第170話 演習開始
そのまま暫く本を読み進めているとフードの中のシオンがピクリと反応し、こちらにひょっこりと顔を出してきた。
「キュキュ」
「どうしたの? って、そろそろ良い時間なのか」
なんとなく理由を察し、本を棚に戻して資料室から出る。
歩いて食堂へと向かっていると僕にでも分かるぐらい良い香ばしい匂いが漂ってきた。
「やっぱり」
動物の嗅覚は人間の何倍も優れていると聞くけど、シオンのソレも僕の何倍も優れているらしい。
こういう時は頼りになるよね。
食堂に着き、良い匂いの元であったシチューを食べ、食堂のおばちゃんに裏庭への行き方を聞いて急いで向かう。
社会人たるもの、五分前集合は常識なのだ。
まぁ今の僕は時計なんて持ってないから時間なんて大体にしか分からないのだけど。
食堂の近く、中庭へと続く扉を開けて外へ出ると、そこは色とりどりの花や木々が並び、中央には東屋があって、美しい庭園となっていた。
一瞬、リゼに見せてあげたら喜ぶだろうか? と思ったけど、妖精の庭の美しさと比べてるとやっぱり見劣りしてしまう。なんかこう、人工的というか。いや、人工的なのは人が作ったのだから当たり前なのだけど。あの場所の素晴らしさを一度見てしまうと、こういうモノではちょっと違うかな、と思ってしまう。
現代日本ならあの妖精の庭は良い観光資源になっていただろうけど、この世界では都市間の移動にリスクが大きいからか観光という概念があまりない気がするし、観光業としては上手く成立しないのだろう。
中庭を抜け、生垣の間にある扉を通って裏庭へと進むと、そこはうって変わって殺風景な広場になっていた。
青い空。外側に見えるクランハウスの壁。その壁とは別にいくつか点在する二メートルぐらいの長さしかないけど分厚い石壁。ただ土が盛られただけの山。地面に打ち込まれた丸太。これは……どこかの軍隊の訓練場ですかね?
いや実際そうなのかな。クランって冒険者を多数集めて大規模な戦闘をするのだから、そういう存在といえるのかも。
裏庭にいる人達の動きを観察してみると、壁に魔法を放っていたり、地面に打ち込まれた丸太に向かって剣を打ち込んだり、土の山に矢を撃ち込んでいたりと、それぞれが思い思いの訓練をしているようだった。
「《ウインドスラッシャー》」
その声に思わず視線を戻して壁の方を見ると、軽装の革鎧を着た冒険者風の男性の手から半月型の魔法が飛び出し、凄い勢いで壁へとガツッと食い込み消えた。
「凄い……」
分厚い壁に大きな切れ目が入り、そこからひび割れがビシリと走る。
あれはウインドスラッシャー。風の属性固有の魔法、かな? 前に魔法の本で名前だけは見た気がする。確か攻撃魔法はまず属性ボール系の魔法があって、次に属性アロー系。そしてその次にそれぞれの属性固有の魔法があり、どんどん習得が難しくなる。確か他の属性固有の魔法はファイアバーストとかアーススパイクとかだったはず。
腰の魔法袋から、メモとして使っている紙を取り出して確認する。以前、南の村で魔法について書き写したモノが残っているはずだ。
僕はまだライトボール、つまり属性ボール系しか覚えられてないし、魔法を使う人が少なすぎて攻撃魔法も属性アロー系までしか見たことがなかった。つまりあの魔法は今の僕からするとかなり高レベルの魔法になるはずだ。
しかしあんなモノをマトモに食らったら腕の一本ぐらいは持って行かれるぞ。いや、腕どころか胴体すらスパンといっちゃいそう……。あれに対処する方法はあるのだろうか?
「ルークさん、早いですね」
魔法の練習をしている冒険者をじっくりと観察していると後ろからミミさんの声がした。
魔法の観察に集中していたからか、ミミさんが近づいてきていることに気づかなかったらしい。
「遅れたらダメかなと思いまして」
「それは良い心がけですね。冒険者は自由な人が多くて困るのですよ。特に高ランク冒険者は自由すぎる人達ばかり。少しは予定を調整する側の苦労も考えるべきだと思うのです」
「そ、そうですね」
どうやら高ランク冒険者には個性的な人々が多いらしく、色々と苦労されているみたいだ。
ミミさんは少し眉間にシワを作りながら話を続ける。
「今回の演習も、もう少し前にやる予定だったのですが、担当者のゴルドさんがいつまで経ってもダンジョンから帰ってこないのでここまで延びたのです。しかしそのおかげでルークさんのテストも一緒に出来ることになったのですが」
「そうなのですか?」
それは僕にとって良いことなのだろうか? テストからしてどういう意味があるのかよく分からないし、なんとも言えない。それにしても演習とはなんだろう?
「ミミさん。演習ってなんですか? それは聞いてない気がするのですが」
「あぁ、そうですね。特にあの場で伝える必要性がなかったので言っていませんでしたが、我がクランでは定期的に集団戦を中心とした訓練を行っているのです。今回は丁度良いタイミングなのでルークさんのテストも一緒にやってしまうつもりです」
というような話をミミさんと話していると少しずつ裏庭に完全武装をした人が増えてきて、どんどん物騒な空間になっていった。その中には何人か見知った人もいる。
暫くすると中庭の方から身長二メートルは超えてそうな毛むくじゃらな男性が出てきてこちらに近づいてきた。それに気付いた周囲の人々が雑談を止めてそちらを向く。なんとなく、緊張感が伝わってくる。
「おぅ! 全員集まってるな? それじゃあ訓練、始めるぞ!」
大柄な男は全員を見回しながら低い声でそう言ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます