第168話 帰宅途中に新居探し
それから森の中で杖と短剣を持った時の動きの練習や、闇水晶の短剣へと魔力をこめる練習などを繰り返し、空の色から太陽が傾きかけてきたのを感じて町へと戻ることにした。
森を抜け街道へと出ると、馬車や商人、そして冒険者が続々と門の方へと向かっているのが見えた。
荷物を持ってない冒険者。大きな袋を背負った冒険者。荷車を牽いている冒険者。夕方なので彼らはその日の成果を持って帰ってきている。
彼らの表情は様々だ。重たそうに荷車を牽いている人はホクホク顔だし、荷物の少ない人は疲れた顔やら真顔やらで……お察しします。
そんな集団の中に混じりながら街道を町の方へと歩いていると、前を進む冒険者が牽いている荷車――というより、そこからはみ出ているモノが目に入った。
荷車の上には布が被せられていて中はよくは見えないけど、布の端からニョキッと足がはみ出ているのだ。その足の形からして馬とか鹿とかそういう系統の生物なんだろうと思う。このあたりに生息しているモンスターなんだろう。
そういや日本語では『馬鹿』という言葉は馬と鹿を合わせた字だったわけで、馬さんも鹿さんもとばっちりでいい迷惑だよね。とか、どうでもいいことを考えつつ、頭の片隅に新しいモンスターの情報をメモした。
以前、ランクフルトに居た頃は僕もああやって荷車を牽いてエルシープを狩っていたのだけど、女神の祝福を得たおかげか僕の中の日本の常識とは違い、エルシープが載った重い荷車を牽けてしまうからちょっと面白かったりする。さっき闇水晶の短剣で木を切り飛ばした時もそうだったけど、身体能力が上がっているから日本での僕なら出来ないはずのことでも出来てしまうのだ。
ただ、その面白さはちょっとした感覚のズレでもあって、僅かな問題もある。
例えば道路の横にある排水口の溝の幅を見れば自分が飛び越えられるか飛び越えられないかは大体分かるもので、飛び越えられると感じたら大体飛び越えられるのだけど。その『飛び越えられる』という感覚に一瞬『飛び越えられない』というノイズが混じるような感じ。
その辺り、記憶と現実との間にまだちょっと剥離があり、一瞬のスキ、躊躇のようなモノを感じる瞬間があって、自分の体なのに上手く慣れていない感じがまだ少しある。実際の力加減は間違えないけど、心理的なモノなのだろうか?
なんにしろ、慣れていかないといけない。
前の冒険者の荷車に続いて門をくぐり、町へ入る。
「ポナ草、買い取ってるぞ! 誰か持ってないか?」
「そこのお兄さん! そのノックディアー金貨三〇枚でどうだい?」
「肉ならなんでも買い取ってる! なんでもだ!」
門の奥は冒険者達や、彼らからモンスターの素材を買い取ろうとする商人達がごった返していた。
この雰囲気も久し振りだ。
以前、迷宮都市エレムにいた頃は毎日のようにダンジョンの前がこんな感じだったし、ランクフルトでも門の前がそうなっていた。エルシープがよく出る北側は特にね。でも流石に小さな村では冒険者の数が少ないのか、こんなお祭りみたいな雰囲気はなかった。
そんな久し振りの雰囲気を懐かしみ、ちょっと楽しみつつ。でも今回は特に売るものはないのでサッと冒険者達の間をすり抜けてクランハウスを目指して歩いていく。
「んん?」
その途中ちらっと目の端に入った服の絵の看板を見て、なにかを思い出しそうになった。
服の絵。服の絵の看板は確か服とかの布製品、革製品とかが置いてある店だったような……。
布製品、革製品でなにかあったっけ……う~ん。
「あっ!」
そういや、シオンの持ち運び鞄を買おうと思っていたはず。最近色々とあって忘れてた。
なんとか記憶の片隅から掘り起こして用件を思い出しながら、年季が入ったその店の扉を開けた。
引いた扉の風に乗って店内から流れ出てきたなめし革の独特な匂い。少し薄暗い店内に並ぶいくつかの服や革製品。店の奥で布を縫い合わせている老婆と、その横で揺らめくロウソクの光。
店の中に入って後ろ手で扉を閉め、前を向くと奥にいた老婆と目が合った。
「なにかお探しかいね」
「小さめの鞄、ありますか?」
僕がそう答えると老婆は「それならこのあたりかいね」と壁側を指差した。
そちらを見ると壁にいくつかの小さな鞄が引っ掛けられているのが見えた。老婆に礼を言い、そこにある鞄を一つ一つ見ていく。
肩掛け鞄。ウエストポーチ型。リュック型。材質は布製、革製、そして複合。色々なパターンがあるけど、どれがいいのだろうか? 既に背負袋があるからリュック型はダメかな。それに肩掛け鞄型だと歩く度にパタパタ揺れて居心地が悪そうだし。ウエストポーチ型だろうか?
そう考えてウエストポーチ型の鞄の中から内部が広そうな革製の鞄を選んでみた。
大きさ的にも形的にもフードの中よりかはゆったりと寝れるはずだ。
「シオン。新しい家だけど、これでどう?」
「キュ?」
フードをポンポンと軽く揺すってシオンに出てきてもらう。
シオンは僕の肩の上に登ってきて、そこから鞄を見下ろした。
ちゃんと確認しやすいように鞄を持ち上げて入り口をカパッと開けると、シオンはその中を確認するように頭を突っ込んで鼻をスンスンと鳴らし、『やれやれだぜ』という感じに「キュッ」と一言発してフードの中へと戻っていった。
「えぇ! これダメ?」
「ははっ、そんなもんさね。人族は理屈で物事を決めようとするが、モンスターも動物も別の理の中で生きとるでな。人族の理屈など通用せんがね」
「……まぁ、そうですね」
その後、いくつかシオンに鞄を見せてみたけど良い返事は得られず。
つまり『フードの中が気に入っているから出る気がない』、というご意向なのだろう。
仕方がないので今回は諦めることにした。
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