第282話 MND

「ふ~」


 宿屋の部屋に戻ってベッドに突っ伏した。

 この町に来た頃は冬の間ずっとこの町で過ごしてたら暇になるんじゃないかと少し心配していたけど、なんだかんだで色々とやることが出来て凄く忙しくなってしまった。


「これはこれで幸せなこと……なのかなぁ?」

「キュ?」


 不思議そうな顔をしているシオンをワシャワシャとする。

 まぁ、暇な人生よりはマシだよね。


「しかし、回復魔法か」


 まさか人に回復魔法を教えることになるなんて……。

 それは考えてなかった。

 いきなり教えろって言われてもね……。


「あっ! そういえば、専門家がいるじゃない! やっぱり餅は餅屋、だよね」


 ということで翌日。

 早速、朝からステラ教会へ司祭様に話を聞きに行った。


「おはようございます」

「おはようございます。今日は朝からお祈りですかな?」

「それもあるのですが、司祭様にお聞きしたいことがありまして。実は僕も光属性持ちなんですが、回復魔法の修行をどうすればいいのかなと、少し迷っていまして……。出来れば教会ではどんな練習をしているのかとか、可能なら教えていただければと」

「ふむ」


 とりあえずエレナのことは話さないでおいた。


「そうですな。まず心から神に祈りを捧げることです」

「はい」


 それは、まぁそういう話は出てくるだろうと想像はしていた。


「心を乱さず、ただ無心で祈るのです。雑念……外部の雑音に心を乱されてはなりませんぞ」


 教会の外から「フンッ! フンッ!」と冒険者の荒い息遣いが聞こえてくる。

 朝からご苦労なことだ。


「……コレですか」

「……まぁそうです。コレにも心を乱されてはなりません。心を鍛え、祈りを捧げるのです。さすればテスレイティア様は必ずお応えくださります」

「心を鍛える……」

「祈りが届けば、おのずと回復魔法も強くなっていくのです」


 教会で祈った後、司祭様にお礼を言い、教会を後にする。


「祈り、か」


 腕を組み、考える。

 まぁ、この世界だけでなく宗教ってそういう感じなのは多いよね。祈りには邪念というか煩悩を捨て去ることが大切で、それには強い心が必要、的な話。それは精神論的な話になってくる。

 でも、この世界だと魔法が存在していたり、超常現象的な存在やアイテムがあったり、神がもっと密接に関わってきたりしてるっぽい。そうなってくると精神的で抽象的な物事というより、もっと物理的で具体的な技術とか経験の話を含んでいるような気もする。

 神に祈りを捧げることそのものが重要なのか。それとも心を鍛えることが重要なのか……。


「心……いや、待てよ」


 魔法袋の中からメモの束を引っ張り出してきて、この世界に来た初期頃に書いたメモを探す。


「あった! えっと、MNDは『精神に関する適性。魔力、精神力、魔法防御、回復魔法などに影響』と……」


 この世界に来る前、例の白い場所で見た能力値の説明。その『MND』の箇所に書かれていた言葉。それを覚えている内に書き写したこのメモには確かに『回復魔法などに影響』と書かれてある。


「もしかして、MNDが低いから回復魔法が上手く使えない、とか?」


 あるんじゃないか? これ。

 MNDはつまり『精神』であるはず。精神が弱いから回復魔法の威力が上がらない。

 エレナのことを思い浮かべてみる。

 まだ彼女と出会って間もないけど、いつもオドオドしているし、隣のマリーサの腕や袖口をいつも握りしめているような印象があるし、どう見ても精神が強いようには思えない。

 次にPIEの項目を確かめてみる。


「PIEは『信心に関する適性。各種耐性、魔法成功率、補助魔法などに影響』ね」


 こちらには回復魔法についての言及はない。勿論、最後に『など』という言葉があるから書かれている内容以外にも影響を与えているモノはあるのだろうけど。

 つまりPIE――信仰心は回復魔法にほぼ影響を与えない。そう考えることが出来るはず。

 となると、回復魔法に重要なのはMNDであって、祈りを捧げること自体はあまり関係がない。


「だとすると、精神を鍛えれば回復魔法が上手くなる?」


 そんな単純な話なんだろうか?

 いや、仮にそうだったとして、どうやって彼女の精神を鍛えればいいのだろうか。

 色々と考えながら冒険者ギルドに行き、回復依頼がないか確認した後、宿屋に戻る。


「今日はえらく早いじゃねぇか」

「ちょっと部屋で考え事でもしようかと思いましてね」

「おぉ、いっちょまえに学者のようなことを言うじゃねぇか」

「……学者より大変かもしれないことを考えるんですよ」

「お、おう」


 受付のブライドンさんに軽く挨拶して部屋に入る。

 荷物やシオンをベッドの上に置き、ベッドの上であぐらをかいた。

 現状、他に方法も思いつかないし、この仮説を元に少し考えてみよう。


「とりあえず、精神統一からかな?」


 うちの道場含め大体の武術の道場では精神統一の時間がある。

 それで精神を整えてから稽古に入り、稽古終わりにも精神統一で心を落ち着ける。それが一つの決まりのようになっていてルーティン化していたので、僕は今でも体を動かす時はなんとなく精神統一するようになっている。

 精神統一で心が鍛えられるのかは分からないけど、心の安定を得るための一つの方法であることは間違いないはずだ。


「とりあえず、僕が知ってる方法を色々と試していって、良さそうなのを彼女にもやってもらうか」


 まずは精神統一からちょっと自分で試してみよう。

 目を閉じ、手をお腹の前で軽く組む。

 大きく息を吸い込み、吐き出すと同時に頭の中の雑念も吐き出していく。

 また大きく息を吸い込み、吐き出す。もう一度、大きく息を吸い込み、吐き出す。

 深呼吸を続けながらリラックスしていく。そして周囲の雑音が薄れてきて精神が研ぎ澄まされてきた頃、丹田にある魔力を大きく強く感じるようになってきた。

 地球では感じたことのないこの感覚にはまだ慣れない。慣れないからか、意識がそちらに引っ張られていく。

 なんとなく、丹田の中で魔力をゆっくりと回転させようとしてみる。すると魔力が不規則に不安定にゆっくりと回転を始めた。それに圧力を加え、自分の思うように回転させてみようと試みる。すると、油まみれの手でボールを掴んだ時のようにヌルッと力が弾かれ、また不規則な動きになってしまう。

 それを修正するようにまた圧力を加えてみる。失敗。もう一度。失敗――


「キュ」

「ん?」


 いつの間にかシオンが膝の上にいて、前脚で僕の顔をテシテシ叩いていた。


「ん~? あっ! もうお昼の時間?」

「キュ」


 集中している間にそこそこ長い時間が経っていたようだ。

 ……って、なんだか体内魔力と戯れることに集中してしまって本来の精神統一とは方向性が違ってしまった気もするけど……まぁいいか。それでも心を落ち着かせて集中することは出来たしね。

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