しかし、商品が値上がりしているということは、一部の誰かが『ナニカ』の理由で商品を買い込んでいる可能性が高い。


「……さて」


 状況的に、行動を起こすなら今だろう。

 今ならまだ国外に脱出することも出来そうだし、アルノルンに戻ることも可能。

 もし仮に戦争が始まるとすると、人の行き来が制限される可能性があるし……。それに僕なんかはシューメル公爵側に見られてもおかしくない立場だから、万が一のこともあり得る。

 でも、僕にとってこのダンジョンは二度とないかもしれない大チャンス。可能な限り留まってレベルを稼ぎたいのが本音。


「どうしたものか……どうすればいいと思う?」

「キュ?」


 いつもは僕の言葉を理解しているような顔をするのに、こういう時には動物のような顔をするんだから……。いや、動物なんだけど。

 とりあえず今日はもう遅いから休もう。そして明日、もう少し情報収集をしてから判断しよう。


◆◆◆


 翌日。朝から情報収集をしていく。

 まずはいつもの鍛冶屋に行って、ミスリル合金カジェルの調整がてら話を聞いてみることにした。


「ん? 最近どうだって? そりゃあ絶好調だぜ! いつもより武具が売れまくってるからな! そうだ! あのオーガメイスも売れたんだぜ! やっぱり見る目がある奴はいるもんだ!」

「なるほどなるほど……。あのオーガメイスまで売れるとなると、相当な武具不足って感じですか」

「ははっ! ……どういう意味だおい」


 あの桃太郎に討伐されそうな見た目の武器ですら売れるとなると、予想以上に武具不足は深刻なレベルになっているのかもしれない。いや、もしかするともっと単純に金属不足なのかも?

 店主に礼を言って店を出て、錬金術師の店に向かう。


「最近の景気か? 良いぞ。属性武具の製作依頼も増えてるしな」

「なるほど……」

「あぁ、だから魔力ポーションの製作にはいつもよりかなり時間がかかる。必要なら早めに言ってくれ」

「分かりました」


 店主に礼を言って店を出た。

 そうか、そうなるか……。こうなると暫くは『魔力ポーションガブ飲み作戦』が難しくなるかもしれない。となるといつものような狩りがしにくくなる。

 それにしても、彼らには『これから戦争になるぞ!』という空気感がない。つまり、まだこの町ではそこまで大きな兆候はない、ということだろうか。もしくは戦争なんてただの杞憂で終わるのかもしれない。


「……判断が難しいな」


 やっぱり下々の我々が手に入れられる情報から上の人らが判断するモノを予想するには限界がある。

 さてさて、どうしようか、と考えながら帰り道を歩いていると、教会の中に人だかりが出来ているのが見えた。


「なんだろう?」


 気になったので教会の敷地に入って様子を伺ってみる。

 人だかりを掻き分けて前で出てみると、群衆の前にいたのはキレイに整列した白い鎧を着た騎士達。聖騎士だ。

 その数は一〇、二〇……いやもっといるだろう。

 これからなにが起こるのだろうか? と考えていると、一人の聖騎士がこちらに向き、声を上げた。


「皆の者、聞けぃ!」


 その声に、周囲で騒いでいた群衆が静まり返る。


「我々、テスレイティア様を信ずる聖騎士団は永きにわたり魔王と戦ってきた――」


 彼の長い演説を要約すると、魔王によって人類が今まで苦しめられてきたけどそれを教会と聖騎士が救っている的な話だった。それ自体はよくある話というか、自らの団体の功績を喧伝する的な演説だったのだけど、彼の次の言葉に僕は驚きを隠せなかった。


「ようやく時は来た! 我々は、このアルッポの魔王のダンジョンを――消滅させる!」


 その瞬間、彼の後ろにいた聖騎士達が拳を振り上げ「オォー!」と叫ぶ。

 彼らの気迫に圧倒され、誰もが言葉を失っている中、群衆の中から誰かが「聖騎士団! 万歳!」と叫んだ。すると次第に群衆の中からまばらに拍手がおき、それが大きなうねりとなって群衆に伝播していった。そして彼らは熱を帯びていく。

