第283話 お薬使って皆ハッピー
昼食後、今日は時間もあることだしリゼを呼んで遊ぶことにした。
たまには息抜きの日があってもいいしね。
「わが呼び声に応え、道を示せ《サモンフェアリー》」
いつものように光の立体魔法陣の中からリゼが現れた。
「こんにちは!」
「やあ!」
「キュ!」
「シオーン!」
来て早々、リゼとシオンが部屋の中で追いかけっこしている。
暫くそれを微笑ましく見ていたけど、少し思い出したことがあったので魔法を発動させた。
「それは新たなる世界。開け次元の
ホーリーディメンションを部屋の壁に向けて発動させ、光の扉を出現させる。
「リゼ、ちょっとこれを見てほしいんだけど」
「なに?」
ホーリーディメンション内にリゼを呼び、床に置かれた皿の中にあるモノを指差した。
それはオランの種から出た芽。実験は順調に続いていて、井戸水、魔法の水、聖水の三つの水で育てているオランは順調に育っていて、どれも指の先ぐらいの大きさまで育ってきている。
若干、聖水で育てている皿の成長が良い気もするけど、現時点ではまだ誤差の範囲だろう。
「ほら、ここまで大きくなったよ」
「くさ?」
「オランの芽だね」
「ん~。どうしてこんなに小さいの?」
リゼは少し不思議そうに首を傾げている。
どうしてか? と聞かれて一瞬、答えに困る。
「……う~ん、まだ種を蒔いたばかりだからかな」
「そうなんだ?」
リゼはまだ不思議そうに腕を組んで首を傾げている。
なんだ? 今のこの状況になにかおかしな部分でもあるのか? と、考えてみるけど皆目見当がつかない。
するとリゼがおかしなことを言い始める。
「あっ! お薬、使った?」
「えっ? 薬?」
薬? なんだそれ? いや、待てよ……農業で薬……。そうか! 農薬だな! 果物は虫でダメになることが多いと聞くし、やっぱり農薬で虫対策しなきゃマズいよね!
……いやいやいや、果物に農薬の使用をオススメする妖精とかイヤすぎるよ! ファンタジーの世界ぶっ壊れすぎる!
……なにか他に薬ってあったっけ? なにか……薬……。
「あっ!」
思い付き、魔法袋の中をガサゴソと漁ってそれを引き抜き、天に掲げる。
「前にリゼに貰った薬! 確かにあった!」
そう。以前、シオンを助けた時にリゼからお礼として貰ったアイテム『謎のお薬』だ。
充実した回復魔法もあって特に薬なんかに頼ることもなかったから、貰ってそのまますっかり忘れてた!
「それ!」
「キュ!」
リゼがビシッと指差し、よく理解出来てないはずのシオンも前脚でビシッと指した。
どちらも凄く得意気な顔だ。
「……で、これがなんなの?」
「それを、ここに使うんだよ!」
リゼが皿を指差しながら言う。
「この皿の中に入れたらいいの? それで、入れたらどうなるの?」
「ぶわっ! となるんだよ!」
リゼは空中で背伸びするような仕草をしながら「ぶわっ! ぶわっ!」と言っている。ついでにシオンも似たようなポーズでアピールしている。
「……つまり、これを入れた水で育てると、もっと大きくなるってこと?」
「そう!」
「キュ!」
そんなこと、あるのか? そんなの完全に物理法則を無視して――いやそもそも魔法がある世界だしな……考えるだけ無駄か。
「どれぐらい入れたらいいのかな?」
「ちょっとだけね。たーっくさん使ったら大変だよ!」
「キュ」
シオンがうんうん頷いているけど、本当に理解してるのだろうか?
