第249話 サモンフェアリーとリゼロッテ
いつものように立体魔法陣が目の前に出来上がり、そこからリゼが現れた。
「こんにちは!」
「うん、こんにちは」
「キュ!」
いつの間にか起きてきたシオンも元気に挨拶している。
「今日はダンジョンの中で呼んでみたんだけど、大丈夫だった?」
僕がそう聞くと、リゼは首を傾げながら「うん?」と言った。
どうやらよく分からないらしい。でも恐らくダンジョンの中でも問題はないのだろう。もしかするとダンジョンそのものについてすらよく分かっていないのかもしれないが。
「……実は、今日はちょっと聞きたいことがあってさ」
「どうしたの!?」
「あのね、どうやったら僕がこのダンジョンをクリア出来るのか、分かるかな?」
そう聞くと、彼女はまた首を傾げながら少し考え、答えを出した。
「う~ん……分かんないよ!」
「わか……らないか」
そうか……。いや、これは……僕の聞き方が悪かったのかな? ダンジョンのクリアという様々な要素が絡みそうなモノを聞いても答えを言葉にするのは難しいかもしれない。もう少し具体的に、狭い範囲のことについて聞くべきかも。
「あ~……じゃあさ、僕はどうやったらダンジョンで野営が出来るか分かるかな?」
「……分かんないよ」
これでも範囲が広すぎるのだろうか?
顎に手を当て考えていく。
それならもっと具体的な……そうだな、魔道具のことについて聞いてみるのはどうだろうか。
「じゃあさ――」
更に質問を続けようとリゼの顔を見て――後悔した。
彼女はうつむき、悲しそうな顔をしていた。
僕は目を閉じて、大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐き出した。そして気持ちを整える。
そうなんだ。そうだった。僕はこの魔法、サモンフェアリーが道を示してくれると分かっていても、出来るだけ『その用途』で使いたくない、という想いが頭にずっとあった。
サモンフェアリーは、リゼの予知は恐らく――完全ではない。
彼女は、全てが見えているわけではない。見えるモノだけ見えている。僕がどう聞いたって彼女に分からないことは分からない。
薄々そうじゃないかと感じてはいたんだ。
もし、彼女の予知に頼って、頼って、頼って、頼りきって。そして重要な場面で彼女が僕の問いに答えられなかったら?
僕はその時、どんな顔をするのだろうか。そしてその僕の顔を見たリゼはどんな顔をするのだろうか。
彼女は期待に応えられなかった自分を責めるかもしれない。僕の力になれなくて悲しむかもしれない。
なんとなくずっと、そんな怖さが漠然とあったのだけど……。その答えがここにある。
僕は今――どんな顔をしていた?
「……ごめんね」
リゼが小さく呟いた。
そのか細い声に思わず左手で目を覆う。するとその手をシオンがバシンッと叩く。
シオンにまで叱られるとは……情けないもんだ。
「いや、リゼは悪くない。僕が悪いんだ。無理なことを聞いて、ごめんね。……そうだ! アルッポの町で買った乾燥フルーツがあるんだ! 皆で食べよう!」
「……うん!」
「キュ!」
背負袋から乾燥フルーツを取り出し、ようやく笑顔を見せてくれたリゼと一緒に湖畔で食べた。
やっぱり誰かに勝手に期待して勝手に失望するなんて良くない。そんなことはするべきじゃない。
彼女が道を示してくれなくても、それで彼女に失望するのはやっぱり違う気がする。例えサモンフェアリーがそういう魔法であったとしても、リゼは魔法じゃない。リゼはリゼなのだから。
そう思いながら広がる湖を見つめ、乾燥フルーツを口に放り込んだ。
◆◆◆
「お疲れ様です。この後、一杯やりませんか?」
「お前から誘ってくるなんて珍しいじゃねぇか。いいぜ、もう今日は終わりだからよ」
釣りを終え、リゼと別れ、五階村の門前で門番をしていたヒボスさんに大量の魚を見せながら聞くと二つ返事でOKを貰えた。
「で、そいつは湖の魚か? 食えんのかよ?」
「食べられますよ。僕はもう何度も食べてますしね」
そう返すとヒボスさんは顎に手をやり少し考える素振りを見せる。
