第172話 僕のヒール
『極スタ』2巻の発売が正式に決定しました!
発売は今年の夏頃となっております。
2巻の範囲や内容。今後の連載の感じなどについて。
詳しくは活動報告にて。
https://kakuyomu.jp/users/kokuiti/news/1177354054888831697
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「補助入れるぞ!」
「頼んだ!」
「《アーススキン》」
一人の冒険者が魔法を発動させる。すると前衛にいた冒険者の体に黄色いオーラがまとわりつき吸収された。
確かこれは攻撃を軽減出来る魔法なはず。
「ふっ!」
「《ストレンジス》」
冒険者がゴルドさんに斬りかかろうと飛び出したところ、すかさず別の後衛から魔法が飛ぶ。
発動された魔法は赤いオーラとなって冒険者に吸い込まれ、そして冒険者はゴルドさんにふっ飛ばされて戻ってきた。
この魔法は筋力を上げる魔法だったはずだけど……焼け石に水感があるよね。
あの冒険者が斬りかかった瞬間、別の位置にいた後衛から矢が放たれ、二方向からの同時攻撃になっていたのに、ゴルドさんはその矢を掴み取るし、冒険者の斬撃は裏拳で弾くし、無理ゲー感がある。
しかし僕が今まで見たことがないパーティでの連携が繰り広げられるようになってきた。
ランクフルトにいた頃には見られなかった連携。こういう補助系の魔法を使える人。つまり高ランク冒険者があの町には少なかった。それにグレートボアと戦った時は、後衛が全員壁の上にいて分断されていたのもあるけど。
この世界の人間の中でそれなりに上位にいる彼らの戦いを間近で観察出来るだけでも、このクランに入った意味があったかもしれない。
他者の戦闘を見る機会なんてほとんどないのだ。ダンジョンなどでたまたま近くを通った時にチラ見するぐらいで、じっくりと観察する機会なんてまずないし。ダンジョンでも町の外でも他の冒険者の近くでその戦闘を観察してたら間違いなく警戒される。普通はある程度の距離を取るのがマナーみたいになっているし。
「ルークさん」
ミミさんのその言葉に我に返り、振り返る。
「ルークさん、彼を治療してください」
ミミさんの目線の先を見ると、さっき顔面をぶん殴られていた男性冒険者が二人の弓使いに脇を抱えられて引きずられて来ていた。そしてその男が僕の目の前にゴロンと転がされ、その顔がこちらを向く。
「おおっふ……」
男は頬を腫らし、鼻血を垂れ流し、白目を剥いて気絶していた。とにかく物凄く痛そうだ。
思わず合掌しそうになるけど、まだ生きている。
さて、彼を治療しないといけないのだけど、まあ当然ながらホーリーライトを使うつもりはない。
もう本当にどうしようもない場面なら使うしかないと考えているけど、流石に今は使う場面ではないと思う。この白目剥いている人には悪いけど、ヒールだけで我慢してもらおう。それで治るかどうかは分からないけど仕方がない。
精神を集中させ、呪文を詠唱する。
「光よ、癒やせ」
その言葉と共に体内で魔力がグルグルと動き、右手に集まってきた。それを上手く操作して込める魔力を可能な限り増やしていく。そして魔力が十分以上に集まったところで魔法を発動させた。
「《ヒール》」
淡い光の玉が右手から生まれ、前に使った時よりもどんどん大きくなっていく。
魔力を多く込めた分だけ通常時より大きくなってるみたいだ。
数瞬後、バレーボールぐらいの大きさになった光の玉を白目の男の顔面に押し当てるように移動させると、顔面から光の玉が男に吸収され、男の頬の腫れが引いていった。
これで見た目の怪我は治ったと思う。鼻血が止まっているかは分からないし、彼はまだ白目を剥いているけど。
治ったのを見て、男を連れてきた弓使いが「おいっ! 起きろ! 戻るぞ!」と、男の頬をバシバシ叩いて起こそうとする。
あぁ、せっかく頬の腫れを治したのに、また腫れてきたよ! とか思っていると白目を剥いていた男が「うぅ……うぉ……イテェ!」と飛び起きた。
どうやらちゃんと治ったみたいだ。ただのヒールでも魔力を限界まで注いだおかげか十分に機能したのだろうか。
