第173話 名ヒーラーの推理

「えっと……」


 念の為、周囲を見回して確認したけど、やっぱり僕以外にはミミさんしかいない。

 ミミさんは若く――いや、止めとこう。それは危険な香りがする。

 とにかく、どう見てもゴルドさんの目はこちらを見ている。ターゲットは僕っぽい。

 困ってミミさんの方を見ると、ミミさんが微笑みながら頷いた。

 いや、頷かれても困るんですけど……。

 そう思っても、誰も味方はいない。

 ゴルドさんの周囲には疲れた顔のクランメンバー達が転がっていて。つまり演習は既に終わっている。

 これでは『他の人の邪魔になるから』みたいな言い訳も出来ない。もうやるしかないだろう。


「えっと、それでどうすればいいのですか?」

「おっ? やっとやる気になったか。なぁに、難しいことはなにもないぞ! 全力でかかってくればいい!」


 いや、そんなやる気にはなってないんですけどね……。

 でも、ここで自分の力を示しておく必要があることは分かる。クラマスの息子、サブス。彼のように直接的に言ってくる人はいないけど、Fランクの僕に対して良い印象を持っていないクランメンバーが一定数いることは先日の件で理解した。なんとか周囲に認められる程度には実力を示さないと今後の活動に悪い影響を及ぼしかねない。

 つまり、クランメンバーが集まるこの場で実力を示すチャンスが与えられたのは絶好の機会だと思う。


 心を決め、準備運動がてら杖を右手でクルクルと回転させながらゴルドさんの方へとゆっくり歩いていく。

 歩きながら、さてどうしようか、と考えるも、特に良い案は浮かんでこない。そもそも最初から無理な戦いすぎて良案など思い浮かびようがないのだけど。しかしそうも言ってられないので自分が出来そうな中から一矢報いれそうな手段を考え、それをつなげて線にしていく。

 ゴルドさんは組んでいた腕を解き、手を下ろした。

 その姿は構えを取っていない自然体なのにスキがない。

 しかし槍がないのも問題だけど、それ以前の問題として、槍があってもどうにかなるイメージがまったく湧かない。さっき冒険者達がゴルドさんを囲むだけで攻撃に入れなかったのも頷ける。ダメなのが分かってしまうから突っ込めないのだ。

 しかしこのままだとどうにもならないし、突っ込めないなら最初は遠距離攻撃から始めるしかない。ということで、魔法を準備していった。

 最下級の魔法では期待出来ないかもしれないけど、やれるだけやるしかない。


「光よ、我が敵を撃て」


 腹の奥から流れ出した魔力が右手から杖に集まっていく。その魔力を限界まで押し込むイメージで捻り出していき、『もう入らない』というところまで溜める。

 緊張で呼吸が浅くなっていく。

 周囲で冒険者達が話している声がザワザワと聞こえる。

 無理して限界まで押し込んだせいか、腹の奥が熱い。

 熱くなって熱くなって汗が滲み、杖を持つ右手がブルッと震えたその瞬間、堪らず一気に魔法を発動する。


「《ライトボール》!」


 その発動句と共に杖の先から放たれた大きな光の玉はまっすぐにゴルドさんへ飛んでいった。

 今まで使ったライトボールの中でも一番の大きさだ。

 ゴルドさんは、「おっ、最初は魔法からか」と言いながら軽く右手を前に突き出し、手のひらでそのライトボールを受け止めた。

 ボンッという爆発音と共にライトボールがその手の中で軽く弾け飛ぶ。しかし当然のように無傷。だがこれは想定済みだ。

 爆発の間に一気に飛び出して距離を詰め、杖の石突を突き出し喉を狙う。


「はっ!」

「悪くない突きだ」


 ゴルドさんは半身を引くだけで当然のように突きをかわす。

 勢いのまま右足で下段蹴りを放つが、それも足をスッと引いてかわされる。

 そのまま流れるように回転しながら力を溜め、中段後ろ回し蹴りを放ってもかわされる。

 久し振りの、本気の対人戦。槍がないのもあって格闘術を久し振りに本格的に使ってみて、なんだか実家の道場を思い出してしまった。しかし思い出に浸っている時間はない。本命はここからなのだ。

 勢いを殺さぬよう更に一歩踏み出しながら右手の杖をゴルドさんの目の前に軽く放り投げる。


「ん?」


 その意味不明な行動にゴルドさんが一瞬反応しかけてピクリと止まる。

 ここだ!

