第281話 ヒーラー先生になる

「失礼します」


 受付嬢が入室するのに続いて僕も部屋に入る。

 そこは執務室のようになっていて、大きな執務机とソファーセットが置いてあり。執務机には髭面で大柄な男が、ソファーセットには少女が二人座っていた。


「ルークさんをお連れしました」

「そうか。ご苦労だった」


 受付嬢は執務机の男とそれだけ会話すると僕を残してさっさと部屋から出ていってしまう。

 そしてバタンと扉が閉められた。

 いや、ちょっと、なにか説明をですね……。


「悪いな、来てもらって。とりあえずそこに座ってくれ」

「えっ? はい……」


 執務机の男が言うままにソファーに座る。

 向かい側には二人の少女が座っていて、目が合ったので軽く会釈をすると少女らも返してきた。

 しかしこの二人はどこかで――


「俺はこのソルマールの冒険者ギルドのギルドマスターをしているフービオだ」


 ギルドマスター……まぁギルドの奥にある部屋だし、立派な机だし、受付嬢の態度もアレだし、そうなんだろうと思ったけど。

 フービオと名乗った男――ギルドマスターは執務机のイスから立ち上がり、一人がけのソファーに座り、言葉を続ける。


「今回、呼んだのは他でもない。実は特別な依頼をしたいと思ってな」

「特別な依頼……」

「依頼主は――まぁ俺でいいか。依頼内容はこのエレナに回復魔法を教えることだ」


 エレナ? 確かどこかで……。

 記憶の中を探っていく。

 確か……えっと……あそこでもないし……。

 と、考えていき、目の前の少女を見て思いつく。


「あっ! 例の婚約破棄欲張りセッ――ゲフンゲフン……」


 エレナが小さく息を呑み、隣に座っている少女の腕をギュッと握った。

 ヤバい! 失言だったか……。


「……お前もアレを見てたのか。……まぁそれなら話が早いか」


 ギルドマスターは両肘を膝に突き、腕を組み話を続ける。


「このエレナには魔法の才能がある。光属性も持っている。だが回復魔法が上手く使えない。それもあって婚約破棄なんて――いや、それは大した問題じゃないが。とにかくエレナが自信を持てるようなんとか回復魔法だけでも使えるようにしてやりたい。出来るか?」


 エレナはソファーの上で下を向いて小さくなってしまっている。


「いや、出来るかと聞かれても、僕もどうやって回復魔法を使えているのかよく分からないですし……」


 ぶっちゃけこの世界の魔法の理論とか大系とかもよく分かっていないし、僕が魔法を使えているのもあの例の白い場所で魔法を選択したからで、それがどう影響してるのかとか、どうすれば魔法が上手くなるのかもイマイチ理解出来ていない。

 人に教えるとか、そんなことが出来る気があまりしない。


「そもそもですけど、どうして僕なんです? 他にも回復魔法使いはいますよね? ギルドマスターならもっと高ランクの回復魔法使いとの伝手ぐらいあるのでは? それに回復魔法なら教会が専門ですし」


 少し気になっていることを聞いてみた。


「勿論、伝手はある。だが回復魔法を使ってもらうぐらいなら可能でも教師となると話は別だ。教師だと拘束時間も長くなるから簡単じゃない。それに俺が親友から預かってる娘を任せるんだ、ちゃんとした人間でないと安心出来ない。それと教会に関しては……色々と難しい問題がある」

「……評価していただけるのは嬉しいのですが、僕はまだこの町に来たばかりですよ?」


 まだこの町に来て日が浅い僕がここまで信用された理由が見えてこない。


「回復依頼などの仕事を完璧にこなしていると報告を受けている。それに受付からの評判も良い。彼女らはただ受付業務をこなしているだけじゃない。日々のやり取りの中から冒険者一人一人の性格や人となりを観察して評価することも仕事の内だからな」

「なるほど……」

「それに、その若さでBランクを狙おうとする回復魔法使いだからな。日々の鍛錬の方も違うんだろ? その一端だけでもこの子に教えてやってくれたらいい。それでこの子が成長出来れば儲けもの。出来なくても……別に文句なんて言ったりしないから安心しろ」

「いや、別にそんな特別なことはしてないですけど……」


 なんか、変に過大評価されてない?