 それが頂点に達した時、演説をしていた聖騎士が手を前に掲げた。すると群衆はゆっくりと静まっていく。


「我々がダンジョンに打ち勝てるのか、不安に思っている者もいよう。しかし! 心配する必要はない!」


 演説している聖騎士が振り向くと、後ろに控えていた聖騎士が前に出て、豪華そうな宝箱をうやうやしく両手で掲げた。

 聖騎士はその箱を開け、中から丸い物体を取り出す。

 それは人の拳ぐらいの球体で、太陽の光を浴び、輝いていた。


「とくと見よ! これは聖なるオーブ。闇の者共を退ける、神より授かった聖遺物だ!」


 聖騎士がそう叫ぶと、群衆の中から「おぉ……」といった感嘆の声が漏れる。中には地面にひれ伏して崇める者や、両手を握って祈る者もいる。周囲は異様な空気に包まれていく。


「今回、この魔王のダンジョンを消滅させるため、聖女ミラアリア様より借り受けた! これがある限り、我々聖騎士団に敗北の文字はない!」


 聖騎士がそう叫ぶと、群衆がドッと沸き上がった。

 まるで人気アイドルのライブのような熱狂。それがあの玉にはあるのだ。


「チッ! クソッ!」


 ふいにそんな声を聞き、声の方を見ると、少し離れた場所に公爵の五男、ポーリがいた。

 彼は踵を返しながら横の男に「おいっ、例のアレを急がせろ! 時間がないぞ!」と言い放ち、そのまま門の外に消えていった。

 どうして彼がここに? と不思議に思いつつポーリを見送りながら周囲を観察し続けると、確かに群衆は熱狂しているように見えるけど、全ての人が熱狂しているわけではないことが分かる。ポーリのように、苦々しい顔をしている者も多くいる。


「……そうか」


 この町は既にダンジョンを中心に完成してしまっている。

 ダンジョンがなくなっても町をこのまま維持出来るとは思えない。そうなると、多くの人々の人生に影響を与えるだろう。

 それを望まない人は少なくない、ってことかな。そりゃこの町に家や店を持って生活して、基盤を築いている人にとっては、その核となっているダンジョンが消えるなんて容認出来ないだろう。しかし――


「これはまいったな……」


 聖騎士団が本当にあの玉でこのダンジョンをクリア出来るのかは分からない。

 もうこのダンジョンは何十年も存続し続けているらしいし、そんな簡単にクリア出来るならどうして今になって? という疑問があるから、あの聖騎士の話を鵜呑みにはしない方がいいとは思うけど。でも、彼らが本当にクリアしてしまうなら、ますます僕がダンジョンをクリア出来る可能性が消えてしまったし、彼らによってダンジョンがなくなるならこの町に残る意味すらなくなってしまう。


「う~ん……完全に終わりかな?」


 この町での冒険者生活がね。

 ダンジョンの奥に進む方法がなく。ダンジョンの奥の情報もなく、仮にダンジョンをクリアすれば公爵に恨まれ。戦争で町を離れなければならない可能性も出てきたし。ダンジョンをすぐにクリア出来そうな勢力も出てきた。

 こうなってしまうと気長にレベル上げをして、公爵の対処法は後で考えよう的な方法も難しい。ダンジョンが消滅してしまうなら意味がないからだ。

 でも、これで色々と見えてきたモノもある。

 どうしてポーリが――アルメイル公爵家がこのダンジョンをクリアしようとしていたのか。

 恐らくだけど聖騎士団が本気になったことにいち早く気付いたからではないだろうか?

 つまり、聖騎士団にクリアされてアーティファクトを取られるなら、自らの手でクリアしてアーティファクトを手に入れた方がマシ的な感じとかね。そう考えると一応の辻褄は合う。