「イテェ……ゴルドさん、もうちょっと手加減してくれりゃあな……」
「そ、そうだな。よし、すぐに戻るぞ!」
いや、その痛みはゴルドさんのせいではないと思いますよ! という僕の心の声は届かず、弓使いに急かされた男は立ち上がり、演習へと戻っていった。
演習の方を見ると相変わらず歩兵対重戦車のような戦いが続いていて、重戦車に轢き殺されてノックダウンした冒険者が何人かこちらへと引きずられてきていた。
まだ僕の仕事は続きそうだ。
次の患者を診ながら演習を見ていると、状況が少し動いていた。
「魔法を使うぞ!」
そう叫んだのは、さっき石壁に向かって魔法の練習をしていた男性冒険者。
すると彼の前に並んでいた前衛がスッと横にズレ、彼とゴルドさんの間の射線を作る。
「おっ? そいつはちっと痛そうだ」
それに気付いたゴルドさんが右手を背中に回し、パチリとなにかを外してから大剣の柄を掴む。
次の瞬間、冒険者から魔法が放たれた。
「風よ、我が敵を切り裂く刃となれ《ウインドスラッシャー》」
「よっ、と」
ゴルドさんは高速で飛来した半月状の緑の刃に向かい、抜き放った勢いそのままに大剣を叩きつけた。
バットをフルスイングしたかのような重い風切り音が響き、押しつぶされたウインドスラッシャーがバシュンという音と共に消滅。
剣先が地面の手前ピタリと止まり、剣圧に弾かれた砂塵が舞う。
呆気にとられたのか周囲の冒険者達の動きが一瞬、止まる。
これは、凄い。石壁を切り裂いたあの魔法ですら一撃で無効化されてしまうのか……。圧倒的なレベルの違い。これはもし、今の僕がAランクの存在に狙われたら完全に詰んでしまうはずだ。どうにかする方法の、その糸口すら思いつかない。
恐らく国などの組織ならこういうレベルの人がゴロゴロ……とまでかは分からないけど、そこそこはいるはずだ。やはり、そういう特権階級にいる人と関わる場合は慎重に行動するべきなんだろう。ちょっとしたワンミスで目を付けられたら、それだけで全てが終了する可能性だってありえるのだから。
そんなことを考えている間にゴルドさんが魔法を使った冒険者に一瞬で接近し、左手で殴り飛ばす。
「穴を空けるなって、言っただろ! っと」
「うごっ!」
冒険者は吹き飛ばされて地面を転がっていった。
「おらっ! 早く囲まねぇか! お前らが遅ぇから後衛がやられちまったぞ!」
「おうっ!」
それから暫く対大型モンスター用訓練が続き、僕もヒールで何人も治療することになった。
それにしても、こうやって外側から見ていると状況がよく分かる。前にランクフルトでグレートボアと戦った時と似たような陣形で、似たような形になっている。モンスターに逃げられないように大量の前衛で囲んでダメージを与えつつ、外から弓や攻撃魔法で攻撃していく。
ゲームだと一人の盾役がスキルなどで敵のヘイトを集めて攻撃を全て引き受け、それをヒーラーが回復するパターンが多いけど、この世界にはヘイトを集めるようなスキルとか魔法なんて恐らく存在していないのだ。なのでモンスターの攻撃を誘導する方法はないはずだし、頭の良いモンスターならパーティの弱い部分を狙ってくるだろう。後衛を守りたいなら敵が抜けられないように前衛を並べてブロックを作るしかない。
そう考えているとミミさんが後ろから近づいてくるのを感じた。
「魔力の質、量、コントロール、全て素晴らしいですね。最下級の回復魔法ヒールでこれだけ出来る人は少ないでしょう。やはりボロック様のご推薦は間違いではなかった」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
予想以上に物凄くべた褒めで少し驚いてしまう。しかし『様』という敬称を付けられるボロックさんとは何者なのだろうか。少なくてもただのヨーホイ爺さんでないことは確かなのだろう。
「おーい、そこの若いのもついでに実力見てやるぞ」
という声が聞こえて嫌な予感をしつつ振り返ると、ゴルドさんと目が合った。
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