まぁとにかく、瓶の蓋をキュポンと引き抜き、慎重に皿の中の方に傾けた。
瓶の中から少し粘度のある液体がトロッと出てきて皿の中にピチョンと落ちる。
とりあえず一滴だけにして様子を見よう。
残りの皿にも同じようにお薬をたらし、少し待ってみる。
「……変わらないね」
「そんなすぐには変わらないよ!」
「キュ!」
いや、シオンは本当に理解してるの……。まぁともかく、そんなに即効性のあるお薬でもないようなので、とりあえず今日はここまで、ってところで時間がきてリゼが元の世界に戻っていき、僕らはホーリーディメンションから出てゆっくり過ごしたり、夕食を食べたりしてまったり過ごした。
そして翌日。朝起きて、なんとなく気になってホーリーディメンションを使う。
「それは新たなる世界。開け次元の
光の扉の扉が現れ、中からいつものホーリーディメンションの部屋が――現れなかった。
「なんだこりゃ!」
思わず叫んでしまう。
隣の部屋から「朝からうるせぇぞ!」と怒鳴り声が飛んでくる。
「すみません!」
と謝りつつも、心と目線は完全にホーリーディメンションの中。
そこにあるのは、緑。
三つのお皿を置いていた場所を中心に緑の葉っぱがワサワサと床を覆っていた。
恐る恐るその中の一つの葉っぱをつまみ上げてみる。
葉には細い茎がついていて、その先には直径が五ミリぐらいの太めの茎もあり、その先には根もついている。葉先から根まで全長は三〇センチぐらい。そんなモノが部屋の床に無数に転がっていた。
「そうか……」
状況から考えて、リゼが言ったように昨日入れた薬のおかげでオランの芽が急成長した。でも皿の中に入れただけで土なんてないから自重を支える根を張れず、倒れて床に転がったと。
「まさかこんなに急成長するとは思ってなかったし、どうしよう……。まったく考えてなかったな……」
リゼの謎の薬で大きく育ったのはいいとして、これからどうすればいいのか考えていく。
確か発芽ぐらいまでは種の中の栄養素だけでも育つから水耕栽培でもいけるけど、大きくなってきたらちゃんと栄養素を取り込ませないと上手く育たないはず。つまり肥料的なモノがないなら土が必要。
となると鉢植えにしなきゃいけないよね。
「よしっ! 植木鉢と、土を探しに行こう!」
「キュ!」
そうして町に繰り出し、陶器を売っている店で植木鉢になりそうな器を三つ買い、大きめのスコップも買った。
あまりこういったモノは家を持たないことが多い普通の冒険者は買わないことが多いので今まで出来るだけ買わないようにはしていたけど、今はそうも言ってられない。早く植え替えないとオランが枯れてしまう。
そうしてスコップを肩に担ぎ、植木鉢を脇に抱えながら門を抜け、町の外に出た。
「さて、どっちに向かおうか」
この周辺は岩がむき出しで土がほぼない。傾斜もあったりして雨なんかで土が流されやすいのも一因なのだろうか。
そして今の季節は雪がそこらに小さく山になっていて、まとまった土を探すのが余計に難しそうだ。
とりあえず町の東側に適当に歩きながら土を探し、出てきたホーンラビットをスコップで殴り倒し進む。
そうして暫く歩いてようやく見付けた土溜まりの中にスコップを差し込んだ。
「う~ん、ちょっとぬかるんでるな」
今は雪が降っては昼間の太陽に溶かされ、それが夜に凍り、また朝に溶けるというサイクルを繰り返すような時期で、土がドロドロな場所と凍ってる場所とシャーベットのようになっている場所があり、植木に使うには状態が良いとはいえない感じだ。
「土を焼くか」
焼けば水分を飛ばせるし、土中の病原菌や虫も殺せるはず。
昔、母が部屋の中で観葉植物を育てようとして適当に裏の林から採取してきた土を使ったおかげで大変なことになったことがあった。暖かくなってくると土中から謎の虫が孵化して出てきて部屋中に飛び立ったのだ。
あの時は観葉植物を育ててるのか害虫を育ててるのか分からなくなったよね……。
「思い出したくない嫌な記憶を思い出しちゃったよ……」
頭を軽く振って記憶を吹き飛ばし、背負袋の中から鍋を取り出して中に土を入れる。
こういう使い方をしたくないけど、他に方法がないので仕方がない。
そうして周囲から適当な大きさの石を拾い集めてきて竈を作り、火種の魔法で鍋の底から熱を加えていく。
これも周辺に燃やせるような木がないから仕方がない。
そんなこんなで苦労しながらも土を手に入れ、三つの植木鉢に土を盛った。
後はオランの苗木を植え替えるだけだけど……。
「ここなら、誰かに見られることもないか。それは新たなる世界。開け次元の
目の前の空間に光の扉が現れた。
ホーリーディメンションの中に入り、三つの皿それぞれから一番生育が良さそうな苗木を一つ選び、それを植木鉢に植え、残りの苗木を土溜まりの方に捨てる。ここまで大きくなってしまうとこれ以上ホーリーディメンション内で全ての苗木を育てきることは不可能だろうしさ。
無理にこの本数をホーリーディメンション内で育てたらジャングルになっちゃうからね。
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