「しかしいいのか? お前がたまに湖の周辺でコソコソやってたのは知ってたがよ。高ランク冒険者から情報を仕入れるために秘密で用意してたんだろ?」
……まぁそうなんだよね。ダンジョンマスの一夜干しとかを対価に高ランク冒険者から七階八階の情報が得られたらいいな~と思ってたんだけど、六階で足踏みするしかない状態だしさ。それに釣り針とか湖の魚が食べられるという情報もそろそろ広まってきてもおかしくないと思うし、そうなってしまったら対価としての価値はない。
でも一番大きいのは、ダンジョンをこれ以上、奥に進む方法が見付からず、モチベーションが落ちてきているのが大きい。今はダンジョン攻略に全てを賭ける! というよりは誰かと飲みたい気分なんだ。
「……まぁ、今はそういうのより、パーッと飲みたいかなって思いましてね」
「そうかい。そうだな……それじゃあ酒場の親父にそれ、焼いてもらうか。何匹か融通したらやってくれるだろ。酒は俺が奢ってやるから今日は飲もうぜ」
「おっ! 太っ腹ですね!」
そんな話をしながらお金を払い、村に入って酒場に向かう。
その時、なんとなく横をチラッと見ると、従士団の詰所の壁に貼られた『ダンジョン産下級ポーション 金貨六枚買取 アルメイル公爵家従士団』の紙に目が留まる。
なんとなく違和感がある気もするけど、そうでもない気もする。
「……気の所為かな」
そう思いつつ酒場に向かい、ヒボスさんの交渉によって酒場のマスターにダンジョンマスを焼いてもらうことになった。
「そうですそうです、塩はかけすぎと感じるぐらいで」
「これぐらいか?」
「あっ! それぐらいで」
「火は弱火なんだな?」
「はい」
そんな感じにマスターに焼き方を伝授しながら焼いてもらっていると、酒場全体に川魚の焼ける良い香りが充満してきて、周囲の視線が一気にダンジョンマスに集まってくる。
「……おい親父、俺にもそれ一つくれよ」
「親父! 俺にもだ!」
「これはそっちの客のモノだぜ。食べたけりゃそっちと交渉しな」
マスターがそう言いながらこちらに顎をしゃくると、魚に集まっていた視線が全てこちらに集まってきた。
やっぱり普段はカエルが昼飯であり、メインディッシュであり、前菜であり、つまみでもあるこの村の住人からすると、カエル以外の食材への食いつきは半端ない。
「おう、一匹頼むぜ!」
「俺にもくれよ!」
「私はその魚をスープに入れてほしいかも」
沢山の冒険者達が集まってきて魚を要求してくるが、多すぎて対処出来ない。
さて、困ったぞ……。
「まぁまぁ落ち着けよ。皆も知っているだろうが、こいつは最近頭角を現してきている期待の若手冒険者だ。しかし今は行き詰まっているらしくてな。どうだ? こいつが魚を振る舞ってやる替わりにお前らの話を聞かせてやる。これでどうだ?」
ヒボスさんはそう言った後、僕に「お前もそれでいいよな?」と聞いた。
事後報告じゃないか! とは思うけど、僕にとっては願ってもない提案だ。ここにいる高ランク冒険者の話はダンジョン攻略を抜きにしても聞いてみたい。
……しかし、僕が『最近頭角を現してきている期待の若手冒険者』だって? しかも『皆も知っている』って、僕のことはどこまで把握されているのだろうか? 最近はBランク魔石も売らないように気を付けて実力を隠す方向で動いていたんだけど……。
まぁそれは追々調べるとして、とりあえず了解しておく。
「えぇ、それでいいですよ。皆さん、よろしくお願いします!」
「おぉ!」
「話が分かるぜ!」
と、そんな感じで宴が開かれ、僕は先輩冒険者達から話を聞いていくことが出来た。
「ギルドにある六階の地図ではこの岩が中央に描かれているが、実際にはもっと東にズレている。実はこっちの大樹の方が中央に近いから、これを目指した方が早く七階に着ける」
「なるほど!」
「面倒だから誰もギルドに指摘してないだけで、ここの高ランク冒険者なら全員知っている情報だ。ダンジョンの深い階層の情報はこういった間違いもあるから気を付けるんだな」
「ありがとうございます!」
