第287話 可能性の輝き

 それから暫くの日々は何事もなく、いつもと同じように過ぎていった。

 槍を受け取り、その槍を慣らし。教会に行って祈ったり孤児院で子供と遊んだり、リゼやシオンと遊んだり。たまの回復依頼や調査依頼をこなしながら過ごす日々。

 若干退屈なところはあるけど、こちらの世界に来てから一番のんびりとした時間を楽しんでいる。

 そして、有り余る時間を使って精神統一も続けている。この精神統一の中、なんとなく手持ち無沙汰というか暇だったので自然とやり始めた丹田の魔力を動かす遊びも引き続き継続中だ。最初はぎこちなかった魔力の回転も比較的スムーズに動かせるようになってきた。まぁ、それでなにが起こるって話ではないのだけど……。

 精神統一にしろ魔力の回転にしろ、なんとなくMNDが上がればいいなぁとか、なんとなく魔力の扱いが上手くなればいいなぁ、と思ってはいるけど、実際に効果があるかは確かめようがない。もしかしたら一%とか二%とか上がってるかもしれないけど、分からないからね。自分の状態が分かるステータス画面のようなゲームチックなモノは存在しないのだから。


「ふぅ……」


 大きく息を吐き、ゆっくりと目を開ける。

 精神統一状態からゆっくり覚醒していき、丹田の魔力に加えていた圧力も抜いていく。


「よし」


 ベッドの上から立ち上がりストレッチをしながら身体を確認。


「やっぱり、なんか調子が良い気がする」


 気のせいかもしれないけど、最近は精神統一&魔力遊びの後は気分が良い。気分だけでなく身体も軽くなって変な充足感というか、身体をすぐに動かしたくなるような気分になる。正直、これがあるからこの精神統一を今まで続けられてるんだよね。

 ……まぁ、気のせいかもしれないけど。


「よ~し、ちょっと運動してみるか」


 ベッドの横の壁に立てかけていたミスリルの槍を手に取り、宿の廊下に出る。


「シオン、行くよ」

「キュ」


 シオンと一緒に宿の裏手にある庭に出る。

 そして槍を握り直す。

 特別に硬い木材で作ってもらった柄はツルリとした感触でよく手に馴染んだ。

 その槍の感触と身体に染み付いた型を再確認するように、突いて、払って、斬って、叩く動作を繰り返していく。

 ヒュッという風を切る音が響き、舞い落ちてきた雪がクルクルと舞う。

 昔は相手の人を想像しながらやっていたこの動作も、今じゃ多種多様なモンスターを想像しながら行うモノに変わっていた。

 襲いかかってくるゴブリンの胸を一突き。突進してくるエルシープを避けつつ首を一薙ぎ。オークのパンチを石突で払い、そのまま回転しながら首を払う。

 そしてグレートボア。

 突進を避けつつ穂先を振り回して前脚の付け根を斬る。しかし浅い。届かない。刃渡り三〇センチ程度ではグレートボアの太い脚を切り落とすまでは届かない。

 続けて連打を浴びせ、後ろ足、首筋、前脚、腹と斬って突いてダメージを与えていく。しかし想像の中のグレートボアはまだ倒れない。ヤツは、強い。

 もっと、もっと強い一撃が欲しい。

 身体が熱を帯び、感覚が研ぎ澄まされ、槍を振るう指に力が入る。

 周囲の雑音が消えていく。

 斬って突いて避け、石突で殴る。突き、突き、突き、斬る。

 スローになっていく世界の中、回転しながら斜め横に振り払った槍の穂先の先端が舞い落ちた一片の雪をかすめた。


「!」


 ゆっくりと流れる世界の中で、目の端に映る雪の欠片が二つに割れていく。

 それと同時に想像の中のグレートボアの首がズルリとズレて落ちていった。


「えっ!?」


 少し驚いて声を上げてしまう。

 と、同時に周囲の音が戻ってきて、自分の息遣いや厨房の音が耳に入るようになってくる。


「今のは?」

「キュ?」


 手に握る槍を眺める。

 別段さっきと変わった部分はない。

 さっきの感覚を確かめるようにまた槍を振ってみる。

 突いて、斬って、叩いて。基本の型をなぞるように槍を動かしていく。


「なにか、掴めたような? そうでもないような?」


 悟りを開いた的ななにかがあったような気がするけど、そうでもない気がする。

 その不思議な感覚をもう一度、掴むために予定を超えて夕食の時間まで黙々と槍を振り続けた。


◆◆◆


 翌日。エレナとの魔法練習の場に向かう。そしていつものようにエレナに練習場で剣を振ってもらう。

 所々、悪い部分なんかを指摘するけど彼女には思う存分、思いっきり標的を攻撃させている。


「はっ! えいっ!」


 最初にやらせた時は本当にスライムにすら負けそうな感じだったけど、これまでの練習の成果か、今はなんとかゴブリン相手に熱い死闘を演じることが出来そうなところまで成長した。最初を考えれば十分な成果だ。


