第250話 消滅と終了のお知らせ
「どういう……ことです?」
「……お前はこのままじゃ『気付く』前に先に進んじまいそうだからよ、教えておいてやるがな。このダンジョンは……クリアされると――消滅する」
それを聞いた瞬間、心臓がドクンと跳ね、様々な情報が酔った頭の中を駆け巡る。
「えっ……」
クリアするとダンジョンが消滅する? それは初耳だけど、つまりどういうことだ? それでどうなる?
ヒボスさんが『止めておけ』と言うなら、それと関係あるはずで。ダンジョンが消滅するとなにかの問題が起きるはずで。しかしその問題は想像しきれないぐらい無数にあるはずで……。
色々とありすぎて考えが一瞬ではまとまらない。
「このダンジョンはアルメイル公爵家の重要な資金源だ。ダンジョンがクリアされるとそれを全て失う。後は分かるだろ?」
「……」
「だからよ、それに気付いた冒険者は、アルメイル公爵に目を付けられないように慎重に動く」
そう言ってヒボスさんは葡萄酒の入ったカップをクルクルと回した。
「いや、ちょ、ちょっと待ってください! ちょっと疑問が多すぎて頭が追いつきません!」
このダンジョンはクリアされると消滅する。それは分かった。そして、そうなるとアルメイル公爵家が困ることも理解した。だからダンジョンのクリアがマズそうなことも。それはかなり厄介な話で大問題なのだけど。しかし、だとすれば様々な疑問が湧いてくる。
なので暫く軽く頭を整理して疑問をぶつけてみた。
「まず、さっき話を聞いた冒険者の中には既に八階まで攻略してるグループがいましたし、彼らは明らかにダンジョンのクリアを目指してましたよね? 彼らはまだ気付いてないってことですか?」
「いや、あいつらは特別だ」
「特別?」
「奴等はゴラントンに拠点を持つクランの『ゴラントンの剣』だ。グレスポ公爵の後援を受けている。アルメイル公爵も表立っては奴等の行動を制限しにくい」
なるほど……。この国の三公爵の内の一つ、グレスポ公爵の後ろ盾があるからアルメイル公爵でも手を出せないのか。……いや、そうなるともっと疑問が出てくる。
「この国の三公爵は仲が悪いのでは? この地でグレスポ公爵の後ろ盾なんて意味があるんですか? むしろ目の敵にされそうですけど」
僕だってむしろ逆効果だと思って黄金竜の爪のバッチを外してるんだしさ。
「普通なら、な」
「普通なら、ですか?」
「教会が言うにはダンジョンは魔王が作ったらしい。だから教会は積極的に潰そうとしてんだ。いくら公爵でもダンジョン攻略を邪魔すれば魔王の仲間扱いされかねん」
「なるほど」
整理しよう。
アルメイル公爵は金のなる木であるこのダンジョンを維持したい。
教会は魔王が作ったとされるダンジョンを破壊したい。
グレスポ公爵はアルメイル公爵の資金源になっているこのダンジョンを破壊したい?
冒険者達はどこかの後ろ盾がないとダンジョンのクリアが出来ない。しかしダンジョンクリアは冒険者の憧れ。
冒険者ギルドは……まだよく分からないけど、収入源であるダンジョンの維持を望んでいるのかも?
ダンジョンは地域の経済を活性化させる。ダンジョンから出るアイテムは貴重だし、金になるし、食料にもなる。それはエレムの町を見ていても感じていたけど。特にこのダンジョンの場合、硬貨が直接出るのでもっと非常に重要な意味を持つのかもしれない。
つまりこのダンジョンは、無限に湧き出る金鉱山のようなモノ。本物の金鉱山はいつかは枯れるけど、ここから湧き出るお金は恐らく無限。……まぁ、実際にどうかは分からないけど、そう思われている気がする。
それに軍事では必須っぽいポーションもここで手に入る。それも大きいはず。
それらの恩恵がダンジョンのクリアで全て消える。その影響は計り知れない。
……なんてこった。ダンジョンのクリアで名声を得ようと考えていたけど、この感じだと名声以上にアルメイル公爵からの恨みを多く得そうだ。
そんなオマケはいらないんだが?
しかし、だとすれば、大きな疑問が残る。
「では、公爵家の五男はどうしてここにいるんです? 彼は確か『このダンジョンをクリアする』と宣言していませんでした?」
そう。あのポーリとかいう公爵家の五男は、確かにここでダンジョンをクリアすると宣言した。
公爵がこのダンジョンを維持したいのなら、彼の言葉は公爵家とは真逆。その意図が分からない。
僕の質問にヒボスさんは大きく息を吐き、葡萄酒を呷ってから答えた。
「……そこが分からねぇんだ。だから怖ぇ。公爵がおかしくなってダンジョン攻略を始めたのか。それかあの五男が公爵とは別で動いてるのか。ここの冒険者の悩みの種だな」
なるほど……それでか。
確かあの時。ポーリがダンジョンをクリアすると宣言した時、周囲の冒険者達が驚いた顔をしていた。
まさか公爵家の人間が『このダンジョンをクリアする』なんて言うとは思わなかったんだ。
しかしポーリの意図が分からない。まさか本人に聞くわけにもいかないし、確かめようがない。
が、そんなことより重要なことは……。これでダンジョンクリアは詰み、ってことだ。
もう僕がこのダンジョンをクリア出来そうな要素がない。
「諦めるしかない、か……」
思わず言葉が漏れる。
ダンジョンのクリアは目標の一つだったけど、こうなると諦めるしかない。悔しいけど、今の僕にはこれが限界。
でも、このダンジョンが僕にとって物凄く旨いことは変わらないし、当面はここで粘るのが正解だよね。残念だけど、ここは他の冒険者と同じように、目立たないように公爵の顔色を伺いながらレベルを上げよう。
「親父、もう一杯」
「こっちも一つ」
「はいよ」
速いペースで葡萄酒を飲み干していく。
こんな日は飲まないとやってられないわ!