 今となってはどうでもいい話だけどね……。


「とりあえず、町を出る方向で考えよう」


 それからどこに向かうかは決めてないけど、とりあえずはそれで良さそうだ。

 そう決めて踵を返し、教会の敷地から出た――ところで思いがけない人物から声をかけられた。


「お兄さん!」


 アドルだった。


「久し振りだね」

「最近、見なかったけど、どうしてたの? 実はさ、お母さんがお兄さんにお礼がしたいから家に連れて来てって言ってるんだ」

「あぁ、お母さん、良くなったんだね」


 なんとなくホッとした気持ちになる。

 アドルのお母さんに治療は施したけど、それで完全に良くなるかは自分でも経験が少なくて分からなかったしね。


「ねぇ、お母さんが絶対に連れて来てって言ってるんだ。来てよ!」

「お礼とか別にいいのに……」


 とか言いつつ、アドルに押し切られる形で彼の家に向かった。

 前と同じ道を辿って家に着くと、アドルが勢いよく扉を開ける。


「ただいま! お母さん!」

「こらっ! そんなに強く開けたら扉が壊れるって……あら?」

「お母さん、このお兄さんがお母さんを治してくれた人!」

「まぁ! さぁさ、上がってください。お茶でも入れますから!」


 と、勧められるままに家に上がり、席についた。

 家の中は以前とは打って変わり、なんだか明るくなったような感じがした。

 前は手入れが行き届いてない部分が目立っていたけど、全体的にキレイになって、モノがきちんと整理されるとここまで印象が変わるんだな、と思った。


「改めまして、アドルの母のララです。この度は治療していただき、本当にありがとうございました。本来ならお礼をしなければいけないのに逆にお金まで貰ったようで……。本当にありがとうございます」

「いえ、困っている人がいて、たまたま僕が助けることが出来ただけですから……」


 僕の能力はたまたま神的なモノから貰っただけのもので、いうなれば『運が良かっただけ』とも言える。

 まぁ、あの白い場所に飛ばされたことが運が良かったのかは別として……。

 もし、これが生まれた時から持ち合わせた才能なら、僕もこれを『自分の能力』だと思い、得た能力を『自分の努力によるモノ』だと誇ったかもしれない。でも、僕はあの白い場所で自ら能力を選び、誰かにそれを与えてもらった。それが分かるからこそ、この能力のことを誇りにくいと思ってしまうのかもしれない。


「出来ればお礼をしたいのですが、あいにく家には蓄えもなくて……。なので夫が昔、使っていた道具の中で使えるモノがあれば貰っていただけないでしょうか?」

「いや、そこまでしていただかなくても……。あの、旦那さんって、その……」

「はい。夫は冒険者をしていたのですが、何年も昔に依頼を受けて出て行ったきり、帰ってこなくて……。夫が残した物の内、お金になりそうなものはほとんど売ってしまったのですが、彼は『アルッポの栄光』という名の昔はそれなりに名の通ったパーティでリーダーをしていた冒険者でしたから、まだ使える物も残っていると思います」

「アルッポの栄光……」


 どこかで聞いたことあるような……。

 あっ! ダンジョンをクリアしかけて公爵に目を付けられた例のパーティか!


「その道具、見せてもらえますか!?」

「は、はい! アドル、お父さんの部屋に案内してあげて」

「うん!」


 アドルの案内で家の奥側にある部屋の前に着くと、アドルが「ここだよ」と言いながら扉を開けた。

 中は四畳ぐらいの空間になっていて、壁沿いにはいくつか棚が設置されてあり、よく分からない物が並んでいる。

 パッと見た感じ、剣とか盾はない。恐らくそういった分かりやすそうな物は真っ先に売られたのだろう。

 だが、この部屋が例のアルッポの栄光のリーダーの部屋なら、彼らは確かAランク冒険者パーティだったはずで、もしかすると、とんでもない掘り出し物があるかもしれない!

 ……が、仮にそんな物が見付かったとしても、それを貰っていくことはしたくない。こんな貧しい家から金目の物を貰っていくとか流石に良心が痛む。

 では僕がこの部屋に入った目的はなにか? それは情報だ。

 Aランク冒険者なら様々な情報を持っていた可能性がある。世界各国の情報や、魔法とか武術の情報。それに、もしかするとここのダンジョンの情報も。

 そう考えて部屋の中を物色していく。

 棚の中にあるロープやナイフを確認しては棚に戻す僕を見てアドルが不思議そうに首を傾げているけど、お構いなく探索を続ける。

 手触りの良い布の服。頑丈そうな糸。皮の紐。鎧のパーツらしき物。剣の柄。よく分からない箱。そして――僕の未来を変えるであろう、予想もしていなかったモノ。


『ホーリーディメンションの魔法書』

『神聖魔法の魔法書』

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