「それじゃあ剣術はこれぐらいにしましょうか」

「はい!」


 エレナが元気良く応えてこちらに戻ってくるとマリーサがハンカチでエレナの額に浮かぶ汗を拭ってあげた。

 エレナと初めて会った頃に見たオドオドした雰囲気は薄れていて、少しずつだけど年頃の少女らしい無邪気な笑顔も見せるようになってきた。

 健全な精神は健全な肉体に宿る、という言葉があるけど、その言葉通りの成果が出てきているのかもしれない。


「次は会議室に移動しましょう」

「分かりました!」


 冒険者ギルドの建物に入り、二階に上がって会議室の中へ。

 それぞれ適当にイスに座って一息ついたところでドアがコンコンとノックされる。


「どうぞ」

「失礼します」


 ギルドの受付嬢が二人、車輪の付いたワゴンを押して会議室の中に入ってきた。

 そしてそのワゴンの中から黙々とティーセットを三人分用意し、もう一人の女性が各自の目の前に高そうなお茶菓子を置いていく。

 カップの一つ、お茶菓子一つ見ても高そうでヤバい。

 当たり前だが冒険者ギルドにはこんなお貴族様のようなサービスは存在していない。仮にAランク冒険者が来てもこんなサービスが受けられるかは怪しいところだ。というか、健全で模範的な冒険者なら酒を要求しそうだから必要なさそうだけど。

 初めて彼女らがなにも言わずにお茶を準備し始めた時は本当にビックリしたけど、もう何度も経験して慣れてしまった。慣れって凄い。というか、最初からこのサービスを当たり前のこととして受け入れていたエレナとマリーサが慣れすぎていて怖い。やっぱり彼女らは良いところのお嬢様なんだろう。

 ……怖いから詳しくは聞いてないけど。

 受付嬢らが退室した後、エレナが口を開いた。


「先生、今日も楽しかったです! 剣をおもいっきり振るのって楽しいですね!」


 嬉しそうにしている彼女を見ると、この練習をやって良かったと思えてくる。仮に回復魔法が覚えられなくてもだ。

 最初は口数も少なかった彼女がこうやって色々と話してくれるようになってきた。学校のこととか、家のこととか、全てではないけど。おかげで彼女とは少し仲良くなれてきた気がする。

 なんとなくだけど、ギルドマスターの本当の依頼内容は実際に回復魔法を使えるようにすることではなく、こちらが本質だったのではないか。そんな気がしてくる。


「じゃあ、精神統一をした後、また回復魔法にチャレンジしてみようか」

「……はい」


 エレナが少し緊張した顔になり、ゆっくりと目を閉じた。

 一分か二分か、静かにそうした後、ゆっくりと目を開く。


「いきます。光よ、癒やせ《ヒール》」


 これまで何度も繰り返してきたであろう呪文。そしてこの部屋でも何度も繰り返された光景。

 何度も繰り返されたからか、マリーサは特にそれには目を向けず、エレナの隣で優雅にお茶を飲んでいる。

 が、そのマリーサが驚きのあまりお茶をこぼすような変化が次の瞬間、起こった。


「で、出来ました! 成功です!」

「おぉ!」


 エレナの手と手の間に小さな輝きが灯る。

 それは紛れもなく回復の光。ヒールの輝きだった。

 まだ小さいけど、確実に発動している。


「あちっ! っおっめでとうございます!」


 マリーサがこぼしたお茶を拭きながら言った。

 それに僕も「おめでとう!」と続いた。


「ありがとうございます!」


 そう言ったエレナの目には光るモノがあり、僕もようやく実感が湧いてきて、ほっと胸を撫で下ろした。

 正直言ってこのやり方が正しいのかすら分からない中で続けていたことなので、ここで結果が出て本当に良かったと思う。もし、もう暫く続けても結果が出ない場合、マリーサからの視線に耐えられなくなって最後の手段であるオリハルコンの指輪を出すしかなくなっていた。

 アレを出したらエレナはもっと早く回復魔法を使えたかもしれないけど僕が余計な面倒に巻き込まれる可能性もあったはずで、それはそれでもっと大変な状態になっていたかもしれないのだ。


「これで、依頼は達成かな」


 依頼は『回復魔法を使えるようにしろ』だったはずで、発動出来るようになった以上、最低限の条件はクリアしているはずだ。

 しかし、これまで何度も会い続け、ようやく仲良くなってきたのにこれでバイバイというのも寂しい気がするね……。でも彼女らとは住む世界が違いすぎる。本来ならこんな依頼でもなければ会って親しく話すこともなかったはずだ。

 と思っているとエレナが最初に会った頃のように少しモジモジし始めた。


「あの……その……回復魔法は成功しましたけど、もう少しの間、指導してもらえますか?」

「えぇっと……それはいいけど――」


 まさかそんなことを言われるとは思っておらず言葉に詰まりながらマリーサの方を見る。

 マリーサは少し息を吐き、軽く笑いながら『しょうがない』という感じで頷いた。

 その態度に少し驚きつつ、僕も頷き返す。

 マリーサとはあまり親しくなれた気がしなかったけど、なんだかんだありつつも認めてもらえたのかもしれないね。


「じゃあもう少し、練習しましょうか」


 僕がそう言うと、エレナは笑顔を見せながら「よろしくお願いします!」と言った。

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