 いや、でも確かに今の僕の歳でBランクの選考に入るレベルとなると普通に優秀な冒険者という扱いになるのだろうか? ……客観的に考えてみると、なるような気がしてきたぞ。


「それにだ。報酬の方もちゃんと考えてある。成功すれば推薦状を貰えるよう取り計らうからな」

「推薦状とは?」

「Bランクに上がるためのだ。ないんだろ?」

「ないですけど……。ってどこから推薦状を貰えるんです?」

「それは――」


 ギルドマスターの目が一瞬、エレナの方を向いた。


「それなりに偉い人からだ」

「そうですか」


 それで大体どこからの推薦状なのか推測は出来た。

 そしてエレナの身分的なところも大体の想像が出来てきた。というか、あんな大々的に破棄される婚約がある時点でそこそこの身分があるとは思ってたけども。


「ちなみに、推薦状があるのとないのとで、どんな違いがあるんです?」

「そりゃあ信用度がまったく違うからな。Bランクになるまでの時間も格段に短縮されるだろうぜ」

「なるほど」


 それは魅力的ではあるけど、そもそも僕に誰かを教えるとか出来るのだろうか?


「で、やってくれるよな?」

「それは――」


◆◆◆


「よろしく、お願いします……」


 エレナの小さな声を聞き、僕も「よろしく」と返した。

 今はギルドの裏手にある訓練場に僕とエレナとマリーサの三人で移動してきている。

 結局、依頼は受けることにした。断りにくかったのもあるけど、一番はメリットも大きかったからだ。

 エレナを観察する。

 彼女は今の僕より年下であろう見た目で、小柄で、学校の制服らしきローブを着ている。

 僕の視線を感じたのか、彼女は少し居心地の悪そうな雰囲気を纏いながら隣に立つマリーサのローブの端をギュッと握った。

 マリーサは僕と同じぐらいの身長で、歳も同じぐらいに見える。服はエレナと同じだけど腰から剣を下げていて、なんとなくエレナの騎士っぽい感じだ。


「それで、僕は君をどう呼べば――」


 エレナの隣の女性、マリーサの目が怖いので訂正する。


「――もとい、お呼びすればいいですか?」

「……普通に『エレナ』とお呼びください」

「ではエレナ――」


 またマリーサの目がキツくなる。

 ちょっと怖いよ!


「――さんについて、少し聞いてもいいかな?」

「勿論です、先生」


 先生、と呼ばれて少し気恥ずかしさを感じつつエレナに色々と聞いていった。


「まず、エレナさんは魔法が使えるんだよね?」

「はい」

「どの魔法を覚えてるのか、聞いてもいい?」

「光源とライトボール……それにヒールです」

「……ちょっと待って、ヒールは使えるの?」


 あれ? 確か依頼内容は『回復魔法が使えないから使えるようにしてくれ』とかそんな話じゃなかったっけ?


「覚えてます、けど、上手く使えなくて……」

「少し見せてもらってもいい?」

「はい。光よ、癒やせ《ヒール》」


 エレナの手の中に弱々しい小さな光が生まれ、一瞬で消えていった。


「やっぱり……ダメです」

「エレナ、大丈夫、大丈夫」


 少し目に涙を浮かべたエレナをマリーサが励ましている。

 回復魔法を覚えているけど上手く使えない……そんなことがあるのか……。

 いや、オリハルコンの指輪を使って魔法を覚えた時は僕も似たようなことになったけど、それとはまた少し違う気もする。


「じゃあ、他の魔法も使ってもらえます?」

「はい。光よ、我が道を照らせ《光源》」


 エレナの手の中に光の玉が出現する。

 これは僕が使う魔法と大して変わらない。


「光よ、我が敵を撃て!《ライトボール》」


 次にエレナが発動したライトボールも、僕のと同じように発動し訓練場の端にある石壁に直撃。周囲の雪を舞い上げた。


「それも普通に使えるんだ」

「はい」

「ヒールだけが使えない……」

「はい……」


 エレナの声が小さくなった。

 腕を組み顎に手を当て考える。

 回復魔法だけが使えない。他の魔法は普通に発動する。つまり、同じ光属性でも魔法によって違いがある?

 う~ん……。


「そもそもの話だけど、回復魔法が使えないと、その……問題ってあるのかな? 学校で必要になる……とか? 自信をつける、ってことなら別に他のことでも――」

「なにを言っている?」


 マリーサが一歩こちらに進み出て口を開いた。


「光属性が攻撃に適さないのは光属性持ちの貴方なら知っているはずだ」

「それは知ってるけど……」

「ならば貴重な光属性持ちが回復魔法に特化するよう期待されることも知っているだろう」

「えっ……」


 つまり、光属性持ちは回復魔法が使えないと評価されないとか?

 いや、今までそれなりに冒険者をやってきたけど、そこまであからさまな雰囲気はなかったはず。ということは、それは学校の中だけの話か、この国独特の考え方なのか、もしかすると貴族とか身分の高い人らの中だけの傾向なのか……。

 とりあえず、エレナには回復魔法がどうしても必要らしいということは間違いないらしい。

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