「まぁ、諦めるのが正解だぜ。ダンジョンのクリアは冒険者なら一度は夢見るが、そんなこと誰にでも出来るもんじゃねぇ。ほとんどの冒険者がいつかは夢は夢として諦めるもんだ」
「……ヒボスさんも、ですか?」
なんとなく、そんな悪い質問をしてしまっていた。
夢を諦めるように言われ、少しカチンときたのかもしれない。
ヒボスさんは「そう、だな……」と小さく言い、葡萄酒を呷る。
「昔『アルッポの栄光』というパーティがいた。奴等は破竹の勢いでこのダンジョンを攻略していき、遂に九階まで到達した。奴等ならこのダンジョンをクリア出来る。誰もがそう思ったはずだぜ」
「……」
「だがそれまでだった。奴等は九階に到達した後すぐ、公爵の依頼でどこかに行っちまって……そのまま帰ってこなかった。そうなってから俺達はようやく気付いたわけだ。公爵はこのダンジョンを守るためならどんな手段でも使うってな」
「……その冒険者の失踪にアルメイル公爵が関わっていると?」
「奴等の中には家族をこの町に残してる奴もいたんだぜ? それがあの日からいきなり消えちまったんだ」
つまり、このダンジョンをクリアしそうな冒険者が現れると公爵に消されると、この町の冒険者達は疑っているということか……。証拠なんて存在しないだろうから断言は出来ないけど、状況証拠的には恐らく間違いないと。
「とにかく、そんなモノを見ちまったら諦めもするってもんだ。そうだろ?」
「……そうですね」
なんかもう、完全に終了だね。これは。
僕がダンジョンクリアを目指して良さそうな理由が一つもなくなった感じ。
今の僕が公爵家と争えるとは思えない。公爵家が九階に行くようなパーティをどうにか出来る力があるのなら、僕にどうこう出来るはずがない。
無理&無理で無理無理。
なんだかやる気がなくなって、カウンターテーブルに突っ伏した。
「……でも、そこまでしてダンジョンを守ったのに、公爵の五男はクリアしようとしてるんですよね?」
話を聞けば聞くほど、そこが分からなくなる。
「……もしかするとよ、アーティファクト……かもな。……いや、ないか」
「ん? アーティファクトですか?」
起き上がってヒボスさんの方を見ると、彼は少し考えるような顔をしてから話を続けた。
「いや……。ダンジョンをクリアするとアーティファクトが手に入る……らしいからな。だがどんなアーティファクトが手に入るかは分からねぇ。当たればデカいが、ハズレたら公爵の損がデカすぎる。流石にやれねぇだろう」
「へぇ……」
アーティファクトかぁ……。僕も手に入れてみたいな~。
黄金竜の巣で手に入れたアーティファクト『真実の眼』は強制的にシューメル公爵に売却されてしまったし、やっぱりああいったしがらみがあると個人でアーティファクトを手に入れるのは難しいんだよね。
まぁ、あのアーティファクトは僕が持っていても使い道がなかったからいいんだけど。
……とにかく、僕が夢を見る時間は終わったのだ。それは間違いない。
◆◆◆
それから数日後。いつものように六階で狩りをして五階村に戻ってきた。
なんだかんだありつつ僕の生活は変わっていない。やっぱり僕にとってこのダンジョンが美味しいことには変わりがないし、今日もアンデッド相手にウマウマしている。
あの頃の夢とやる気に満ち溢れてベンチャー精神を持った僕はもういないが、高給取りのエリート社畜サラリーマンの僕はここにいる。もはや夢はないけど、高効率高経験値だしそれでいいじゃん! 的なね。これはこれで幸せなモノですよ、はい。
今日は非番なのかヒボスさんではない門番に金貨一枚を払って村の中に入り、いつものように宿に向かおうとしたところで公爵家従士団の壁が目に入る。
そこに貼られていた紙には『ダンジョン産下級ポーション 金貨八枚買取 アルメイル公爵家従士団』と書かれていた。
「金貨……八枚?」
前に見た時はもっと安かったはず……だよね? どうしてこんなに値上がってるんだ?
不思議に思いつつ宿に向かい、部屋を取ってから酒場に入る。
すると雰囲気がいつもと違うように感じた。なんだかこう、緊張感があるような……。
「なにかあったんですか?」
顔馴染みの冒険者を見付けて聞いてみる。
「いや、なにかがあったわけじゃねぇが……ポーションの買取価格が上がってただろ? それがキナ臭いんじゃねぇか、って話になってる」
「……キナ臭い、ですか」
冒険者の男は周囲を少し伺う様子を見せ、そして囁いた。
「あぁ、戦争じゃねぇか、ってな」
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