第169話 試験の日の朝

 翌朝、ガタッバタバタッ!という音で意識が覚醒した。


「う~ん……」


 モゾモゾと音の方へ体を向けながら目を開くと、石の床の上でフリフリと振られるお尻が目に入る。

 暫くそれを眺めていると、お尻の主がクルッと振り向き、目が合った。


「キュ?」


 お尻の主、シオンは『おっ、やっと起きたのか?』という感じで一声上げると、ガガッと床を蹴り助走を付けてベッドの上へと飛び乗り、僕の体の上をトコトコ歩いてきて顔をペロペロと舐めた。

 最近は朝の早い時間にこのパターンで目を覚ますことが増えた。先に起きたシオンの朝の運動で起こされるのだ。

 まぁこれは仕方がない。まだまだ子供だしね。普段はちゃんと言っておけば大人しくしていてくれるし、こういうところぐらいは自由にさせてやりたい。

 でも近所迷惑になってないか心配ではある。

 ここの床材は石だし、そこまで音は響いてないと思うけど。安い宿屋だと苦情でヤバいことになってただろう。

 これからはシオンを自由に遊ばせられる場所とか環境も考えていかないとね。


「ふぁ……」


 軽いあくびと共にシオンを抱き上げながら起き上がり、いつものように全身とシオンに浄化をかける。

 パタパタと白い粒をはたき落としながらシオンを床に置くと、シオンも体をプルプルとさせて白い粒を落とした。

 それから腹具合を確認し、食堂へと向かうために部屋を出る。

 射し込む朝日に照らされた通路は、まだ早い時間だからか人の気配を感じない。

 近くの部屋からは大きなイビキ。小さくカタカタと響いている階下の音。事務方や食堂のおばちゃんの朝は早いし、日が昇ったらもう動き出しているのだろう。

 そんなことを考えながら通路を歩いていると階段を上がってくるミミさんが見えた。


「おはようございます」

「あぁルークさん、丁度良かった。今から向かうところでした」


 ミミさんは僕の前で立ち止まり言葉を続ける。


「本日ですが、昼食後から試験がありますので、早めに裏庭の方に来ておいてください」

「分かりました。昼に裏庭、ですね」


 僕がそう返すと、ミミさんは「はい。それではまた」と軽く頭を下げ、階段を下りていった。


「さて、昼までどうしようかな」


 外でブラブラしていて間に合わなくなるのも問題だし、クランハウスの中で適当に時間を潰すか。となると資料室かな? と考えながら僕も階段を下りて食堂へと向かい、パンを二つと安い葡萄酒を注文し、シオンと分けながらササッと食べてから資料室へと向かった。

 資料室の重厚な扉を開けて中に入る。

 前回来た時と同じく人の気配がなく――というか今日は本当に誰もいない。

 部屋の真ん中まで進んで周囲を確認してみたけど誰も見えない。

 こっそりとマギロケーションを使ってみると、奥にある扉の向こう側に人を感知した。どうやらまだ寝ているみたいだ。というか本当にあの部屋が彼女の部屋だったんだ。

 疑っていたわけではないけど、改めて驚いたというか。物好きな人もいるものだと思う。

 そう考えながら、大きな音を立てないように目当ての資料を探していく。

 モンスターに関する資料の板が置かれている棚を探し、伝記などが置かれている棚を探っている時にその本を見つけた。


『この大地に生きる生物』


 この本は、この世界、テスラの生物について絵なども交えて説明されている資料集のような本。もっと詳しく言うなら、『この世界の人族とモンスター以外の生物に関して詳しく書いた図鑑』といった感じだろうか。

 昨日、鞄を売っていた店のおばちゃんの『モンスターも動物も』という言葉を聞き、この世界に来た頃に少し気になっていたことを思い出したのだ。

 それは『この世界に普通の動物はいるのだろうか?』というちょっとした疑問。

 まぁそれは馬車を牽いている馬を見てすぐに解決したのだけど、エルシープという羊型のモンスターとか、フォレストウルフという狼型のモンスターも見て、馬が馬の形をしているからといって普通の動物とは限らないのでは?とも思った。

 いやそもそも、特に深く考えず何故か普通に受け入れていたけど、この世界でも馬が馬として存在するってありえるの?という疑問もなくはない。でもそれを言うなら人間とかもそうだし、僕らも世界を渡って来ているのだから、動物も世界を渡ってきた可能性はあるし。

 このあたりの疑問は誰かに聞くにも聞きにくく、どこのギルドにも動物に関する本などなくて調べる方法もなかったし、重要度も低かったので放置していたことだった。

 常識に関するこういった質問は中々難しい。

 例えば稀にでも地球に異世界人が転移してくる状況になった時、たまたま知り合った人が犬を指差しながら『犬って動物ですか?』とか聞いてきたら怪しさ一〇〇万点だと思う。


「もうちょっと口が上手ければなぁ」


 とつぶやきながら本を開く。

 巧みな話術で自分の知りたい情報を怪しまれないように上手く聞き出せる技術があればよかったのだけど、残念ながらそういう能力は持ち合わせていない。例の白い世界にもそういうアビリティはなかった。

 ままならないものだ。

 軽くため息を吐きながら読み進めていくと、この世界の動物についてなんとなく理解出来てきた。

 まずモンスターと動物の違いは体内に魔石があるかどうからしい。しかし体内に魔石を持っているとどうなるのかについては書かれていない。

 次に筆者が調べた動物についての考察を一つ一つ見ていく。

 まずは馬。馬は普通に馬だった。地球にいる馬と同じような種類の生き物。走ると速く、こちらの世界でも移動手段として重宝されている。そして本にはどこどこの馬が良い馬だとか書いてあるけど、聞いたことのない地名でよく分からない。しかしどうやら人の手で育てている地域があるらしい。

 そしてネズミ、牛、犬、猫などと、聞いたことのない名前の動物の情報がいくつか書かれてあった。

 いくつかの動物はモンスターに狩られたりして数を減らし、今では人間に飼われることでなんとか生き残った動物も少なくないようだ。


「なるほど」


 動物の世界も大変そうだ、と思いながら本を読んでいると、奥の扉がガチャリと開く音がした。

 ここからでは見えない扉の位置をマギロケーションで探ってみると、部屋から出てきた例の彼女が棚から一冊の本を取り出し、窓際の席に座ってその本を開くのを感じた。

 彼女のことは気になるけど上手く話しかけるキッカケも掴めず、僕もまた本へと視線を戻したのだった。

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