第78話 教会と祝福と、とある男

 その後も何人かの冒険者が同じように挑戦し、ある者は成功して涙を流し、ある者は失敗して涙を流した。

「……なん、だこれ?」

 思わず声が出てしまった。

 ……いや、分かってるんだ。あれは強化スクロールで、これが装備の強化なんだろう。

 しかしこうやって実際に目の前でこういう光景が繰り広げられると、何と言うか……何と言っていいのか分からない気持ちになる。

 やっぱりハンスさんが言っていた事は正しかった。


「お若い人。あなたも武具の強化に来られたのですかな?」

 冒険者達を眺めていると横から声がして、振り向くとそこには七〇歳ぐらいのお爺さんがこちらを見ていた。

 そのお爺さんは白と青のローブを重ね着したような服を着て、頭にはコック帽のような縦に長くて青い帽子を被り、手には複雑な幾何学模様が入った金属製の杖を持っている。

 何となく、何かの宗教の司祭や神官かな、と思った。

 勝手にここの敷地に入ってる事もあり、失礼があったらマズいと考え、丁寧に返事しておく事にする。

「いえ、何だか騒がしかったので来てみたら、こんな事になっていて……驚いていただけですので」

 僕がそう言うと、お爺さんはにこりと笑い、「そうですか。ならばいらぬ事を聞きましたな」と言った。


 流石、聖職者、なのだろうか? お爺さんの物腰のやわらかさに僕の緊張もほぐれてくる。

 緊張がほぐれたせいで気が大きくなってしまったのか、色々と気になっていた事を、今度は僕の方から聞いてみようかな? と思ったので聞いてみた。

「あの、この場所は……いえ、彼らは何故、ここに来ているのでしょうか?」

 僕がそう聞くと、お爺さんは見定めるように僕の目をしっかりと見て、そして冒険者達の方を見た。

 そしてお爺さんは話してくれる。

「ふむ……遠い昔、とある男が言ったのですよ。神に祝福されれば武具強化は成功する、とね。実際、その男は数多くの武具強化に成功したのです。……いえ、してしまった、と言うべきでしょうか……。彼の影響で、多くの者が教会を訪れるようになり、我々司祭に祝福を求めました。しかし現実はそんなに甘くはない……。我々が祝福したとて、強化が成功するわけではないのです。……そして悲劇が起きた――」

 お爺さんはそう言い、僕の方を見る。

 そして言葉を続けた。

「教会を、司祭を逆恨みした者が、教会を襲撃したのです。そして多くの被害が出ました。……それから、教会は司祭がむやみに祝福を与える事を禁じ、教会内での武具強化も禁じたのです。……その結果が、これですな」

 お爺さんは、また冒険者達の方を見た。

 暫く、沈黙が続く。

 少し離れた場所では、冒険者達の喜びと、そして悲しみの叫び声が、今も聞こえている。


「神は……神は何故、このようなモノをお作りになったのでしょうか……」

 そう呟いたお爺さんがどういう表情をしていたのか、ここからでは見えなかった。


 僕が……あの場所で会った、あの男が神なら。神であるなら……。

 答えは――



◆◆◆



 いつもの宿の部屋で起きて、いつものように浄化をかけ、ダンジョンへと向かう。


 昨日は色々な事があったなぁ、と振り返る。

 最初に行った大きな店。そして裏通りの鍛冶屋。その先にあった教会。他にももっと色々と見て回るつもりだったけど、予定していた場所にはあまり行けなかった。本当は市場とか本屋とかを探してみるつもりだったけど、教会に行ったら疲れてしまって、そこから日常品だけ買い足して宿に戻ったのだ。

 それでも収穫は多かったと思う。

 まず魔法武具と属性武具について知る事が出来た事。これは新しい目標になった。それと鍛冶屋の店員さんに言われたのだけど、無茶な使い方をするのならミスリルとか上位金属の武具に変えた方がいいらしい。単純に鉄よりかたいからね。魔法武具や属性武具の事はとりあえず横に置いて、まずミスリル製の武器の購入を検討していく事にした。

 そして教会での話。……何と言えばいいのかな。はっきり言ってしまうと、あれを見て、僕の中にある武具強化への熱が少し冷めてしまっていた。どんなに凄い武器でも、ミスリル製でも、強化に失敗してしまったらそれでおしまいなんだ。その装備は光の中で燃え尽きて消えてしまう。よく考えなくても、普通に考えればかなりリスキーな話だ。

 安定的に強化をしていくなら、せめて同程度の装備を二つは用意して、一つ消えてもいい状態を作ってからになる。

 しかし、それにしても簡単ではないはずなんだ。装備が消える、という事は、価値がなくなるという事。つまり、その装備を手に入れるために費やした時間やお金が全て消えて飛ぶ事になるし、その装備を売れば手に入った利益も飛ぶ事になるんだ。

 装備が消えても、仕方がない、と思える心の余裕がないと、例えスペアがあっても心が耐えられない。

 今の僕に、そういう心の余裕があるか、となると……正直な話、自信がないんだよね。


 ……でも、とは別に、僕の中に生まれたモノがある。

 神の祝福、武具強化、成功した男……。何かの点と点が繋がって線になりそうな気がするのだけど、まだ何かの点が足りずに繋がらない。繋がらない点と点が頭の中に引っかかってその場に残り、何かを訴える。

 しかし、それが何なのか、今の僕では線をえがけなかった。

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