背負袋から取り出した紙と鉛筆で情報を書き留めていく。
六階は目印も少ないので完璧に地図を描くのは難しいとは思うけど、人の出入りが少ない深い階層の情報に関してはギルドの情報にも間違いがある可能性があるとしっかり記憶しておこう。
「最近は公爵家の動きが妙に活発でな」
「ほうほう……」
「教会も聖騎士の数が増えてきてやがる。どうなってんだか……」
「へー……」
とりあえずメモしていく。が、これがどう使えるのかは分からない。
「八階に潜られている、という話ですけど、八階が突破出来ない理由はどこにあるんです?」
「まぁいいか……。それはな――」
などなど……。ダンジョンの話。ダンジョン以外の話。様々な話を楽しく聞くことが出来た。
それは確実に僕の糧になっている。けど、やっぱり少し虚しさを覚える部分がある。
いくつかのパーティからは軽く勧誘があったけど、現状それは断るしかなかったし。しかし今の僕はソロでこれ以上、ダンジョンの奥には進めそうにない。
なのに本来なら欲しかったダンジョンの奥の情報を色々と聞けてしまった。
そういった虚しさだ。
そうこうしている内に宴も終わりに近づき、いくつかのパーティが上の階に消え、残りのパーティがグダグダとテーブル席で飲み続けている中、カウンターでヒボスさんと二人でジョッキを傾けていた。
「今日はありがとうございます。おかげで色々な情報が聞けましたよ」
「おう。いいってことよ。……だが、その様子じゃあ、まだ悩みは解決してねぇようだな」
「……そう見えます?」
「そりゃ顔に書いてあるからな。まぁ、話せる話なら聞いてやってもいいぜ」
いつもより酔った頭でヒボスさんの言葉を聞き、カウンターに突っ伏した。
アルッポの町に来て、ダンジョンに入って、この村に来て、僕はそれなりに頑張ったんだけどなぁ、とか。これからどうしよう……とか。色々な言葉が頭に浮かんでは消えていく。
そしてポロッと本音が漏れる。
「このまま頑張れば、いつかこのダンジョンをクリア出来るかも、なんてちょっと本気で考えてたんですよね」
僕のその言葉を聞き、ヒボスさんはグッと葡萄酒を飲み干した。
「親父、もう一杯」
「はいよ」
ヒボスさんはマスターから葡萄酒を受け取ると、それを片手でクルクルと回し、カップ内に渦を描きながら言葉を続ける。
「まぁ、その歳で、しかもソロで六階に入る奴なら本当にいつかこのダンジョンをクリア出来たかもな」
「そうですか……って、六階……いや、なんでそれが!?」
僕が六階で狩りをしていることは誰にも言ってないんだけど!
「おいおい、俺を誰だと思ってんだ? ずっとこの村の門を守ってんだぞ? 五階で狩りをする奴や四階で狩りをする奴は村から出て西に向かうんだ。東に向かう奴は大体六階に向かうことが多い。そしてお前は最近ほとんど東に向かっていた。簡単な話だろ?」
なるほど! いやいや、待て待て関心している場合じゃないぞ。
「……ちょっと待ってください。東に向かう奴は『大体六階に向かうことが多い』ということは、全てが六階に向かうわけじゃないんですよね?」
「そうだな。俺も確信はなかったぜ。さっきのお前の反応を見るまではな」
「……」
はぁ……カマかけてきたのか。
やっぱりお酒が入った席でこういった頭と気を使う話はするべきじゃない。シラフなら流石にこんなモノには引っかからないのに……。まぁ、僕が六階に行ってるということは現時点では出来れば隠したい情報だったけど、別にバレてもそこまで大きな問題はない情報だ。僕が本気で隠したい情報はこんなモノじゃないわけで、ソレがバレてないなら問題ない、大丈夫だ。
「まぁそう怒るなよ。これは俺が門番だから分かっただけで、他は誰も気付いちゃいねぇよ」
「……ならいいですけど」
そうして暫く沈黙が続いた後、ヒボスさんは口を開く。
「だがな、もしお前がこのダンジョンをクリア出来るとしても――止めておけ」
ヒボスさんはそう言って葡萄酒を呷った。
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