 左手で腰の鞘を掴み、右手で闇水晶の短剣を抜き放ちながら一気に魔力を流し込んで横一閃。全力で振り抜いた。


「おおっ!?」


 ガッという確かな手応え。

 ゴルドさんは後ろに下がりながら右手を差し出しそれを受け止めている。

 その肘辺りにピッと走る細い筋。

 よしっ! 一撃入れたぞ! これが、今の僕の全てだ。

 気が抜けそうになるのを慌てて抑えつけ、振り抜いた闇水晶の短剣をクルリと返して追撃しようとするが――


「ぐっ!!」


 急な左からの衝撃に口から空気が漏れる。

 次の瞬間、目の前に地面があった。

 体に染み付いた癖が、脳が状況を判断する前に体を丸め、無意識に受け身を取る。

 転がるように背中から地面に着地して勢いを殺そうとするが、予想以上にぶっ飛ばされたのか勢いが落ちず、そのまま二回三回と受け身を取り続けながら地面を転がり続ける。

 ようやく勢いが落ちてきたところで足を伸ばし、勢いを利用して立ち上がろうとする――


「うっ……」


 が、左脇腹の鈍痛に膝をついてしまう。

 ヤバい。これは肋骨の一本か二本は持っていかれたかも。一撃でこれか……。

 痛みに耐えながら顔を上げると、二〇メートル以上先にゴルドさんが見えた。

 どうやらかなりふっ飛ばされてきたらしい。

 あまりの実力差に「ふふっ」と笑い声が漏れた。

 これは、ちょっと厳しいな。いや、絶望的な実力差があることは最初から分かっていたけど、自分の身で経験するとより一層実感してしまう。


「光よ、癒やせ《ヒール》」


 痛みの中、なんとか魔力を練り上げて回復魔法を発動しようとするけど痛みで集中しきれず、魔力を多く送れない。つまり回復魔法を強化出来ず、脇腹を治せない。

 これは今後の課題かもしれない。痛みがあっても集中出来るようにならないとマズい。

 脇腹を治すために四苦八苦していると周囲からクランメンバー達の声が色々と聞こえてきた。しかしそれどころではなくて耳に入ってこない。


「ちぃとやりすぎちまったか? まぁ自分で治せるだろ」


 と、ゴルドさんが近づいてきた。

 そして膝をついている僕の前に屈んで話を続ける。


「大体Cランクってぇところか。見た目の年齢を考えたら十分将来有望だろうな。それとも、お前はハーフエルフとかだったりするのか?」

「ハーフエルフ……では、ないですよ。年齢も見た目のまま、一五歳です」

「その落ち着きっぷりが怪しいんだがな」


 そう言われてしまうと苦笑いしか出ない。

 ハーフエルフ。つまり長命種かと疑われているらしい。

 数はかなり少ないらしいけど、ハーフエルフなら耳が普人族と同じ長さの場合もあり、寿命も若い期間も普人族より長い。

 その場合、見た目は子供、頭脳は大人、その名は名ヒーラー、ルーク! みたいな感じになって見た目よりも多くの経験を積んでいる可能性があるのだ。

 まぁ実際、実年齢よりちょっと若くしたし、ハーフエルフではないけどクォーターエンジェルだし、かなり惜しいところまでは当てられている。そういう意味も含めて苦笑いが出てしまう。

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