第248話 ほのかに感じる終わりの予感

すみません。

少し錬金術周辺の設定がこれで大丈夫そうなのか最後に詰めるのに時間がかかってしまい、更新も遅れてしまいました。


――――――――――――――――――――――――


 そんなこんなで幾日かの時が経った。


「……ダメかぁ」

「……キュ」


 ベッドに倒れ込むように寝転がりながら呟く。

 整理しておこう。

 あれからダンジョンに潜りながらホーリーファイアについて様々な検証を行った。女神の祝福は三四回になったものの、しかし検証については満足出来る結果は出ていない。

 まずロウソクや油の成分によってホーリーファイアの持続時間が変わるか試したけど、ほとんど変化はなかった。ほぼ誤差レベルと考えていいだろう。まだこの町にある素材で試しただけだから確定していいのかは分からないけど、現時点ではそういう結果になっている。

 そしてロウソクなどに浄化をかけておくと効果時間が少し延びた。正確な時間は分からないけど、大体一時間にプラスして一〇分から二〇分程度だろうか。最初はその結果に興奮したけど、浄化を重ねがけしても効果はなく、それ以上の時間延長は困難だった。

 現時点での僕の認識。ホーリーファイアの効果時間が切れると白い火が消えるのではなく『白い火から普通の火に戻る』という現象と合わせて考えて、恐らくだけどホーリーファイアは火という物理現象を生み出しつつ火に聖なる力、神聖力とかを付与する的な魔法なのではないかと考えている。この世界にもあるバフ系の魔法も使うと効果が体に付与され一定時間効果が持続するし、そういう感じのモノなのではないだろうか。

 もし、ホーリーファイアが『聖火』という火とは別のモノを生み出す魔法だったなら、ホーリーファイアの効果が消えると同時に聖火そのものが消えるはず。しかし実際には聖なる効果だけが消えて普通の火は残る。

