第171話 目に見える実力差

「よしっ! まず最初に大型モンスターを想定した訓練だ! 前衛は列を作れ。後衛はその後ろに並べ」


 男がそう指示をすると、集まっていた三〇人程の冒険者達が「この訓練、疲れるんだよなぁ……」とか「ゴルドさんと戦える! このチャンスを待ってたんだ!」などと言いながらゾロゾロと動き始めた。その顔は悲喜こもごも。

 それをチラリと見ながら、僕もこれに参加すればいいのか分からなくてミミさんの方を見た。


「ルークさんはここで待機していてください。ルークさんには今から出る怪我人を治療していただきます。それが今回のテストですから」 

「……怪我人? そんなに危険なんですか? って……」


 反射的に返してしまいながら違和感を覚える。数瞬、考えを巡らせ、回復魔法が使えることをこのクランの人にはまだ話していないことを思い出した。

 何故それを知っているんだ? 可能性があるのはウルケ婆さんが漏らしたか、例のボロックさんの手紙に書いてあったかだけど、タイミング的にボロックさんの手紙に書いてあった可能性が高いかな。このテストは最初に会った時。つまりあの手紙を読んだ時に決まったはずだし。

 う~ん、ボロックさんを口止めした方がよかったか。

 いや、でも下手に口止めしようとすると、自分から『それは探られたくない』と宣言するようなものだし、難しい。

 なにも思っていない人にわざわざ自分から余計な話をして怪しまれたら本末転倒だ。

 それにまさかボロックさんの関係者とここまで関わることになるとは思っていなかったしね。

 本当なら手紙を渡した後は冒険者ランクをEまで上げ、情報収集をしたらすぐに次の町を目指す予定だったし。

 まぁこうなってしまったら仕方がないけど、問題はヒールだけで乗り切れるかだ。

 ボロックさんの手紙になにが書かれてあったのか分からないけど、ボロックさんを治したことが書かれているなら、それはつまり『治療法がないとされていた死の粉による症状の治療』が出来た的な話になるだろう。

 だとすると、色々と面倒になるか。

 と、考えを巡らせながらミミさんの話を聞く。


「そうです。この訓練は高ランク大型モンスターの討伐を想定した訓練なのです。大型モンスター役にAランク冒険者のゴルドさんを使い、本気で戦う。単純ですが有効な訓練なのですよ」


 と、ミミさんは言った。

 あれが、Aランク冒険者……。確かに凄そうには見えるけど。

 しかし本気で戦うって、それは大丈夫なのだろうか?

 冒険者達の方に視線を向けると、冒険者達はそれぞれ自分が持ってきた剣や槍を持って横並びに列を作っている。後衛にいる冒険者達も、弓を持つ冒険者は背中の矢筒から鋭い矢尻が付いた実戦用の矢を引き抜いて弓につがえていた。

 普通、模擬戦をする時は刃引きした武器とか木製の武器でやるはずだ。ボロックさんと模擬戦をした時もそうだったし。でも彼らは真剣でやるらしい。

 しかし巨大モンスター役らしい大きな男――ゴルドさんは背中に巨大な大剣を背負っているけど、それを引き抜く気配がない。両腕を組んでその場にただ立っているだけだ。

 そんな観察を続けていると、ゴルドさんが大きな声で吠えた。


「よしっ! それじゃあやるぞ!」


 それに冒険者側から「おうっ!」という返事が帰ってきた瞬間、ドンッという爆発音のような音と共にゴルドさんが前衛冒険者の列に飛び込んだ。


「うぐっ」


 運悪くその真正面に並んでいた冒険者にゴルドさんの拳が突き刺さり、数メートル吹き飛ばされ転がる。


「ボサッとすんじゃねぇ! 列を崩すな! 穴を空けるな! 俺が本物のモンスターなら後衛襲ちまってるぞ! とっとと囲め!」


 それに前衛冒険者達が「おうっ!」と応え、列を半円状に変えながらゴルドさんを囲むように動き、それぞれの武器を前に出し牽制。包囲を狭めようとする。


「よしっ! それでいい。だが攻撃しなきゃ倒せねぇぞ!」


 ゴルドさんが挑発した。

 その言葉に乗せられたのか、ゴルドさんの横側にいた一人の冒険者が手に持った槍をおもいっきり突き入れる。


「おぅりゃ!」

「あめぇんだよ!」


 ゴルドさんは突き入れられた槍をガツッと掴み、自分の方へと冒険者ごと引っ張りながらその顔へと裏拳を叩き込んだ。

「ぐげっ……」という声と共に吹き飛んで行く冒険者の反対側。ゴルドさんの後ろ側から間髪入れずに剣を持った冒険者が「おらっ!」という気合いと共に斬りかかる。


「だからあめぇんだよ」

「は?」

「は?」


 斬りかかった冒険者と僕の声が重なり響く。

 ゴルドさんは剣を避けるでも弾くでもなく、ただ左手一本で掴んで止めた。

 そして冒険者の腹に一撃を入れ、吹き飛ばす。


「マジか……」


 あの冒険者が使っていた剣は木剣ではないし、刃引きされた練習用の剣でもないはずだ。しかし彼はそれを当たり前のように掴んだのだ。素手で。

 刃に触れないよう、指で摘めばそういうことも出来るかもしれないけど、彼はただ手のひらで受け止めて掴んだ。

 つまり、意味が分からない!

 どういうトリックがあればそんなおかしなことになるのか意味不明。だけど、その後も目の前で繰り広げられている一対三〇の戦いとも言えない戦いを眺めていると、なんとなく思い出すことがあった。

 それはボロックさんの話。

 ボロックさんは以前、僕の戦い方が慎重すぎると言った。場合によっては攻撃を避けなくてもいいとも言った。

 その意味が、これなのでは?

 大きすぎる実力の差。女神の祝福の回数の差。能力値の差。それが見える形で分かりやすく出るのがこの世界なのだ。

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