第284話 修練

ちょっと体調不良で低浮上でした。



―――――――――――



 翌日、ホーリーディメンション内の三本の苗木にそれぞれお薬入りの三種類の水をやってから宿を出た。

 昨日は朝に一気に成長してたのでビックリしたけど、今日はそこまで大きな成長はなかった。成長が鈍化したのか、それともそういう仕様なのかは不明だけど、暫くは様子を見ていきたいと思う。


「おっと」


 靴裏がギュッと軽く滑り、転びそうになる。

 雪が溶けたり凍ったりを繰り返したのか、地面が半端に凍って滑りやすい。これは気を付けて歩かないとね。

 大通りを歩きながら通り沿いの店を確認していく。

 ここ数日で生鮮食品系の店がいくつか閉店した。やっぱりそういう店は冬ごもりに入って商売をやらなくなるのだろうか。日本でも温かい時期だけ農業をして冬は内職で着物や傘を作って春先に売りに行っていたという話を聞いた気がするし、そういう感じなんだろう。

 冒険者ギルドの扉を開けて中に入る。

 いつものように受付で回復依頼を確認し、それから酒場の方に向かう。

 と、カウンター席で飲んでいるニックさんを見付けた。


「おはようございます」

「よう。元気にやってるか」

「えぇ、変わりないですよ」


 なんていう言葉をかわしながら僕もカウンター席に座る。


「最近、ギルドマスターに可愛がられてるらしいじゃないか」

「まぁ……そうなるんですかね?」


 良い仕事を振ってもらってはいるから、そういう認識になるのだろうか? まぁ、儲からない仕事もやってるから個人的には微妙な気分だけど。


「冬は稼ぎの良い仕事が減るからな。高ランク冒険者は早い内に貴族の子弟の指南役になるか自己鍛錬に明け暮れたりで冬場はギルドに顔を出さなくなっちまう。ギルドマスターも動かせる駒を確保しておきたいのだろうさ」

「自己鍛錬って、どんなことをするんです?」

「剣の素振りに肉体作り……。この町じゃ冬は外での鍛錬が難しいからな」


 確かに雪で地面が滑りやすくて走り込みなんて出来ないだろうし、そもそも寒いと外に出て訓練とかする気にはならないか。


「だから一流冒険者の中には冬場は完全に休みにして春からの準備に当てるヤツもいる。新しい武具を作ったり情報を集めたりな。温かい時期には出来ないことも冬ならいくらでも時間が作れる」

「武具を作るって、どこで作ってもらえるんです?」

「なんだ、紹介してほしいのか?」

「お願いします!」


 そんな感じでニックさんから色々と話を聞き、他の冒険者らかも情報収集したりして軽く昼飯をつまみ、昼過ぎに冒険者ギルドの受付に向かう。

 今日はエレナさんの二回目の授業だ。


「すみません、例の依頼の件で」

「あぁ、はい。どうぞ」

「今日は上の会議室を使いたいんですけど、大丈夫ですか?」

「問題ないですよ」

「では、そちらで待っていますので」

「分かりました。先方がお着き次第、そちらにお通しします」


 それだけ簡単に要件を伝えると階段を上って二階の会議室に入る。

 イスに座り、シオンをフードから出して膝の上に置く。


「……エレナさんが来るまで、まだまだ時間かかるかもな」


 シオンを撫でながら、暇なので精神統一をしていく。

 目を閉じ、大きく深呼吸し、呼吸をゆっくりとしたペースに変えていき、頭を無にする。

 階下の冒険者の騒ぎ声。酒場から漏れた酒の匂い。膝上のシオンの暖かさ。それらが薄くなってくると体内の魔力を強く感じるようになってきた。

 その魔力の大本である丹田の魔力の玉に刺激を与え、回転させてみようとする。

 丹田の魔力がゆっくりと不規則に回転していくが、自分の思うように回転させようとするとヌルッと弾かれてしまう。

 色々と試行錯誤しながら何度も何度もチャレンジしていく。

 これになんの意味があるのか分からないし、それ以前に有益なのか無害なのか有害なのかすら分からないけど、暇な時に目の前にボールがあったら拾って触ってしまうように、ただ手慰み的にやってしまっている。

 これは冬場の暇な時期にしかやらなかったことかもね。

 この世界に来てからは毎日のように冒険者活動でなにかをしてたし、常にやることがあったから暇潰しをしようと思わなかった。地球にいた頃は武術の練習やダンベルなんかでトレーニングをしていたけど、こちらに来てからは日常生活自体が実戦とトレーニングみたいなモノで、それもあまりしなくなっていた。

 冬の間は暇な時間も多いし体作りや武術の再確認など色々としてみてもいいかもしれないな。

 そう感じていると、扉がコンコンとノックされエレナさんとマリーサが入ってきた。


「先生、今日もよろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」


 二人に向かい側に座ってもらう。


「今日は精神統一をしてみようと思います」

「精神統一……ですか?」

「そうです。まず目を閉じて――」


 一通り精神統一のやり方を説明し、エレナさんに実際にやってもらう。


「目を閉じて。大きく息を吸って、吐いて。息を吸って、吐いて。頭の中から雑念を追い出して、気持ちを落ち着けて」

「はい」


 エレナさんは目を閉じ、素直に僕の指示に従った。

 正直なところ、彼女はビックリするぐらい本当に素直な人だと思う。

 長い金色の髪を纏うように垂らし、目を閉じて前を向く彼女は婚約破棄をされてしまうような酷い人間には僕には見えなかった。

 一分、二分と時間が流れるが、彼女は微動だにせず、精神統一を続ける。

 と、痺れを切らしたのかマリーサが口を開いた。


「ルーク殿、これにはどんな意味が――」


 その言葉を「静かに」と言いながら手で制す。

 エレナさんがピクリと反応し、手を動かそうとした。


「エレナさんは続けて。周囲の雑音に耳を傾けないように」


 今度は目でマリーサを制し、シオンを撫でた。

 エレナさんは元の姿勢に戻り、また精神統一を続ける。

 それから静寂が一分、二分、三分と続き、どれだけの時間が流れたか分からなくなった頃、寝ていたシオンがクシュンとくしゃみをした。


「あっ……」


 その音でエレナさんが目を開けてしまう。

 そろそろ良い時間だろうか?


「精神統一はこれで終わりにしましょうか。次は訓練場でやるので移動しましょう」


 そう言いながら立ち上がり扉に向かう。

 と、マリーサがまた同じ質問をしてきた。


「それでルーク殿、この精神統一とやらにはどんな意味があるのです?」


 ……まぁ、そういう質問をされる気がしたけど、ぶっちゃけそれを聞かれると本当に困る。

 僕が持ってる様々な情報から考えて、MNDが回復魔法に大きな影響を与えているのは間違いないけど、MNDは精神のことっぽいから精神を鍛えれば回復魔法が使えるようになるんじゃないかというのは推測だし、精神統一をすれば精神が鍛えられるだろうというのも推測だ。つまり推測に推測を重ねた状態。

 まず、そもそものMNDの存在についてから説明出来ない時点でマトモな説明なんて出来ないんだけどね……。

 なので説明するとなると少々曖昧な話になってしまう。


「これは僕がやっている修練方法です。続ければ効果はあると思いますよ」

「……そうですか」


 完全には納得出来ないけど回復魔法なんて門外漢だから納得するしかない、という感じだろうか。

 まぁこちらとしても、やれることをやれるようにするしかないわけで色々と仕方がないんですよね。

 二人を連れて演習場に行き、エレナさんに練習用の木剣を「はい」と渡した。


「あの……これで、どうすればいいのでしょうか?」

「あの人形を思いっきり叩いてみてください」


 演習場の端にある標的のカカシを指差しながら言った。

 次のメニューは武術の修行だ。健全なる精神は健全なる身体に宿る、とも言うし、心を鍛えるにはまず身体からと考え、とりあえず剣でも振らせてみようと思ったのだ。


「わかりまし――」

「ちょっと待ってくれ。ルーク殿、これにはどんな意味があるのです?」


 すぐに動こうとするエレナさんを止め、マリーサがそう聞いてきた。


「これは僕がやっている修練方法です。続ければ効果はあると――」

「いや、ちょっと待て。精神統一とやらはともかく、剣を振ることと回復魔法にどんな関係があるのだ?」


 マリーサの腰を見ると使い込まれたショートソードがあった。

 あっ、うん……こっちに関しては専門家なんだよね。そりゃごもっともな疑問か……。でも、納得してもらうしかないんだよなぁ。


「……ギルドマスターが言っていたように僕の修練方法の一端をエレナさんに体験してもらうしかないんです。これで納得出来ないなら残念ですけど、この依頼はなかったことにしてもらうしかないですね」

「……」


 少しの沈黙が訪れる。

 なにかを考えているような顔のマリーサ。

 その沈黙を破ったのはエレナさんだった。


「……マリーサ、私、なんでもやってみたい」


 エレナさんのその言葉にマリーサも「エレナがそう言うなら……」と引き下がった。

 ……マリーサも悪い子ではないんだろうけど、少々過保護すぎるところがあるのかもしれない。

 まぁ、エレナさんを見てる感じ、過保護になってしまうのも分からないでもない。なんというか庇護欲が湧いてくるような存在なのだ、エレナさんは。


「ええぇ~い!」


 トコトコと走っていったエレナさんがかわいらしい気合と共に木剣を振り下ろし、カカシがポカッと軽い音をたてた。

 そして振り向いたエレナさんが「やりました!」と叫んだ。


「かわいいな……」

「そうだろう、そうだろう」


 どうしてお前がそんなに得意気なんだ? というツッコミは入れないでおく。

 まぁ、色々とありつつ、とりあえずはなんとかやっていけそうかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る