 とすると……。


「神聖力的なナニカを補充し続ければホーリーファイアは持続する」


 その可能性が高いのでは? と思った。

 もしそうならば、考えられる手段が一つある。


「魔道具、か……」


 そう、魔道具は魔石や人の魔力を使って魔法を発生させる装置。その中にはコンロのように魔石の中の魔力が続く限り火を持続させる魔道具も存在する。

 つまり、神聖魔法の魔道具を作ればホーリーファイアの聖火を持続させることが出来るかもしれない。

 ベッドから勢いよく飛び起き、両手を突き挙げた。


「よしっ! 明日はアルッポに戻ろう!」


 そうして翌日。朝から村を出て、一泊二日でアルッポに戻った。


「ん~……」


 アルッポへの裂け目を抜けたところで大きく伸びをする。

 やっぱりなんとなく地上に戻ってくると開放感があって落ち着く気がする。ダンジョン内の方がこんな町の雑踏の中より自然が多いのに不思議なもんだよね。


「よしっ!」


 気合を入れて早速、いつもの錬金術師の元に向かう。

 町を北に進み、教会を通り過ぎた先にある店の扉を開ける。


「すみませ~ん」

「おっ? あんたか。今日も魔力ポーションか? 準備は出来てるぞ」

「いえ、今日は魔道具を買おうかと思って」


 そう言いつつ店内の棚を見ると、ポーションやらの陶器の瓶の横によく分からないアイテム類が並んでいた。

 細長い棒のようなモノとか、四角い箱のようなモノとか、複雑な形をしたモノとか色々とある。が、その用途はほとんど分からない。


「それで、どんな魔道具が欲しいんだ?」

「あぁ、そうですね……とりあえず火が出る魔道具を見せてください」

「となると……これだな」


 店の奥から出てきた店主が棚から木製の棒のようなモノを取り出した。

 長さは二〇センチぐらいで、直径は四センチ程度の円柱形。これを握って全力疾走した後、誰かに『ハイッ!』と渡したらその人も全力疾走しそうな見た目だ。

 店主がその棒の端を軽くひねると、その部分がカチッという音と共に外れ、中から赤色の細めの棒のようなモノが出てきた。


「こうやって蓋を外し、逆側からFランクの魔石をはめると先から火が出る仕組みだ」


 店主はそう言いながら蓋があった側とは逆側の端をこちらに見せた。そこには小さな楕円形で奥ほど狭まっている窪みがあった。

 大きさ的にはFランク魔石より少し大きいぐらい。どうやらここに魔石をはめればいいらしい。


「ちょっと点けてみてもいいですか?」

「いいぜ、魔石をそっちで用意するならな」

「……そこはサービスじゃないんですか?」

「おいおい、Fランク魔石だってタダじゃないんだぞ」


 仕方がないのでさっきダンジョンの一階を通る時に倒したゴブリンの魔石を魔法袋からゴソゴソと出し、店主から受け取った魔道具の尻に魔石をはめた。

 すると逆側の赤色の細い部分の先端からいきなり火の玉がボッと現れる。

 魔石をはめている手の力をそっと抜くと、魔道具から魔石がコロッと抜け落ちて火の玉が消えた。


「……そういう仕組みか」


 ライターとか懐中電灯みたいに燃料を入れておいてスイッチ一つでオンオフを切り替えるような便利なギミックはなく、単純に燃料になる魔石を入れると効果が出るだけらしい。

 日本でこんなライターを売ったら即どこかに訴えられそうな仕様だ。


「で、お値段は?」

「金貨五枚でいいぞ」

「……思ったより安いですね」


 魔道具って最低でも金貨で一〇枚とかの単位のモノだと聞いていた気がするけど、想像以上に安い。こんな値段ならもっと前に買っておけばよかったし、便利なんだから多くの冒険者に広まっていてもいい気がするけど。


「こいつは俺の自信作なんだがな、イマイチ人気がなくてな。売れないんだ」

「……」

「本体は木工職人に円柱形に削り出させ、発動部分を保護するために蓋も付けた。中の機構部もミスリル合金を使い、発動部分の先端にはブラッドナイトの指の骨を――」

「それが原因だよ!」


 思わずツッコんでしまった。

 先端の赤色の部分、なにかに似てると思ったら人の指の骨だ! そりゃ気味が悪くて誰も買わないよね……。


「なにを言う。錬金術師なら効果を出すために最適な素材を使うものだ。そもそもダンジョンのブラッドナイトが本当に人の成れの果てであるかは――」

「あー……やっぱり錬金術師って変わった人が多いんだ」


 喋り続けている彼に金貨五枚を渡し、火種の魔道具を受け取って店を出た。

 ブラッドナイトの指の骨はやっぱりちょっと気味が悪いけど、今はそれよりも大事なことがある。なによりもホーリーファイアの実験に最適な素材かどうかが重要なのだ。

 今は時間がないので教会には寄らず、急いでいつもの宿屋に向かい、部屋を取ってその中に入る。


「ふ~……よしっ! 早速実験だ!」


◆◆◆


「……ダメかぁ」

「キュ……」


 ベッドに倒れ込むように寝転がりながら呟く。

 あれから数時間、火種の魔道具でホーリーファイアを使えないか色々と試してみたけどダメだった。

 魔道具の火にホーリーファイアを接触させてみたり、魔道具を持ちながらホーリーファイアを発動してみたり、浄化をかけてみたりなどなど全てダメ。


「……そもそも発動部分にブラッドナイトの骨が使われてるのってどうなんだろ?」


 アンデッドの骨って邪悪な感じがするし、それのおかげで失敗している気がしないでもない。

 もっと普通の素材で作られた火種の魔道具ならあるいは……。


「いや、そういう次元の話ではない。そんな気がする」


 なんとなくだけど、そんな気がするのだ。

 そもそも僕はこの魔道具がどういう原理で動いているのか知らない。なにをどうすれば、なにがどうなるか、そこを知るには錬金術の基本を知る必要がある。


「となると、アレしかないよね……」

「キュ?」


 以前、錬金術師ギルドで見たアレだ。気は進まないけど他に思い付かないし、ホーリーファイアの持続化計画のヒントとなりそうなモノはそれしか思い付かない。

 そうして翌日、朝一番に錬金術師ギルドに向かう。

 作りの良さそうな重い扉を開けると、前にも見た光景が広がっていた。

 ここの錬金術師ギルドのトレードマークになっている黒いローブを着た老若男女に冒険者っぽい男がちらほら。掲示板には『オーガの血』やら『ワイトの肝』など、相変わらずあまり受けたくない依頼が張り出されている。

 それらを軽く確認しながらカウンターに向かい、受付嬢に話しかける。


「すみません。錬金術の入門書が欲しいのですが」

「はい! 錬金術師希望者さんですね! 初級錬金術師入門、金貨五〇枚になります!」

「たっか! いや、前は金貨三〇枚でしたよね!?」


 そう指摘すると受付嬢は一瞬「チッ」と舌打ちした。


「あー……そういえばサービス期間は終了したんですよ。でも、今回は特別におまけして金貨四〇枚でお譲りいたします!」


 こいつ、足元見てやがる!

 絶対にこちらから『欲しい』と言ったから値段を釣り上げたんだ!


「いやいや、流石にそれは高すぎじゃないですか? 元は金貨三〇枚ですよね?」

「はぁ……本当に今回だけですよ? 金貨三五枚です」

「いや、金貨三〇枚でしょ?」

「三五枚です」

「三〇――」

「三五枚です」

「……」


 ぐぐぐ……ここでさらなる駆け引きをするべきか否か……。帰る素振りを見せて相手を慌てさせるのがよくある手。しかしそこで相手が乗ってこなければ終了。僕には『別の店で買うわ』的なカードは切れない。何故ならこの本はここでしか売ってないっぽいからだ。この町の本屋はいくつか見て回ったけど、錬金術の本は不思議と見なかった。

 ……どうする?


「……じゃあ三五枚で」

「ありがとうございま~す!」


 金貨三五枚を支払い初級錬金術師入門を受け取った。

 受付嬢はカッコに笑いが入りそうな笑顔で金貨を数えている。

 まぁ、今回は引き分けってことで……。

 なんとなく錬金術師へのヘイトを溜めながら背負袋に本を入れたところで思い出す。


「そういえば初級錬金術師入門を買ったら乳鉢をプレゼントしてくれるはずでは?」

「サービス期間は終了したので、ないです」

「……」


 くっそ……。まぁ、目的の本は手に入れたし今回はこれでいいや。

 よしっ! 気を取り直して、明日から錬金術の勉強だ!

 錬金術師ギルドを出たところで拳を握りしめ、気合を入れた。


◆◆◆


 それからどれだけの時間が経っただろうか。

 大きな岩の上に胡座をかき、釣り針に水で少し戻した乾燥肉を引っ掛ける。そして糸の丁度良い場所に水に浮く木の枝を軽く結び付け、軽くクルクルと振り回し湖の中に投げ入れた。

 ポチャンと着水したそれを見ながら片肘をつき、ため息を吐く。

 こうして湖と向き合っている時間が一番落ち着く。こちらの世界に来てから一番なのは勿論、もしかしたら地球での時間を合わせても一番かもしれない。そう思うぐらいにこの場所は良い場所だった。

 勿論、たまにモンスターが来るので安心してはいられないけど。……そう考えると地球より落ち着けるってのはないのかな。

 ……などと、どうでもいいことを考えてしまうぐらい、この場所は僕に心の安らぎを与えてくれている。


「はぁ……なにが初級錬金術師入門だよ」


 脚の上で丸まって寝ているシオンを撫でながらそう呟く。

 あの本は、とにかく分かりにくかった。そして内容も薄かった。あれで錬金術が使えるようになるとはちょっと思えない。

 よくある『授業が分かりにくい教授の教科書』だ。回りくどい言い方に、どちらとも取れる言い回し。無駄に長く引き延ばしただけで内容がない。クーリングオフ制度でもあれば返却したいけど……残念ながらこの世界にはそんな制度はない。


「おっと」


 また一匹、ダンジョンマスが食いついた。

 素早く糸を手繰り寄せて釣り上げる。

 ここの魚はどうやっても釣れてくれるから楽しい。

 腰から抜いたナイフでダンジョンマスを締め、腹を割いて内臓を出す。そしてまた針に餌をつけて湖に放り込む。

 ポチャンと湖に落ちた針を見ながら、また僕も思考の湖に落ちていく。

 緩やかな風がヒュルリと吹き、首元を冷やす。


「寒い時期になってきた、ね」


 季節は既に秋に入っている。

 そんな季節まで頑張ってきて、順調にレベルは上がって女神の祝福は三七回になった。そろそろブラッドナイトとも物理で戦えそうな可能性を感じるところまで来た。つまりそろそろ七階八階を目指してもいい頃だけど、野営問題が解決出来なければ先に進むのは難しい。せめて七階まで行けたなら、ここで手に入るという下級魔力ポーションで魔力ポーションを自給自足出来るはずなので、町に戻る頻度を減らせてもっと効率アップ出来る可能性がある。けど、今はそれも無理。


「……」


 やっぱり、残ってるのはあの方法しかないんだよね。

 僕にとっての最後の頼みの綱。

 糸を左手に持ち替え、右手で魔法を発動する。


「わが呼び声に答え、道を示せ《サモンフェアリー》」

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